夜においで
そっと布団から這い出して、部屋から一歩踏み出れば、一面広がる闇世界。 そこは地獄か奈落の底か、たとえ奈落であろうとも、先に見えるは極楽と、信じて進む輩が一人。 俺は息を殺しながらドアノブの下の鍵穴に突っ込んだ針金を動かした。 周りに人気はない。 いや、隣の部屋に人はいるし、階下には宿の主人達がいるだろう。 しかし彼らも、この部屋の中の人物も今はしっかり夢の中。 もしかしたらこの町の中で起きてるのは自分だけなんじゃなかろうかと思えるくらいに静かだ。 夜中に鍵開けなんて、つくづく盗賊稼業らしいよなぁ。 この部屋の中には金銀財宝があるわけでも価値ある絵画があるわけでもないけれど。 今は調度品なんかにゃ用はない。 用があるのは今頃部屋のベットに横たわって夢の中にいるだろう人物そのもの。 今夜はその財宝を手に入れるのが目的ってわけだ。 俺がここら地域に伝わる古い慣習を聞いた時は神のお告げかと思ったね。 昔、大っぴらに恋愛云々を掲げて出歩くなんて真似は公序良俗に反するという認識だったらしい。 無論、恋愛や婚姻は存在したが、その方法ってのが凄いんだ、これが。 男が気に入った女に夜這いをかけて、そこから恋愛沙汰の始まりってわけだ。 可笑しな話だが、公序良俗ってのは夜這いを認めたんだな。 今じゃそんな慣習は話の上だけのこととなっているし、夜這いをかけたら犯罪なのだが。 しかし。 ああちくしょう、その時代に生まれてきたかったぜ!! 俺は心底、昔のやつらが羨ましくなった。 だって夜這いをかけりゃ、いくら鈍感な女でも気付くだろ? 気持ちに気付くように仕掛けたアプローチの数々といったら、思い出すだけで泣けてくる。 まったく、我ながらどうしてあんなにも鈍感なのに惚れたんだか分かりゃしない。 どうしたら分かってくれるんだかねぇ? ・・・・・・そうだよ。 いっそ既成事実の一つや二つ作らなきゃ分かんねぇんだよ、あの女は! 昔は良かったんだから、俺が夜這いかけて、何の問題があるってんだ?!(←犯罪です) 貞操だろうがなんだろうがしっかり盗ませてもらおうじゃねぇの。 そして今に至る。 決意して、計画に邪魔なのはルーミィとシロだった。 いくらなんでもガキどもの前でいちゃつく趣味はねえし。 そこでパステルを風邪だと決め付け、 感染を回避させるという名目で一人と一匹はクレイのベットへ押し付けた。 つまり邪魔するヤツは、指先一つでダウンさせる必要もなく、いないってわけだ。 考えと呼応したようにカチリと小気味よい音がした。 一般の宿よりも複雑な構造をした錠が外れた。 はやる気持ちを押さえつつ、ゆっくりドアを開いて、身体を部屋の中に入り込ませた。 万一のことを考え、後ろ手にドアの内鍵をしめながら月明かりだけの部屋を見回した。 シングル部屋だ、たった一つのベットの上で小さな寝息をたてる人物を探すのは簡単だった。 よく考えたら、夜這いってドアをノックをして相手を起すんじゃなかったっけか? 思わず忍び込んじまったけど、いつ相手を起したらいいんだ? ・・・・・・まぁいいや、なんとかなるだろ。 とりあえず、今夜の目的に近づいて、起さないようにベットの端に腰掛けて顔を覗き込むと、 パステルは、なんとも間抜けな程に安らかな寝顔をしていた。 はしばみ色の大きな瞳は瞼の裏に隠れてしまい、そうすると睫毛の長さがいっそう分かった。 胸が上下するたびに薄く開いた唇の隙間を息が漏れて行く。 俺はついつい見とれてしまった。 間接的な月明かりしかないからか、または表情がないからか。 いつものパステルとは雰囲気が違う。 なんて言えばいいのか、・・・・艶っぽいような、気がする。 寝てる時の方が色気あるなんて変な奴だよなぁ。 そっとパステルの頬に手を伸ばすと、ピクッとパステルが動いた。 やべっ! 起しちまったか? 思わず手を引っ込めてパステルを見守ったが、起きる様子は見られなかった。 ほっと胸を撫で下ろしたものの、夜這いに来たんだから起さなきゃ意味ないじゃねーか。 どう起すかな、声かけたり揺り起こすのはフツウで面白くないし。 腕組みして考えてると、パステルが小さく寝言を言った。 寝言というよりも、唸っただけのような気もするが。 それを見て俺はピンと閃いた。 昔話で、眠り姫を起す方法つったら、王子様のキスってのが定番だろ? 物語好きなパステルにはピッタリの方法だよな。 もしかしたらこの心臓の音を聞いて起きてしまうのではないかとヒヤヒヤしながら、 俺は枕もとに手を置いて、そうっとパステルに顔を近づけた。 すると、パステルは無意識的に何かの気配を感じたのか、瞼がピクリと動いた。 もう遅い、起きれるもんなら起きてみやがれ! 勢いを止める気など毛頭なく、鼻と鼻が触れるくらいの距離にまで近づいた時だった。 するり 突然パステルの腕が俺の首に回され、俺はパステルの肩に顔を沈めることになった。 「・・・・・・・・・・っ??」 な、な、な、なんだぁ―――っ?! 全身まで倒れこみそうになったのをなんとか片腕でこらえながら俺はパニックに陥った。 こりゃ、夜這いオッケーのサインか? な、なかなかサービスいいじゃねぇか、パステルちゃんよ? 「んー・・・・?」 パステルはむにゃむにゃと唸りながら、片方の手で俺の頭を撫でだした。 「よしよし・・・・ねむれないの?」 まどろみの中からの声は滑舌がまわっていない。 眠れないってか、余計眠れなくなっちまうんだけど。 「いいこねぇ・・・・ルーミィ」 おれは。 俺はルーミィじゃね―――――――――――――っ!!!!! なんっか変だと思ったけど寝惚けかよ、この大ボケ女!! 「くそ、ルーミィと間違えんな!」 小声で怒鳴ると、頭を撫でる手が一瞬だけピタリと止まったが、 パステルはどうやら夢の深い深い所にいるらしい。 「んーとぉ・・・・・・・・シロちゃん?」 ギャフーン☆ おめぇ、起きてんじゃねぇだろな? 再び頭を撫でだしたパステルに奇妙な敗北感を味わい、俺はがっくりと肩を落とした。 次第にパステルの手は緩んできたので起すことなく抜け出られそうだ。 も、いい・・・・。 夜這いなんぞする気が失せちまった。 首に回された腕を外して、そっと体の横に戻してやる。 なんつーか俺、ダメかもしんねぇ。 男としてのプライドをズタズタにされ、重い溜め息が出た。 ベットから降りようとした時、またパステルがむにゃむにゃと唸った。 「ん・・・・、 すきだよ」 頭の中の機能が停止した。 ズダン!!! その時ほど自分の敏捷性の高さに感謝したことはなかった。 「な、なに?」 俺が扉を背にするのと、扉の向こうでパステルが叫んだのはほぼ同時だった。 もしもパステルが鍵が掛かってるかどうかを確かめに起きたら、絶体絶命、変態扱い間違いなし。 バクバクと飛び出さんばかりの心臓を押さえつつ、息を殺して部屋の中の気配をうかがった。 「とびら、しまってるよねぇ・・・・?」 パステルは寝惚けた声で言うと、ゴソゴソと寝直し始めたらしかった。 ぐうぐうと再び夢の中へと旅立ったパステルの様子に俺はふーっと息を吐いた。 冷汗を拭って廊下の突き当たりの窓の外を見るも、まだまだ夜明けは遠かった。 「おはようございます、昨夜は何もございませんでしたか?」 朝食を取るためにテーブルについた俺たちに宿の主人は開口一番にそう言った。 「昨夜? よく眠れましたよ、おかげで元気になりました」 パステルが代表して言うと、宿の主人はそれはなによりでした、と言った。 「昨夜に何か事件でもあったんですか?」 キットンはサービスで出されたフレッシュジュースを飲みながら言った。 宿の主人はいえね、と苦笑した。 「ここら、昔は夜這いの風習があったでしょ? そのせいで夜這が容認されてるって勘違いされる方がたまーにいらっしゃるんですよ」 「ははぁ、それは迷惑な話ですねぇ」 「いやいや、まったく。 こちらも警備を厳重にしていますが、 いろんな方がいらっしゃいますしね」 へぇそうなんですかーとパステルが頷いたりして、話は街の特産名産へと移っていった。 それで、鍵が他よりしっかりしてたってわけか。 俺は小さく舌打ちをした。 ふと視線を感じて顔を上げると、複雑そうな顔をしたクレイと目が合った。 「おまえ、その頬の擦り傷ってさ。 ・・・・・・いや、なんでもない」 クレイは昨日の夕食時にはなかった俺の頬の傷を指さしたが気まずそうに言葉をうやむやにした。 「けっ、言いたいことがあるならはっきり言えってんだ」 ただし、パステルの居ない時にしてくれ。 その心の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、クレイは深い溜め息を吐いた。 「あんまり無茶するなよ」 「・・・・ほっとけ」 俺はジュースをぐいっと飲み干した。 草木も眠る丑三つ時。 見事に盗み損ない、がっくりうなだれた盗賊がひとり。 いたとか、いなかったとか。 オワリ |
『夜這い』というなんともシンプルなリクエストを頂きました。 リクいただいた時点で壊れ系盗賊しか頭に浮かびませんでした! 白文字の対象、所詮は食べ物だったとかそういうオチ。 あ、当然な話ですが。 こんな夜這いが認められた文化なんて聞いた事ございません。 夜に来訪しても、待受け側の承諾がなきゃ成立しませんて。 夜襲はいつだって犯罪です。 とりさん、リクエストありがとうございましたvv
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< 2002.06.11 up > フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス |
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