cheers you up 

 
 おれが部屋を覗いたのは中から唸り声が聞こえたからで、部屋の主が誰であるかなど関係はない。
 万一倒れてたら大変だという人助けの精神、やましい心など決して……、
そもそも、見られて困るなら頑丈な鍵でもかけてりゃいいんだよ。
 結論が言い訳くさいと感じながらドアノブを捻り押した。
 腕を組んでしかめっつらをするのはパステルで、その前にはベット、そして女物の服が並んでいた。
「うーん、こっち! ……でもなあ。うーん……んん?」
 唸るのに熱中していたらしいが、戸口が開いたことくらいは気付いたらしい。
「ちょっとお! ノックくらいしなさいよ」
「のっくくりゃーしやさいおうーっ」
 パステルを真似たルーミィはちびたクレヨンを持って、背を向けたまま。
 紙に芸術魂をぶつけているのに夢中らしくグリグリとかきなぐっていた。
 横で芸術に付き合っていたシロは顔を上げてしっぽを振っている。
 よし、おめーはいいやつだ。
 目でそう言うと、床で芸術してるチビどもと芸術のカケラを踏まないよう気をつけて、
パステルの隣にまで3歩で行った。
「で? 腹痛で倒れてたんじゃなきゃ何で唸ってたんだ?」
 ノック無しの理由を含ませつつパステルに質問したものの、
パステルが答える前に最も可能性の高い理由にたどり着いてしまった。
「ああ、ウエストが入らなくなったのか。可哀相にな、服が。 仕方ねえから大きいサイズの服を買っ」
 どかっ。
 もっと形容し難い音だったんだが、文字にするとこんな感じの音だった。
「ちがうわよっ! 失礼ね!」
 頭から蒸気を上げるウエストサイズは変わってない女は拳を震わせる。
 うへえ怖い怖い。
 おれはクリティカルヒットを受けた脇腹を押さえた。
「いってー……。おめえ、肘鉄は、ねえだろ」
「トラップが悪いでしょ! ……だ、大丈夫?」
 目を吊り上げて一喝したくせに、不安そうな顔して拳だった手を胸の前で組む奴があるか。
「ケケッ。だまされてやんの」
 おれがくの字に曲げてた体をひょいっと伸ばすと、
パステルは明らかにほっと胸を撫で下ろして、なによう、と口を尖らせた。
 実のところ脇腹はかなり痛む。
 ズキズキではなくズシンズシンと脈打つたびに悶絶必至の波がくるのだが。
 ふん、意地でも普通にしてやるぜ。
「まあいいや。トラップはどっちがいいと思う?」
 気を取り直したパステルが示す先を見れば、ベットの上の服は2セットが並べ広げられていた。
「どっちってなあ。何の服を選んでんだよ」
 それぞれカワイイ系と上品系にまとめられているようには見える。
 セクシー系はねえのかと思いながら、色を合わせたのだろう添えられたリボンのひとつを持ち上げた。
 パステルはうふふっと得意そうに笑った。

「デートなの。だからオシャレしようと思って」

 ………………………………。
「でーと? ルーミィもでーとするお!」
 ………………………………。
「ごめーん、今回はお留守番してて。ルーミィは今度ね」
 ………………………………。
「ぶぅぅうう」
 ………………………………。
「わかった、お土産買ってくるから。生クリームのケーキ!」
 ………………………………。
「ケーキ!? わーい! ルーミィ、おするばんするぅ!」
 ………………………………。
「トラップあんちゃん、トラップあんちゃん」
 …………………………はっ!
「大丈夫デシか?」
 おれはしゃがんで、足元で心配そうに見上げるシロの頭をなでた。
「いやなに、パステルのやつを誘う酔狂な男がいるなんて思わねえもんだからよ」
 そりゃ、ビックリするわなあ?とパステルの表情を上目で覗いた。
 当の本人には嫌味と分かるはずで、一蹴するか、更なる情報を漏らす嫌味になってるはず。
 しかしパステルは。
「分かってるなら言わないでもいいじゃない。どうせ、相手はリタですよーだ」
 べーっと舌を出す、おめーはいくつのガキだ。
 それにしてもなんでえ、リタかよ。
 もちろん分かってたけどな、うん。
 脇腹が痛いのを少し忘れていたなんてのもよくある話、おれは初体験で二度とないと思うけど。
「リタ相手にそんなに悩むかぁ?」
 バカだろ。いや、おれじゃなくてこいつが。
「トラップが乙女心を理解する日は遠いわね。まず、こっちの服だけど」
 やれやれと首を振ったパステルは広げられたブラウスを軽くつまむ。
 見覚えのあるブラウスの裾には見覚えのある秋色のスカートが並べられている。
 行く場所は伝統的なレストランで、とパステルはTPOを説明しだした。
 猪鹿亭の主人の知り合いがシェフを務める店の記念パーティがあり、
パステルは後学のためにと出席するリタの付き添いということだ。
 略式だからドレスコードはなく、カジュアルでいいらしい。
「カジュアルと言っても派手さは押さえめにした方がいいかなーって思ってこうしたの」
 それでこっちは、と隣のセットされた服を手に取った。
「お、新しい服か?」
「そうなの。ちょっと前に一目惚れして買ったんだ!」
「へえー。一目惚れねえ」
 まさか人間相手の恋に落ちるのも一目惚れってことはねえだろうな。
 なんていらんことを考えてるとパステルはヒラヒラする上着を胸元で合わせて見せた。
「いいでしょ。レースがたくさんついてるのに安かったんだから。この機会に着るのもいいかなって」
 その自慢の品とセットしてあったのは見覚えのある明るい色のドット柄のスカート。
 ふーん、なるほどな。読めたぜ。
 上着を戻しながら、パステルは小さくため息を吐いた。
「でも、こっちだと派手すぎる気もするのよね」
 だから悩んでいたわけか。
 くだらない範囲は出ないが、それなりに悩む理由はあるわけだ。
 こいつのことだから同行するリタに恥をかかさないようにとでも考えてそうだしな。
 少なくともパステルってやつはこういう時の服装に選択肢のある女だ。
 着飾れば国の式典の列席にも紛れ込めるだろうし(本人が緊張して照れ笑いでもしなければ)、
下町の看板娘だって違和感なくこなせる(こっちは実証済み)。
 女は別の顔を持ってるもんらしいが、別ってわけでもない。
 上品な清廉さと親しみやすい甘さがうまく同居してるとでも言えばいいのか。
 ……なんだっけ、それに似た物があったと思うんだがな?
「ううー。仕方ない、こっちにしよう」
 結局、パステルは自分で決めることにしたらしく、不承不承といった風に上品モードの服を手にした。
 無難な選択だし、本人の決定に口を挟む筋合いなどない。
 だからこれはただの提案。
「この上着、そっちにも合うんじゃねーの?」
 意外にも滑らかな肌触りで、繊細で凝ったレースに縁取られた上着を取って差し出しすと、
パステルは目からウロコといった風に歓声をあげた。
「それいい! こうすれば良かったのね! 盲点だったなあ」
 問題は解決したらしく、パステルはうきうきと出番見送りの服をしまい始めた。
 それはいいから早く上着を受け取れよ。
 ったく……。
 まあ、おれのプランを素直に受け取っただけでもよしとするか。
「なーんて思うわけねーだろ!」
「うひゃっ? なにすんのよ!」
 視界を遮られたパステルはあわてふためき、頭から被せられた上着をとった。
 なにすんのよ、じゃねーってんだ。
 ここは礼儀ってもんを教えるためにビシッと一言いっとくか!
「ぱぁーる、おしゃれなんかあ?」
 阻止は予想外な場所から。同じ部屋にいたけどな。
「……おめーも相当オシャレだぜ、ルーミィ」
 なんたって手が虹色に染まってるし、こすったんだろう頬や服の袖もカラフルだ。
 それにならったようにシロのヒゲの先は桃色に変色している。
「あちゃー。お絵かきが終わったら着替えようね」
「ルーミィもおしゃれする?」
「そうね、そうとも言う。あ、トラップ」
 パステルはルーミィへ頷いて肯定すると、存在を思い出したというようにこちらを向いた。
「アドバイスくれてありがとう。すごく助かっちゃったわ」
 なんつーテキトーな。
 そしてなんつー笑顔をしてんだよ。
 よそではしてくれるなよ、特に気があると勘違いしたくなる男の前では。
 やり場のない感情をごまかすべく、おれは首後ろを引っかいた。
「もうひとつ、助言してやろうか?」
「へ? 何を?」
 まだ他にあるのかと、大きな目を瞬かせた。
 いい反応に、思わず口が緩んでしまうのもそのままで。
「毛糸のパンツはやめとけ。まだ時期も早いからな」
「そうね、本格的なシーズンは先……ってなに言ってんのよっ!?」
「おめーがな」
 かーっと顔を赤くしたパステルはつられたことにだろう、悔しそうに唇を噛んだ。
 これだもんな。
 天下のトラップ様も動揺しちまう大人っぽい笑顔をした次の瞬間に子どもっぽい顔をしやがって。
 ああ、思い出したぞ。
「ティラミスだ」
「はあー?」
 つい口に出た単語を不機嫌っぽい、不機嫌そのものなパステルが聞き咎めてきた。
 今のは拾うとこじゃねえっての。
 いつも鈍いくせにと文句をつけたいのを抑えて頭を回転させた。
「ケーキだよ、ケーキ。ルーミィにあってアドバイザーにないとは言わさねえぞ」
 当然ながらパステルは不審そうに眉をひそめている。
「トラップがスイーツをねえ?」
 しみじみ呟き、ふと目を丸くして、ぷっと吹き出した。
 こいつ、妙な想像しやがったな。
 笑いを噛み殺してるのがバレバレなパステルは指で円をつくった。
「オッケー。みんなには内緒で買ってきてあげる」
「絶対にその日に買ってこいよ」
 上から目線の物言いの理由を問いただして訂正し倒したいが、別の理由をつけるのも面倒くさい。
 入った時と同様に芸術のカケラを踏まないよう気をつけて、
だが足場が減ったので部屋からの脱出は2歩で行かなきゃならなかった。
 廊下に出ると、くすくす笑いながらルーミィとシロにも今の話を口止めしてるのが聞こえた。
 おれに気を使ってか声を潜めてはいるが、こちとら盗賊だってんだよ。
 ……よし、釘をさされたとは思ってないようだな。
 肺に溜まった空気を一気に吐いて、変な方向に楽しげな部屋を後にした。
 パステルはきっと都市部より営業時間の短い店が開いてるうちに帰ってくる。
 ティラミスは遅い茶うけか、晩の良いデザートとして食えるだろう。
 内緒ってことなら夜中にこっそり渡されるかもしれねえな。
 そういえば。
「脇腹が痛かったんだったな。すっかり忘れてたぜ」

 ティラミスに似たものの方を手にする日はまだ遠いようで。
 しかし来たる近い未来は、今とは真逆の季節、春のメロディの口笛をおれに吹かせたのだった。


オワリ


 
 
 
 
相互記念に何か〜ということで『トラパス』リクをいただきました。
……トラとパスがいるからトラパス! 状態ですが;

何故ティラミスと出てきたかというのはご承知の通り、
るーすたぁ♪さんのサイト名が「ふわふわ☆ティラ・ミス」だからですが、
更にティラミスの語源"Tirami su"(伊語)は「私を元気付けて」で、
なめらかプリンのパステルの方針が"cheers you up"「元気を出して」。

これはと思ってこういうことに。(パステルご存知ない方はコチラ→
トラパスは元気付け元気付けられていればいいなと思います。

るーすたぁ♪さん、相互リンク&リクエスト、ありがとうございましたv

< 2008.10.22 | 2009.08.01 up >
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