絶対君主彼女

 
 主導権を取るのは絶対に俺。
 色恋沙汰におこちゃまなパステルは時折主導権を取ってやろうとするものの、
女としての自覚無しのお嬢ちゃんから、ようやく女としての自覚し始めただけのお嬢ちゃんに、
易々と主導権取らせてやるほど俺は甘い男じゃないぜ。
 ほんの少し、ほんの少し。
 俺の示すほんの少しの好意に面白いくらいに反応を見せる。
 確信犯なんじゃねえだろな、と疑いたくもなるが、もしもこれが演技だっていうなら、
リーザ王国で毎年決定されるとかいわれる最優秀女優賞は間違いなくパステルの手に渡るだろう。
 そんなんで、まあ多少は欲望をセーブさせつつも楽しませてもらってるわけだが、
俺が唯一主導権を行使できない時というのが、非常に腹立たしいのだが、存在する。
 その時ばかりはどんな甘い囁きもどんな行為も無に帰す。
 
 さて、どうして長々とこんな前置きをしているのか?
 それは今が正にその非常事態だからだよ、ちくしょう。
 
 椅子に座り頭を少し垂れ気味なパステルの首筋は、まるで俺を誘惑しているかのように艶かしい。
 俺はゆるく波打つ髪の一房に手を伸ばし、軽いくちづけを。
 ここらでパステルの首筋は赤く染められてもいい頃なのだがそうもいかない。
 つーか、振り向く気配すら見えない。
 心の中でぐらりと傾く岩には『男のプライド』と彫られていた。
 深呼吸をして傾きかけた岩を元の位置に戻すと冒険者にしてはか細い腕に手を伸ばしかけて、
 
 ペシリ
 
 空中の目障りな虫を追い払うかのような勢いで叩き落とされた。
 叩き落した手の主はといえば、頬を染めるでもなく照れた微笑を浮かべるでもなく。
 半眼のままで、ただ一言。
 
「トラップ、じゃま」
 
 掴もうと思った腕のその先には妙に使い込まれた鉛筆、その先には書きかけの原稿用紙。
 俺は溜息をついて渋々と手を引っ込めた。
 そりゃなぁ、パステルにとって冒険談を書くのがどれだけ重要なのか知ってる。
 だから手出ししても無駄だってのは承知してるが、こっちにだって限界ってもんがあるんだぜ?
 もう丸3日もおあずけ食らってんだ、少しは恋人らしいスキンシップを求めたっていいじゃねえか。
 パステルはすぐさま続きにとりかかり、数文字綴った所で手の動きを止めた。
「トラップ、のど渇いたからそこのポットでお茶入れて」
 入れてくれる?の半疑問形ですら含まずに命令形。
 ああ、俺はこれを『パステル女王様モード』と名づけよう。
「なあ、パステル? 俺たちって恋人同士なん・・・・」
「お茶」
 問答無用の一言。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ」
 打ちひしがれながらカップに紅茶を注ぐ俺の心の中では岩に亀裂が入った。
 その岩には『男のプライド』と彫られてあるようだった。
 机の上にカップを置いてやるとパステルは短く謝辞を述べた、原稿から目を離す事はなく。
 やるせない溜息を一つ出し、ジャケットを手に取った。
「俺、出かけてくるわ」
「あらそう、いってらっしゃい」
 どこに行くんだろう、早く帰ってきてね。
 そんなニュアンスは欠片も見受けられずに、外出すると言った事への儀礼的な挨拶だった。
 ヒラヒラリと手を振るパステルは原稿から目を離す事はなく。
 私と仕事とどちらが大事なのっ?!と、ヒステリックに喚く女の心情が分かる気がした。
 パステル。 俺と原稿、どっちが大切なんだ?
 口に出すのは我慢できたものの、執筆中のパステルの後姿は無言の拒絶。
 背中で「決まってるでしょ、原稿よ」と答えているかのようにすら見えた。
 俺の心の中で岩が微塵に砕け散った。
 岩には『男のプライド』と彫られてあったらしかった。
 
 シルバーリーブで初雪を観測したのは一週間前。
 みぞれ状態の雪が降ってからは全くの晴れ続きなものの、木枯らしはひっきりなしに吹いていて、
寒くて寒くて、まるで今の俺の心理状態をあらわしたようですらある。
 ちなみに懐もあらわしたようでもあったりする。
 運の悪い時ってのは続くもので、勝利の女神は一瞥もする気はしないらしい。
 カジノへ足を運んでみたはいいものの、あっという間にスッテンテンになっちまった。
 それで何処へも行けず、かといってパステルに手出しのできない今、宿に戻る気にもならず、
人の少ない公園のベンチにぽつりと座り込んでいるってわけだ。
 足元で風に舞った落ち葉が円を描いたがすぐさま俺に飽きたかのようにヒュルリラと去って行った。
 もしも隣に愛しい愛しい恋人がいれば淋しい事もねえのになあ。
 俺は溜め息をついて、脳裏に浮かんだパステルに想いを馳せた。
 そのパステルは少々熱があり風邪気味だった。
 俺が邪魔していたのはただパステルに触れたい気持ちもあったが、それだけじゃない。
 最近シルバーリーブで流行っている風邪に先ずルーミィがかかった。
 それはすぐに完治したのだが、パステルに飛び火してしまい、時折り咳き込む姿を目にする。
 パーティ全員の休むように言う忠告も聞かずに、締め切りがまだ先の原稿に取り掛かっている。
 どうやら何か理由があるらしいが、言おうともしないところを見るとよっぽど大切な理由なのだろう。
 だぁら手法を変えて原稿から少し離れるようにさせようとしたんだが・・・・女王モードじゃなあ。
 はあ、と息を吐くと夕暮れが近いせいか白く濁った。
 流石にこんな時期の公園に病人を連れて来れねえな。
 そう思うとなんだか女王モードでもいいから愛しい愛しい恋人に会いたくなって腰を上げた。
 するとその時、背後から呼び止められた。
「あーららー。 そこにいるのはー、トラップじゃなぁい?」
 聞き間違えようもない声は、愛しい愛しい恋人のもの。
 そいつは、一抹の疑念を抱きつつ振り返った俺に飛びついて来やがった。
 前触れもなく飛びつかれたのでパステル共々倒れ込んでしまった。
 しかもパステルの奴、ご丁寧に腕を曲げてやがったので思い切り腹に肘をぶち込んできやがった。
「・・・・・・・・て、て、てめえ・・・・っ!」
 何とか喋れるだけ大したものだと思うぜ、マジで。
 けれどもパステルは、俺を下敷きにして何の衝撃も無かった筈のパステルは不満を述べる。
「いたーい」
 そりゃ、俺の台詞だろうが。
 腹の上に馬乗りになったパステルは俺の胸ぐらをぐいっと持ち上げた。
「もー、ちゃあーんと受け止めてくれなくちゃ、駄目でしょー?」
 俺はこの何とも言えぬシチュエーションに内心焦りつつも一抹の疑念を明確化させた。
 パステルのやつが舌っ足らずになってやがるんだ。
 目をとろんとさせて、頬を赤らめて、くふくふと笑みを漏らしている。
 決定打はかすかに香るアルコールの匂い。
「おめえ、なんか飲んだろ?」
「印刷所に原稿出しに行ってー、おかみさんにー、たまご酒を貰っちゃいました! えへへーv」
 ほにゃらーとした、もしも惚れてなきゃ馬鹿面に見えるような笑顔でパステルは俺の胸ぐらを放した。
 支えを失った俺の頭はガツンと地面と衝突し、まだ日暮れ前なのだというのに星が見えた。
「ってぇ! おめえ、風邪引きなくせに酒癖悪いぞ!」
 頭をさすってまだ俺の上に乗っかったままのパステルに怒鳴った。
 しまった、泣いちまうんじゃねえだろうか?
 即座に後悔した俺の予想とは裏腹に、パステルはむぅっと口を尖らせた。
「なによぅっ! トラップが悪いんじゃない!」
 それだけなら可愛いもんだが、そうもいかなかった。
 俺はパステルに両手をドシッと胸の上叩き付けられて呼吸ができなくなっていた。
「・・・・うく、ぶはっ! は、はぁ? 俺が?」
 人体において酸素は必要不可欠だと嫌でも思い知らされた俺にパステルは言い放った。
「そうよ。 トラップといちゃいちゃーってしたかったから頑張ってたのに、邪魔ばーっかりするんだもの」
 パステルは頬を膨らませてとんでもねえ事を言いやがった。
 普段のお嬢ちゃんなパステルなら絶対に言えないような台詞だ。
 いや、本当のガキなら言えるのかもしれねえが・・・・ともかく最近のパステルの台詞ではない。
 どうやら女王様モードの酒乱バージョンであるらしい。
 長年の経験からいうと、こういった厄介な奴には逆らわない方がいいんだ。
 俺は溜め息をついてパステルをそのままにして上体を起した。
 そりゃま、いちゃつきてえのは俺も同じ・・・・というか更に強い自信もあるが、
仕方がねえな、今日の所は控えるしかねえだろう。
「わぁーったよ、俺が悪かった。 だぁら帰ろうぜ、女王サマ」
「じょおうさま?」
 腹の上から膝の上に移動したパステルは、ぽけっとして私のこと?と自分を指さした。
 頷いて見せるとパステルはまたもくふふーと笑みを浮かべて、悪戯っぽく俺を見上げた。
「よぅし、じゃあー・・・・着替えるから手伝え! 靴下を持てー!」
 また訳のわからない事を言い出したかと思ったら、パステルはすぽぽーんとブーツを脱ぎ捨てた。
 更に上着にまで手をつけたので俺は慌てて腕を引っ掴んで止めた。
「阿呆か! 往来で脱ぎだすんじゃねえっ!」
 パステルは眉根をひそめて拗ねたような素振りを見せる。
「だってぇ、熱いんだもん」
 可愛い顔でなんつー事を・・・・頼むから止してくれよ、女王様。
 くそ、何だって俺がこんな目に遭わなくちゃなんねえんだ、情けなくて涙が出てきそうだぜ。
 涙は堪えたものの溜め息までは止められなかった。
「そういうのはなぁ、俺だけの前にしとけよな」
 密室で二人きりの時なら嬉しいのに・・・・って何言ってんだ俺。
 自分の口からぽろっと出た言葉に驚愕して背筋に冷汗が流れた。
 パステルは酔いが回って内容を把握できなかったのだろうか、これまたぽけーっとしたままだった。
「いいか、今のは忘れろ、つーか忘れてくれ!」
 必死の懇願はパステルの耳に入らなかったらしく、何故かうんうんと頷いた。
「トラップだけならいいんだ。 じゃあ、そうしてあげるね」
 立ち上がったパステルはふらふらしながらブーツを拾い、器用なことに左右逆に履いて戻ってきた。
 すとん、と俺の傍らに座り、それこそとろけそうな笑顔を見せる。
「女王様はトラップの前だけね?」
 言い終わるなり、糸がふつっと切れたように俺に倒れ込んできやがった。
 今度は受け止めてやることができた。
 俺はパステルが倒れないよう片手で支えながら、左右逆に収まったブーツを履き直させた。
 腕の中のパステルはすぴょすぴょと寝息をたてている。
 可愛い可愛い、俺だけの女王サマ。
 これくらいの褒美は貰ってもいいよな?
 心の中で誰ともなく尋ねてみるが、答えが返ってくるはずもない。
 俺はパステルのあごに手を置き、そっと持ち上げ、
   
 
 
 
 
「メッ!」
 
 ペシリ
 
 
 まるで空中の目障りな虫を追い払うかのような勢いで叩き落とされた。
 ぎょっとして手を叩き落とした主を見ると、そこには全力疾走してきたのか肩で息をする魔女がいた。
 そう、下手したら俺とパステルの最大級の壁である、ルーミィだ。
「おめぇ、どっから・・・・?」
 俺の質問を無視して、ルーミィはパステルを揺すり起した。
「うぅーん・・・・あれ、ルーミィ。 どうしたの?」
「ぱぁーるがおしょいから、おむかえに来たんらお」
 パステルは目をこすってルーミィに微笑み、ふわふわの頭を撫でた。
「そっか、ありがとうね。 一緒に宿に戻ろうか」
 ふらりとしながらもパステルは立ち上がった。
「ぱぁーる、おててつないでかえろ?」
 ルーミィの甘ったれた声すらもパステルには嬉しいのか、快諾して手を繋ぐ。
 本当にこいつらときたら姉妹みたいに仲がいいことで。
 って俺は無視かよ、おい。
 ルーミィだけならまだしも、パステルまで無視ってのはねえだろう。
「・・・パステ」
「ぱーるぅ!! ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」
 俺の声を打ち消すようにルーミィが大声を張り上げた。
 ちらりとこちらを見た目には作為的なものを感じずにはいられなかった。
 さてはこいつ、わざと邪魔しやがったな?!
 しかしパステルは全く気付かずににこにこ笑顔のままで。
「もう、よっぽどお腹すいてるのね」
 見当違いもいい所な事を言ってころころと笑い声を上げた。
 その何とも言えぬオーラを纏って遠ざかり行く二人を俺はただ見送るしかなかった。
 全く俺の事を忘れているであろうパステルは一度も振り返ることはなく。
 ルーミィはといえば一度振り返ってパステルに分らないようにべーっと舌を出して見せた。
 そして「羨ましいでしょう?」という勝ち誇った笑みを浮かべてみせた。
 
 二人の歩く姿はゆっくりと沈む夕陽を受けて影を長く伸ばしている。
 それは確かに絵になるような一コマだが、今の俺にとっては厭味以外の何ものでもない。
 つい女王は気まぐれなものだとかいう定説を思い浮かべてしまった。
 俺は地面に拳をダンッと叩きつけ、夕陽をキッと睨みつけた。
 
 
「ちっくしょう! 女王は俺のもんだ――――――っ!!」  
 
 俺の叫びに呼応したかのようにカラスが鳴いた。
 それが何故かカァではなくアホゥと聞こえ、俺の心の中にあった岩の欠片は見事に消え去った。
 岩には『男のプライド』と彫られてあったような気もする。


オワリ


 
 
 
 
『何だか女王様なんですけどパステルさん』というリクを頂戴しました。

こう、ピンヒールで高笑いする女王様を目指してたんですが。(SMか)
ただの酔っ払いだろう?という正論はどうか心に秘めたままで。
靴下のくだりで笑っていただけたらしめたもの。

海堂つなみさん、6000hitのご報告&リクエストありがとうございましたv

< 2002.12.18 up >
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