非安眠マクラ

 
 なんせ俺はナイーブだからな。

 ナイーブな証拠にパーティ唯一の船酔い体質だ。
 一説によれば草食動物よりも肉食動物が船に酔いやすいらしいが・・・・。
 今、「このケダモノ」とだか「子羊を狙うオオカミめ」だとか言われたような気がするが空耳か?
 ケッ。 いいじゃねえか、オオカミ結構、ケダモノ万歳だ。
 それにそんな話はどうだっていいんだよ、俺がナイーブな男だって所が重要なんだから。
 ナイーブなトラップ様に何が起こったかっていうとだな、ここ3日間一睡もしてねえんだよ。
 人間の欲望ピラミッドって知ってるか?
 欲望には優先順位があって、底辺の生理的現象が成立して初めて次を求めるってヤツだ。
 睡眠が生理的欲求の中でも最も重いと言われる。
 拷問の方法で一切睡眠を取らせないのがあって、72時間もあれば大概まいっちまうって話だ。
 それが本当なら俺はあと余命半日もねえって事になるな。
 サヨナラ短かった人生・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 なんて終りになるわけもねえけど。
 俺は睡眠不足の身体を押してシルバーリーブの隅のレンゲ畑にやって来た。
 ・・・・誰だ、俺に花なんて似合わねえとか言うやつは?
 ま、勿論花を愛でようなんて意志じゃなく、単に旅館じゃ寝れそうもないからなんだけどな。
 パーティの連中はもちろん、村人もそんなに訪れないここならば、
誰にも邪魔されずに昼寝できるだろうという選択である。
 うららかな春の陽射しを受けた地面からはぼやりと熱が立ち上り、
若葉のほの苦い香りと花の甘い香りがむせるようでもあった。
 俺は陽射しが当たって暖か且つ、光線が眩しすぎない場所にごろりと横になった
 目の奥のほうから切なる欲求がふつふつっと沸き起こる。
 ただひたすら、溶けるように眠りたい。
 この願いが今こそ叶えられるんじゃないだろうか。
 物凄く嬉しいが、「ヤッター!」だの「オヤスミナサーイ!」だのと叫ぶ気力は無い。
 ただ思わず涙がハラハラリと出てしまいそうになるも、堪える所だろう。
 男としてというより人として、この程度で涙を流すのは涙の無駄遣いという気がした。
 ゆっくり上瞼が垂れ下がった時だった。
「あれーっ、トラップも来てたんだ」
 睡眠に感極まる寸前だった俺の耳に間抜けながらもデンジャラスな声が聞こえてきた。
 俺はかっと目を見開いて声の主を探した。
「パステル、てめえ何でここに・・・・?!」
 言ってからハッと気付いた。
 そういや以前に一度だけ、パステルをここに連れてきた事があったんだ。
「お散歩に来ちゃいけない?」
 そう言うとパステルの影からひょっこりとルーミィとシロが飛び出てきた。
 な、なんでえ、こいつらも一緒かよ。
 てっきりパステルだけで、二人きりのお花畑なのかと思っちまったじゃねえか。

トラップの妄想一口メモ:
      【二人きりでお花畑】=『二人きりで波打ち際』と匹敵する恋人のサンクチュアリ。
      お花畑における会話例 // 「アハハ☆ 待てよォ、コイツゥ」「ウフフ♪ 私を捕まえてごらんなさーい」


 安心したような残念なような気持ちで俺はまた倒れこんだ。
 確かにパステルをここに連れてきた事はあった。
 ただし、それは二人だけの秘密であるようにしたつもりなんだが・・・。
 どうやら秘密だって部分はさっぱり忘れてるらしいな。
 ルーミィとシロは何が楽しいんだかキャアキャア走り回っている。
 パステルはそれを微笑ましそうに眺めて、すとんと俺の横に座り込んだ。
 ・・・・勘弁してくれ。
 俺はうんざりとした気分だった。
 なんせここ最近ずっと寝不足なのはコイツが原因なんだ。
 ふとパステルの事を考えると気になって気になって眠れやしない。
 冒険談を執筆してりゃ誰を書いているのか気になれば、
一つついた吐息も誰かに思いを馳せているのだろうかと気が気じゃねえし、
外に出てりゃどんな野郎がパステルに話し掛けるのかと気になって、
夜にはどんな夢を見てるのか気になり、夢の中で俺を想ってくれてたらいいなぁなんて・・・・末期だ。
 口に出すのもこっぱずかしいが、恋の病ってやつなんだろうと思う。
 病のモトってのも妙かもしれないけど、俺にとっては病原菌そのもの。
 しょぼつく目で恨みがましくパステルを見上げると、視線に気付いて不思議そうに見返してきた。
「トラップどうしたの? 眠れないの?」
 最近寝不足だってのはパーティ全員が知ってる事で、心配するのも仲間だからってだけだろう。
 それでも俺だから心配してくれるんじゃねえのか、なんてあらぬ期待をしちまう。
「まぁな。 おめえがここまで迷わず来れたってのに驚いてさ」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと寝たら? そうだ、眠れるように何かしてあげようか?」
「は? 眠れるように?」
 オウム返しをした俺にパステルは「そうよ」と頷いた。
「お話をしてあげようか? それとも手をにぎっていていてほしい?」
「・・・・あに言ってんだ、おめえ」
 ルーミィじゃねえんだからさ。
 俺は嘆息して青空にゆるゆると流れる雲を見上げる。
 どろどろとした俺の暗雲立ち込めた心とは全くの逆で、平和なもんだ。
 あの雲に乗れたらさぞ気持ちいいだろうな等と普段なら絶対に考えないような事まで頭をめぐる。
 ・・・・お、この調子なら寝れるかも・・・・?
 
 と、そこにパステルがひょいっと覗き込んできやがったもんで驚くったらねえよ。
「ありゃ、まだ眠れないんだ?」
 眠れるわけねえだろう、つーか、今ので余計に目ぇ醒めたわ!
「ふん、おめえが膝枕でもしてくれるってんなら話は別だけどなぁ?」
 からかいの意味も込めて。
 しかしパステルにしたら俺はよほど睡眠困難な人間に見えるらしい。
 まあ実際そうなんだが、からかいも通じなかったようで、パステルは朗らかに笑った。
「やだぁ。トラップったら甘えん坊ね、ルーミィみたい」
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ハ ィ ?
 パステルは俺の頭をちょいと持ち上げて地面との間に膝を割り込ませた。
 俺はぎょっとして逃げなければと思ったが、なんてこった、
もう起き上がるだけの体力は残っていなかった。
 
 パステルは子守唄を歌いはじめた。
 歌声は春の野に相応しく伸びやかで優しげで軽やかに響いてゆく。
 膝枕は丁度よい高さで、できればもう少し肉付きがよくてもいいが、心地よくて。
 そうだけど、確かにそうなのだけれども。
 眠ろうとすればする程に目が冴えちまうのはなんでなんだ?
 もう寝よう、寝るんだ、寝なきゃ明日の太陽は拝めねえぞ、俺!
 半ば脅迫めいた事を自分に言い聞かせながら、きつく目を閉じた。
 だがしかし、さらりと額を撫でられて眉間に込めた力はぷしゅーと抜けていった。
 死んだ魚のような、かなり虚ろな目をしているだろう俺に、
パステルは、太陽もよりも輝かしく、花よりも瑞々しい笑顔を向けた。
 
「また今度、トラップが元気な時に、一緒に来ようね」
 
 それは多分、二人きりで、という意味ではまずないのだろうし、
死にかけている俺をただ憐れに思って元気付けようとしてるだけなのだろうけれど。
 
 
 ああ神様、俺は今夜も眠れないのでしょうか?


オワリ


 
 
 
 
『「寝不足トラップ」「子守唄を歌うパステル」』

寝不足になると私の場合どうでもよくなる時があるので、
トラップにもヤケになってもらいましたv(迷惑なファン)

ニクキュウLevel4さん、9000hitご申告&リクエスト、ありがとうございましたv

< 2003.06.03 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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