傘の下で

 
「参ったなぁ」 
 店を出るなり敗北宣言を口にしたのは、クレイだった。
 買出しに出たはいいが、店を出るなりのハプニングである。 
「どーにかなんねぇのかよ」 
 同じく、トラップが辟易しながらクレイに八つ当たりする。
 ――――――――ざぁあああ
「どうにかって、俺には・・・・どうにもできないよ」
 ノイズに混じったクレイの声は絶望の縁にいるかのようである。
「お前、ファイターだろ。 簡単に諦めんな!」 
 多少苛立ちながらトラップはクレイを睨んだ。
 クレイは今にも掴みかかってきそうなトラップを真摯な眼差しで見返した。 
「じゃあ、お前ならどうにかできるのか?」 
「できねぇな」 
 トラップはあっさり敗北宣言をした。
 そこで会話は一段落つき、二人同時に店の軒先から天を見上げる。 
 
 
 ――――――ざぁああああああぁああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 止めどなくに続くノイズは、止めどなく無数の水滴を地面に叩きつける。
 『不毛な論争ゴッコ』を終えて、クレイは溜め息をついた。
「出てきた時は晴れてたのになー」 
 つまりはそういうことで。
 買出しに出てきた二人であったが、いざ店を出ようとなったら大雨に降られたのである。
「どうする、通り過ぎんの待つか?」 
 トラップの提案にクレイは首を振った。
「いや、そろそろルーミィ達がお腹すかせる頃だろ。 早く帰ってやらないと」 
 腹をすかせるのがルーミィ達というより、腹をすかせて喚くのはルーミィだけだろう?
 トラップは幼なじみの言葉に引っかかるものを感じたが、敢えて口にするのはやめた。
 早く帰りたいと思うのは彼とて同じであるからだ。
「俺たちが帰らないでも、勝手に猪鹿亭行って喰ってんじゃねぇの?」 
 クレイは懐からパステル愛用のガマグチの財布を見せた。 
「ここに財布があるのにか?」 
「おめぇ、財布丸ごと預かってきたのかよ?」 
 クレイは頷き、かえってその質問に首をかしげた。
 とたんに、トラップは憮然とした顔つきになった。
 自分へ金を預ける時は、余分な金を持たせないばかりか、重々他の事に使わないよう言うくせに、
クレイには財布をそのまま預けるという扱いの違いが面白くない。
 それは普段の素行を振り返れば一目瞭然であるのだが、面白くないものは面白くない。
「走って帰るしかないか」 
 クレイはトラップの拗ねた素振りに気付かないでもなかったが、
この様子では放っておいたほうがよいと長年の付き合いから判断して提案をした。
「んだな」 
 トラップも同意して、荷物が濡れないようにマントやジャケットで覆った。
 すると、そこにすっとんきょうな声。
「遅ぉ―――い!」 
「おしょぉ――い!」 
 見ると、そこには傘を片手に仁王立ちする少女が二人。
 赤い傘を持つパステルと黄色の傘とレインコートを羽織ったルーミィだった。
「もー、キットンやノルが今日は雨が降るって言ってたでしょ。そそっかしいんだから」 
「しょしょっかしーんらから!」 
「そそっかしいのはどっちだ。 おめぇら、俺たちの分の傘は?」 
 トラップはその体の何処に隠し持ってんだか見せてほしいもんだ、と溜め息をついた。
「・・・・・・あ。 忘れてきちゃった」 
 見ればわかる。
 かあっと顔を紅潮させたパステルにクレイは苦笑した。
「まぁ、いいさ。 パステル、傘にトラップ入れてくれるかい?」 
 荷物と共に傘を持ったままのルーミィを抱き上げた。
 子供用の傘ではクレイの肩幅をカバーしきれなかった。
「くりぇー、ちゅめたくなぁい?」
「大丈夫だよ、ルーミィは?」 
「かっぱきてうからだいじょうぶらお」 
 なんともほのぼのとした会話をしながらクレイとルーミィは先に行ってしまった。
 残された二人といえば。 
「げー、俺に趣味の悪い傘に入れってかぁ?」 
 トラップは嫌そうな声を出した。
 勿論、黙っていられるパステルではない。
「わるぅございましたね、入りたくないなら濡れて帰れば?」 
「けっ、迎えに来て傘忘れた奴の言い草かよ」 
 言いながらも、荷物を持ち直したトラップはパステルの傘に入った。
 とりあえずでも文句をつけたかっただけなのだ。
 パステルもそれは承知の上で、少し頬を膨らませつつもトラップを傘の中に受け入れた。
 トラップは前行くクレイたちがみすず旅館とは違う方向に角を曲がって行ってることに気付いた。
「おい、クレイ」 
 それに気付いたパステルはトラップを止めた。
「いいのよ。 もう先にキットンとノルとシロちゃんは猪鹿亭に行ってるの」 
 確かに、彼らの行く方が猪鹿亭であれば間違いではない。
 トラップはふぅん、と頷いた。 
「それで財布を迎えに来たってわけか」 
「財布をって・・・・そんなヤな言い方しないでよね」 
 なんでそうも引っかかる言い方しかしないのか、とパステルは口を尖らせた。
 トラップの引っかかる言い方の出所が只の嫉妬でしかないのだが、パステルが知る由もない。
 しかし、トラップの左肩が少し濡れているのに気が付き、口元は笑みの形に曲がった。
 ルーミィの傘ほどではないにせよ、二人分の雨避けにはやや小さすぎる傘の大きさ。
 パステルは、普段は文句ばかり言うくせに、こういう時にだけ何も言わないトラップの優しさに、
胸の奥がくすぐったいような気分になった。
 そうっと傘をトラップ側に傾けたが、トラップはそれを良しとはしなかった。
 トラップ左肩が濡れない状態では、パステルの右肩が濡れてしまうからである。
「おめぇの傘だろ。 自分が濡れてどうすんだ、バカ」
「なによ、トラップは荷物持ってるんだから濡れちゃダメでしょ」 
 
「そんじゃあ、おめえがもっとこっちに寄れよ」 
 トラップは舌打ちすると、有無言わさず、パステルの肩に腕を回してぐいっと引き寄せた。
 
 ふいに、トラップの鼻腔に強くパステルが香る。
 トラップは自分の行動を省みて恥ずかしくなってきた。
 これじゃ、傍から見たらまるで・・・・・・。
 思わず周囲を見回すも、雨とあって外に出る人もいなければ、雨によって視界は狭くなっていた。
 誰もいないことにホッとするのもつかの間。
 今度は逆に、二人きりだということを意識させられてしまったのである。
 無性にソワソワして、猪鹿亭までの残りの道程がやたら長く感じてしまう。
 しまった、いくら鈍感なパステルもさぞかし困っているに違いない、と己の軽挙を悔やんだところで、
トラップは、パステルが何も言わない事に気付いた。 
 嫌だともやめてとも言わなければ、何するのよ、と張り手が飛んでくることもない。
 トラップはふいに浮かんだ自分の考えに普段の二倍は心臓が跳ね上がった。
 あるはずがないと打ち消すも、消えては浮かぶ疑念の声。
 つまり、これは。
 
 そういう風に、傍から見られても構わない、という意味では?
 
 恥ずかしそうに、ほんの少しうつむいたままのパステルの肩に置いた手に力がこもる。
 トラップは真正面の降りしきる雨を見たままゴクンと喉を鳴らした。
 つまりこれは、千載一遇のチャンスというものでは?
 幸いにも周囲には人はいないことであるし。
 どちらかと言えば、トラップは言葉よりも行動に出るのが先の人種だった。
 有り余る好意は言葉よりも行動に乗せて伝えたいと思ったのである。
 
 それは例えば、肩を引き寄せることで。
 それは例えば、柔らかであろう薄い桃色の口元に自分の唇を寄せることで。
 
 5秒後には、世界で一番の幸せ者になれることを望みつつ、
トラップはうつむいたままのパステルの顔を覗き込んだ。 
 まるでこちらの考えを見越していたかのように、待ち受けるパステルは、
ほんのり頬を赤く染めて、長い睫毛を軽く伏せていた。
 3秒後、世界一の幸せ者だと確信したトラップは、パステルに唇を寄せながら目を閉じた。
 
 
「ぶぇっくしゅ!!」
 ガコン☆
「いでッ!!!!」

 
 
「うー、やっぱり今日はさっさとお風呂入って寝よ。 風邪ひいちゃいそう」 
 ずずっと鼻をすすりながらパステルが目を開けた時、トラップの姿は隣になかった。
 どこに行ったのやら、と後ろを振り返ると、トラップは顔を押さえてしゃがみこんでいた。
 パステルはパシャパシャと小さな水しぶきを立てながらトラップに近づいた。
 そういえば、くしゃみした時に傘に何かが当たったような手ごたえがあった。
 どうやら傘の柄がトラップの顔に直撃してしまったらしい。
「ごめんね、大丈夫?」 
 トラップは顔を押さえたままで、肩が微かに震えていた。
「このッ・・・・わざとらしいことしやがって!」 
「はぁ? わざとぶつけたんじゃないよ」 
 パステルがそう言うと、トラップは喉の奥でうめいた。
 そして、がばっと立ち上がったかと思うと、パステルから傘を奪い取った。
 トラップは、パステルがびっくりしているのをよそに、さっさと歩いて行く。
 パステルも慌ててトラップを追いかけ、傘の中に入った。
「ちょっと、なんなの? そりゃ傘ぶつけちゃったのは悪いけどさ」 
「うっせぇな! なんでもねぇよ!!」 
 明らかになんでもなくない声である。
 わかんないなぁ、とパステルが首を傾げるその真上。
 雨足は次第に弱まってゆく。
 
 まもなく雨は上がろうとしていた。
 
 
 この盗賊の機嫌が快晴に向かうのは天気よりも後かもしれない。
 パステルはそう思った。


オワリ


 
 
 
 
『不埒なことを考え実行に移そうとしたトラップ氏、
パステルのぼけっぷりに返り討ちに逢う・ほんのりクレルー味』
というリクエストでしたので、クレルー色を出してみました!(トラパスは)
季節柄、雨の日のイメージで。
でも、FQ世界のあのシルバーリーブの位置で梅雨はなさそうな気も…;

えりかさん、200hitのご報告&リクエスト、ありがとうございましたvv

< 2002.06.02 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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