想いの力学

 
 それは例えば 引力にも例えられている
 
 我ながらなんて間抜けだと思う。
 俺はカードでピラミッドを作りながら、その先にある窓から外界を眺めた。
 漆黒の背景にぽつりぽつりと恒星をはじめとして数多の星が散りばめられている。
 間に分子が少ない分、地球などよりも明確に見える。
 そう、俺たちは宇宙にいる。
 大昔で言えば夢の職業として宇宙飛行士なんて呼ばれたものだが、
現在では宇宙に行ったことがない人間(ここでは利便上地球人を指す)の方が希だ。
 けれども、大部分をシャトルの移動で過ごす職業は今の時代であってもさほど多くはない。
 俺たちは銀河連邦公認宇宙開拓士という結構な肩書きを持っている。
 星間物流を円滑化させたり地質調査を行っていてるが、簡単に言えば何でも屋ってヤツだ。
 面子は、大男のエンジニア、怪しい生物学者、超能力を持った子ども、犬に見える医師など。
 こう見えても俺は地質学に関しての博士号を持ってるんだぜ。
 まあ、最近では宝石の鑑定やら金銭交渉に引っ張り出されてばかりだが。
 多彩な仕事仲間、悪く言えばバランスの取れていない職種の仲間がいるのだが、
今、このシャトルにいるのは俺ともう一人だけなのである。
 俺はこっそりと振り返り、宇宙服に真っ赤なリボンというやや不釣合いな格好をした女を盗み見た。
「うんと・・・・こっちの力場が作用するんでしょ? だから出力は・・・・よし、このままでOK」
 モニターと睨めっこをしてブツブツと言っていたパステルはぷはーと息を吐いた。
 ・・・・ホント、我ながら間抜けだと思う。
 パステルのものとは明らかに別種の深い息を吐いた。
 それは船外作業中に起こった事故だった。
 シャトル的には小さな爆発をしたのだが、その傍に人がいれば大事故に繋がる。
 危うく宇宙の果てまで吹き飛ばされそうになったパステルの手をギリギリ掴み、
偶然、近場に停泊していたシャトルに乗り込む事はできた。
 幸運だと思ったんだ。
 しかし、乗り込んだシャトルのモニターを最初に見た時は不運だと思った。
 −ワープ航法作動 0003秒前−
 直後、俺とパステルは宇宙の辺境まで飛ばされる羽目になった。
 どうやらこのオンボロな中古のシャトルはブラックホールに廃棄される予定であったらしい。
(ちなみにブラックホールへの廃棄は銀河連邦政府で禁止されており違法である)
 こりゃいけねえってんでUターンさせてるわけだ。
 他に助かる方法がなかったとはいえ・・・・よりによってどうしてコイツと二人きりなんだ。
 しかも外は宇宙空間という密室状態、ストレス溜まるったらねえよ。
 嫌いだったら仕事で手を組んでるわけねえ。
 問題はあるが、仕事面の意気込みと将来性は買っている。
 だが、嫌いじゃねえからこそ二人きりになる状態ってのは困るんだ。
 仕事絡みがあれば気にならねえし仕事抜きな時は大抵チビどもがパステルにはりついている。
 ここ最近は不必要に密室で二人きりにはならなかったし、そんな場面にはならないよう避けていた。
 やたらと落ちつかねえもんだから船内に落ちてたトランプでピラミッドなんて作ってはいるが、
手先の器用さでは自信のある方なんで、すぐに完成しちまってあまり精神統一の意味は成さなかった。
 何でこんな想いをパステルに抱いたのか。
 自分の感情に気付いたのは思い出せるんだが、感情の発端の理由は分らねえ。
 いったいぜんたい、コイツのどこに惹かれたんだろうか?
 すぐに泣くし、方向音痴だし、胸もなけりゃ尻もねえし・・・・。
「ねえ、トラップ」
 胸中で羅列していた悪口が聞こえたのかというタイミングで呼びかけられ、ギクッとして振り返ると、
コースのプログラミングをし終えたらしいパステルが椅子の回転ロックを外してこちらを向いていた。
「んだよ、またX軸とY軸とZ軸をごちゃ混ぜに見たりしてねえだろうな?」
 パステルは俺が内心動揺しているとは夢にも思わず憤慨する。
「し、してないわよ、そんなの!」
「まあな。 たった3回か4回くらいしか、してねえよな」
 皮肉を込めてやるとパステルはうぐっと言葉を詰まらせた。
 ちなみに人工衛星と恒星を間違えて突っ込みそうになった事もある。
 ワープした目の前が火の海で、あの時はこのままオダブツかと思ったぜ。
 方向音痴だなんて史上最強なナビゲーション・オペレーターだよな、まったく。
 苦々しくしながらも方向音痴な航海士のパステルは口を開いた。
「ほら、まだお礼言ってなかったじゃない。 ―――助けてくれてありがとう」
 しかめていた表情は和らいで、最後にはとっておきな笑顔。
 花がほころぶかのような微笑ってのはきっとこんなのだろうと思う。
 ・・・・なんとなく、だけれど。
 俺は何となく分かったような気がする。
 明文化はできないが、この感情が強く反応してるってことは、これ以上の追及は無駄だってこった。
「例えばだ、俺たちが剣や魔法の世界にいたとしても同じなんだろうぜ」
 唐突に話を変えた俺をパステルは不思議そうに見てきた。
 俺は座っていた椅子から立ち上がってパステルの傍、つまりコントロールパネルの前に行った。
 巨大な画面いっぱいに無限に広がる真っ暗な海を映し出すフロントスクリーンを背にする。
 くるりと椅子ごと回転したパステルは目をぱちくりとさせた。
「何が同じなの?」
 俺は尋ねてくるパステルからコントロールパネルへ目を移す。
「おめえはどう思う、『もしも今とは99%ずれた世界にいたとしたら』?」
「ああ、それで剣と魔法なんだ」
 パステルは腕を組んで軽く首を傾げさせた。
 その間、俺はモニターを見つつ、スイッチを探していた。
 しばらく黙考してたパステルは両手を上げて降参のポーズをとる。
「さぁ、想像つかないわ。 でも・・・・そうね、同じように一緒に仕事をしているのかもね」
「そゆこと」
 素っ気なく言って「だから何が」と尋ねてくるパステルを無視して実行キーを押した。
 押したのは重力発生装置のオフスイッチ。
 普段床に足をつけて立っていられるのは当然の如く重力のおかげだ。
 ふいに無重力状態になった場合はそれまで足に入れていた力が床を反発させて身体が浮き上がる。
 それは座っていたとしても似たようなもんで、パステルも俺もふわりと浮き上がった。
「ちょっと、何してるのよ?」
 必死に椅子にしがみついたパステルは大慌てで文句を言った。
「エネルギー消費の軽減。 この船に残ってる燃料、どれだけだと思ってんだよ」
 廃棄される筈だったので片道分くらいのエネルギーしかない。
 方向転換させた分、既に燃料の残りは厳しいものになっている。
 本当は空調もオフにすべきだろうが、凍死しちまうんでギリギリまで下げた。
 これで何とか近くの宇宙港へ辿り着くまでのエネルギーが確保できたらいいんだけどな。
「それならそうと、先に言ってくれれば・・・・うわわっ!」
 バランス取るのが下手なパステルはうっかり椅子から手を離してしまう。
 それどころかさっきまで俺が作っていたカードのピラミッドに突っ込みやがった。
 俺は溜め息を吐いて肩をすくめると軽く床を蹴ってなんとも面妖な、
ちょっと出初式の演目にありそうなポーズになってしまっているパステルの方へとジャンプした。
 宙でパステルがパタパタと動かしている手を俺は引っ掴んだ。
 溺れた人間に掴まれる藁ってのはこういう気分だろう、俺はパステルに逆につかまられた。
 周囲でカードがパラパラと遊泳する中で抱き合う形になる。
 気付いたパステルはぱっと身体を離した。
「ごめん・・・・じゃないかな、ありがとう。 なんだかさっきと同じだね」
 パステルは照れ隠しにえへへと笑った。
 そう、これは宇宙の果てに吹き飛ばされそうになった時と似たシチュエーションだった。
 血が凍るんじゃないかと思ったのは生来で初めての経験だった。
 蘇える恐怖にゾッとしてパステルを抱き寄せた。
 顔を合わせないのは近距離で素直な瞳に射抜かれて平常心を保てる自信がないから。
 驚いて息を呑んだパステルをそのままに、放っていた疑問に答える。
「剣と魔法の世界でも、俺は同じように手を掴んでただろうよ」
 谷底に落ちそうになったとしても、海に落ちそうになったとしても。
 少し目を閉じて手の平から、触れた頬から、体温を感じる。
 生きる喜び、生きてくれている喜び、とでも言うとややオーバーかもしれないが、
この尊い温もりを失わずに済んで、心底ほっとしているんだ。
 俺は大きく見開いた目を覗き込んだ。
「だぁら、そんな世界でもおめえに、パステルに同じような想いを持っているんじゃねえかと思うぜ」
 腕の中のパステルは信じられないという目付きで唾を飲み込んだ。
 浅い深呼吸をしてちょっとは落ち着いたようで俺を見た。
 頬の赤さはむしろ増してしまったようにも思えたけれども。
「ふぅん、どんな想いだっていうの?」
 自然を装って、まるで俺のからかいには乗らないという口ぶりだ。
 やれやれ。 そうしてたとはいえ、悪ふざけしすぎてたか。
 普段の行いが裏目に出ちまったってことかよ、ちくしょうめ。
 がっくりしていたら浮遊していたトランプのカードの一枚、ハートの3がくるくると回転して近付いて来た。
 まるで俺に激励してるようだ、と都合よく思い込んでパステルにニヤリと笑って見せた。
「どんな想いなんだろうな?」
 逆に謎かけをしてしっとりとして柔らかな頬をそっと撫でた。
 混乱しているからだろう、されるがままのパステルに顔を寄せる。
 観念したかのようにパステルは長い睫毛を伏せた。
 俺も瞼を下ろそうとした、その時。
 ピピー、ピピー、とけたたましい音がした。
 ぎょっとするパステルと共に音の発信源であるモニターを見た。
『こちら銀河連邦公認宇宙開拓士、クレイ=S=アンダーソン。
 こちら銀河連邦公認宇宙開拓士、クレイ=S=アンダーソン。
 おおい、トラップ、パステル聞こえるか? 応答してくれ!
 くり返す、こちら・・・・』
 スピーカーから聞こえてくるのは懐かしき幼馴染のもの。
 あんにゃろ、狙ったように丁度いいところで水を差しやがって。
 この恨みは大きいんだかんな、覚えてろよ。
 奥歯が削れるほどぎりりと歯軋りをして呪いをかける如くモニターを睨みつけた。
 とはいえ、流石に救助の声を聞き流すわけにもいかなくて。
 俺は渋々とコントロールパネルへとジャンプして通話ボタンを押した。
「あー、こちらトラップ。 助けに来んの遅えよ、どうぞ」
『無事なんだな? 座標位置は確認した。 コースはそのままにしておいてくれ』
「分かったわ。 待ってるからお願い」
 横から割り込んできたパステルが言った。
『ああ、パステル! 本当に心配したんだぜ、了解!』
「じゃあ早いとこ来いよな」
 俺が言ってとりあえず通信は切れ、途端に静寂が訪れる。
 肌寒いはずの気温が何故か生温く感じる空気の中、パステルは真横で気まずそうに俺を見上げた。
 どうしたもんかと無言で見返すと意を決したかのように口を開いた。
「あのさ、さっきのは・・・・その、いつもの・・・・」
 次第に歯切れは悪くなって尻すぼみになる。
 確かにあんな状況でせまられるなんてのは夢にも思わなかっただろう。
 数分前の俺だって思いも寄らなかったんだしな。
 後悔はしちゃいないが、パステルにしたら急で混乱するに違いねえ。
 その混乱に乗じようとする打算があったのは事実で、わずかな良心がチクリと痛む。
 俺はパステルの頭にポンと手を置いた。
「続きはまた今度な」
 いつものからかうような調子で。
 だから、一連の行動をただの悪ふざけで取っても構わないつもりだった。
 パステルの顔がポンッと音を立てたかのように真っ赤になった。
 けれども、いつもからかった時のように怒ることはなく。
 肩透かしを食らい、思わず俺まで照れくさくなってきて顔を背けた。
「・・・・・・うん」
 危うく聞き逃してしまいそうな微かな声に心臓が飛び跳ねた。
 真偽を確かめようとするも、パステルはフロントスクリーンを見つめたまま。
 ただ、赤く染まった顔にはほころびかけた花のような微笑みがあるだけなのだけれど。
 俺はじわりと汗ばんだ手の平を宇宙作業服でごしごしと拭った。
 スクリーンに顔を向けたまま、遠い側にあるパステルの肩に手を置いてなんともぎこちなく抱き寄せる。
 眼前に広がる星空は宇宙の片隅の些細な出来事にはひどく無関心で。
 ふと「恋愛は引力のようなもの」と昔の誰かが表現したらしいと思い出した。
 確かにその通りなのかもしれない。
 
 
 俺たちは惹かれあってゆく。
 
 そこに引力が存在してるかのように。


オワリ


 
 
 
 
パステル以外のメンバの職業って何なのだろ。
2003年に開催された1%フォーチュン企画に出品させていただいた品。
1%だのトランプだの、浅ましいと言うか小癪な真似をしました。

SF仲間な称号を得れてうれしい限りvv
ですが、明らかに似非SFなので、石が飛んでこないかと見えない恐怖と戦う日々。

1%企画&am;萩きなこさんに奉呈しております。

< 2003.04.22 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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