何も知らないパステルは、今まさに鬼のような計略の毒牙にかかろうとしているのである。 「えーとぉ、この道を入って、北に向かってて、左、東に曲がったから・・・・あれ、西だっけ?」 パステルはペン尻をあごに当てて、ブツブツと声に出しながら道を確認する。 おまえに解かるものか、天性的超ド級方向音痴なのだから。 トラップはパステルにバレない程度に薄く笑った。 その笑みはまさに「おまわりさぁん!」と叫ばれても文句なしの犯罪者のソレだった。 犯罪的含み笑いをして、告白する内容を考える。 好きだ、結婚しよう、式場を見に行こう、君の作った味噌汁が飲みたい、ええと、他には? そこでトラップはハタ、と気付く。 (気持ち伝えて、それからどうすんだ?) 後々は、家庭や子どもがどうとかいう話になる。(←断定的な未来形) けれどそれは一つの結果を含む通過点なのであって、今現在にするようなことではない。 パステルにしたいことは、あんな事やこんな事やそんな事まで山のようにあるものの。 むぅっと眉間にしわを寄せて地図を睨みつけるパステルの横顔を見て、トラップは頬を掻いた。 (俺、パステルと・・・・・・何をしたいと思ってたんだっけ?) 本当に、あんな事やこんな事だったろうか? トラップは胸の奥底がざわつくのを感じた。 「ねぇ、三叉路の石の標識って右端にあったよね?」 急にパステル顔が上げて尋ねたので、トラップは心臓がのどまで出かかった。 「あ? ああ・・・・右の道と真中の道との間だったぜ」 ドキドキしながら答えると、パステルは「そうだった?」と言うと地図に目を戻した。 トラップは動悸の治まらない胸元を押えたままかぶりを振った。 そうだ、自分が惚れたのは最高に鈍感な女なのだった。 弱気になってたらいつまでたっても伝わるわけがない!! 決意を固め、ぐぐっと拳を握り締めた。 ゴクリと唾を飲み込んで深呼吸をひとつ。 (自然に、自然に、言おう) 告白にナチュラルさが必要なのかはさておき、 トラップは呪文のようにくり返してパステルに近づいた。 「なぁ、パステル」 トラップの呼びかけにパステルは顔を上げて、ぱちくりと瞬きをした。 その時、一陣の強風が森の細い道を駆け抜けた。 パステルは飛びそうになった地図を慌てて抱え込んで、もう片方の手でスカートの裾を押さえた。 トラップも帽子を押さえ、砂が目に入らないように目を細めた。 風が通り過ぎ、トラップが帽子から手を放してもまだパステルはきゅうっと目を瞑ったままだった。 そうっと長い睫毛が動き、ゆっくり目を開ける様を、トラップは思わず見呆けてしまった。 なんの変哲も無い普通の仕草、それすら可愛らしくてしかたがない。 何度目か知れない気持ちに改めて気付く。 (ああ。 ホラ、やっぱりな) 唐突に胸の中で呟いたのは、誰に対しての言葉かは判らなかった。 自分に対してかもしれない。 トラップが口を閉ざしたままなので、パステルは首を傾げた。 その仕草すらトラップの胸の声はやっぱり、と繰り返すのだ。 (やっぱり。 俺はおまえの事が、・・・・・・好きなんだ) 我知らず、トラップは柔らかな表情を浮かべていた。 パステルはきょとんとして、瞬きをして、トラップの苦笑を誘った。 「・・・・・・トラップ?」 「言いたくってさ」 トラップは自分でも驚くほど優しい声を出して、パステルの目を真っ直ぐに見つめた。 パステルは何かを感じ取ったのか、ピクンと肩を揺らした。 「俺さ、ずっと言いたかったんだよな。 パステル、俺――――――」 トラップの言葉を遮ったのは、パステルだった。 人差し指をそうっとトラップの口元に当て、ふるふると首を振った。 トラップが不思議そうにする一方、パステルは花のように微笑んだ。 「ありがとう。 言わなくてもいいよ」 パステルは照れくさそうに、ほんのり頬を赤く染めた。 トラップはパステルの手首を掴んで自分の口元から離した。 「おめえ、何の事かわかって言ってんのか?」 トラップは怪訝な顔をした。 なんせ、あのパステルが何も言わずにわかったとは俄かには信じ難かった。 パステルは少しも怒ったそぶりを見せず、かえってトラップの反応が楽しいようだった。 「ごめんね、今まで気付かなくて・・・・・・でも」 トラップは未だに信じられなかったが、じわじわと温かなものが満ちてゆくのを感じた。 そして、パステルはにっこりと微笑んでみせた。 「ちゃんと、わかったから」 パステルの声は、はっきりとトラップの耳に届いた。
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「貴方の言いたいことは、きっと私の言いたいことと同じだから」 君にしたいこと、君としたいこと。 この違いを出したかったのですが。 |
< 2002.05.15 up > フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス |
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