冷や水

 
「はぁぁぁ? じーちゃんが誘拐されただぁ?」
 
 小春日和の昼下がり、ブーツ家の食堂で素っ頓狂な声をあげたのはトラップだった。
 トラップは昨夜かなり酔っ払っていて、ついさっき起きてきたばかりだ。
「だれも誘拐されたなんて決め付けちゃいねえさ」
 トラップのお父さんのテリーさんが苦々しくトラップを見た。
「でも、今日は誰も姿を見てなくて、お昼にも戻って来ないって・・・・よくあるんですか?」
 わたしが尋ねると、トラップのお母さんが溜め息をつきながら首を横に振った。
 じゃあ、それじゃあ、何らかの事件に巻き込まれたかもしれないってこと?!
 隣に座ってるトラップも、目の前に座ってるキットンも、ノルも・・・・ううん。
 ブーツ盗賊団の人達も皆同じような事を考えているらしく渋面になった。
 丁度その時、扉が勢い良く開かれて人が飛び込んできた―――――クレイだった。
 クレイは肩で息をしながら叫んだ。
「大変だ! おじいさまがいなくなってしまったんだ!」
 
 
 
 いよいよ本格的に冬の寒さが身に染みるこの季節。
 またもやドーマに来たわたし達。
 今年最後のクエストがこの近くで、せっかく帰り道に当るのだから寄って行こうという話になったのだ。
 クエストの結果?
 まぁ何と言いましょうか、わたし達らしいと言いましょうか、見事に失敗したんだけどね・・・・とほほ。
 大した怪我がなかったのが不幸中の幸いかな、クレイが退却を決めなけりゃ結構危なかったし。
 でもま、いちいちがっかりしてたら冒険者なんてやってられもんね。
 それはそれとしてドーマでの数日間の滞在を楽しむ事にしたんだ。
 バイタリティ溢れるトラップとクレイのおじいさん二人は、
ただ怖いだけじゃなくとても好感を持てるステキな人たちなんだって今では思える。
 昨日はわたし達に冒険者として活躍してた頃のお話を聞かせてくれた。
 季節柄でいえば冬にしか現れないという氷のゴーレムに鉢合わせた話だとか、
雪に埋って咲き、幸せになれるというジンクスがあるスノウドロップの亜種の話だとか、
スノウバードの呼び名を持つ渡り鳥は何故か雪の降る日しか見られないという話だとか、
そうそ、なんと彼らは常夏の国なのに年中雪が積っている不思議な谷にも行ったんだとか言っていた。
 とても楽しい一時で、まさか次の日にこんな事になるなんて思いも寄らなかった。
 
 
 
 二人の捜索は盗賊団の人たちと町の警備の人たちでする事になった。
 勿論わたしたちパーティも全員でそれに加わるはずだったけど、
冒険者とはいえルーミィのような小さな子が冬の夜の捜索隊に加わるのはとんでもなく反対され、
ついでわたしまで家に残る羽目になってしまったのだ。
 夜も更けて、ベットに横たわるルーミィはすやすやと寝息を立てはじめた。
 わたしは風邪をひかないようにと布団を引き揚げた。
 その際に触れた頬は温かくてほっとした気分にさせてくれる。
 灯りを吹き消して部屋を出て、食堂に行くとマリーナとトラップのお母さんがいた。
「ああ、パステル。 ルーミィは?」
 マリーナの言葉に軽く頷いた。
「うん、思ったよりもすぐに寝ちゃった。 ・・・・なんだか静か」
「いつだって誰かが騒いでるけど総出だからね。 さ、お飲みよ」
 言いながら、トラップのお母さんはお茶を出してくれた。
 椅子に座ってありがたく貰うと体の中からじんわりとする。
 本当に静か。
 家にはまだ人がいるけども他には誰もいないんじゃないかって思うくらい。
 沢山いる動物たちも、人間の気持ちがわかるんだろうか、鳴声ひとつ挙げない。
 家中がおじいさん達の無事を祈っているかのように静まり返っている。
「・・・・心配しなくていいよ、パステル」
「え?」
 トラップのお母さんはにかっと笑った。
「ウチの人はね、探し物が大の得意なんだ。 ほら、なんせ盗賊だから」
 わたしは釣られて笑った。
「たしかに、盗賊団の皆で捜すなんて心強いですよね」
「だろ? だから・・・・大丈夫に決まってるのさ」
 卓上で組まれた指にほんの少し力がこもったように見えた。
 トラップのお母さんはいつもこんな風にテリーさんを始めとする盗賊団の帰りを待っているのだろうか。
 気丈なまでの瞳は真っ直ぐを向いていて、よほどテリーさんを信じているんだと分った。
 もしもわたしが誰かを待つ立場になったらトラップのお母さんのようにしていられるかな?
 ただひたすら帰りを待っているのって一緒に冒険に出るのと同じくらいに辛いことかもしれない。
「ねえ母さん、お茶の買い置きって物置にあったわよね?」
 マリーナがお茶の缶を開けながら言った。
 昼間に手伝いをした時に外の物置で同じ缶を見たのを思い出した。
「わたしに行かせて」
 座ってても落ち着かないので立ち上がって申し出た。
 まだ、わたしには待っているだけの自信はないな。
 
 
 外では冬の澄んだ空気が肌に刺さるようだった。
 空を見上げると、数多の星が恐ろしいまでに輝いていて、圧倒されてしまう。
 つい先程まで感じていたルーミィの温もりもお茶の温かさもだんだんと消えてゆく。
 今頃トラップのじーちゃんとクレイのおじいさまはどうしているだろう?
 二人とも現役でも通用するくらい元気とはいえ、高齢だから体に障るんじゃないだろうか。
 ふと最悪のパターンまで浮かんでしまって、慌てて振り切った。
 けれども、夜空の星々はだんだんとわたしという人間を小さくさせてゆく、
最後には存在自体が消えてしまうんじゃないかと思うくらいに。
 まるで「お前はたった独りなんだよ」と言われているようでぞっとした。
「おめえ、こんな寒いのにどうしたんだ?」
 急に声をかけられて地上に目を戻すと、捜索に行っているはずのトラップがいた。
 丁度トラップがわたしをこの世に留らせてくれたようでビックリした。
 もちろん声をかけたトラップにはそんなつもりはなかったろうけれども。
「トラップこそどうしたの? 一人?」
「んにゃ。 このままじゃラチあかねえってんで、ひとまず家で落ち合うことになったんだ」
 盗賊団の人たちの中でも足の速いトラップが先に伝令に来たというわけだ。
 確かにこんな晩では捜索する人たちが凍えて二次遭難でも招きかねない。
「で、おめえはおれを出迎えてくれたってわけ?」
 ちゃかすような皮肉めいた口調が少し気分をなごませてくれる。
 その次の瞬間の隙間に入り込むように冷たい風が流れた。
 わたしは恐ろしく広大な星空を見上げた。
「トラップが・・・・いつも言ってる通りなのかもしれないって思って」
 横でトラップが怪訝そうにするのが分かった。
「ほら、最後に頼りになるのは自分だけだとか・・・結局は人ってひとりぼっちなのかなって・・・・」
「・・・・・・・・・・」
 トラップは黙ったまま。
 途端にわたしはハッとして口をつぐんだ、一体なにを言っちゃってるんだろう。
 トラップのほうが自分のおじいさんが行方不明で不安だろうに。
「ごめん。 今のは気にしな・・・・いたっ!」
 ぴしっと額を弾かれてしまった。
「おれは自立できるように言ったんだ、孤立できるようにしろなんて言っちゃいねえよ。
せっかくパーティ組んでんだから、わざわざ一人になる必要ねえだろ」
 トラップは呆れ返ったような顔で言った。
 そして周囲に軽く目を走らせたかと思うと咳払いを一つした。
 お酒を飲んだわけでもないのに顔が赤く見えたのは遠い灯りのせいだろうか?
「・・・・おめえが望むなら、おれはずっと一緒にいてやるから」
 その瞳にはいつもの不真面目さは微塵も見られなかった。
 わたしは感動で胸がじぃんと熱くなった。
「ばぁか、泣くなよ」
「だって嬉しいんだもん」
「お、おお。 それじゃあ、おめえもおれを」
 なんだかトラップは意表をつかれたような顔をしていた。
 でもね、確かにトラップの言う通りなんだもの、嬉し涙が出るのも当然よね。
 わたしは涙を拭ってコックリ頷いた。
「トラップって本当は仲間想いなんだよね、ありがとう!」
「なか・・・・、おめえなぁ!」
 何故か怒ったかのようなトラップに、がしりと肩をつかまれた。
「いいか、おれはおめえと一緒にいてやるって言ってんだぜ?」
「う、うん。 だから励ましてくれたんでしょ?」
「それが違うんだっつのっ!!」
 思わず気迫に押されてしまう。
 でも、トラップってば一体全体何が言いたいわけ?
 トラップはもどかしそうに歯軋りをしてきっとわたしを見据えた。
 射貫かれるような眼差しに否応なくわたしの胸まで高鳴ってしまう。
 と、その時。
 
 
「おお、パステル嬢ちゃん! わしらを出迎えてくれたのか?」
 
 
 トラップの肩越しに、トラップのじーちゃんとアンダーソンさんの姿があった。
「わしらを出迎えてくださるとは光栄の至り!」
 アンダーソンさんがハッハッハと笑っている。
「この、クソジジィども・・・・」
 何故かトラップはしかめ面を浮かべて低い声で唸った。
 ホントにおかしいよね、今日のトラップ・・・・ってそんな事よりも!
「今までどうしていたんですか、心配してたんですよ?」
「パステルおねえしゃん、ただいまデシ!」
 横からひょっこりと現れたのはシロちゃんだった。
 あ、そういえばシロちゃんもいなかったっけ。
 酷い話だけれども、ルーミィが普通にしてたから気付かなかった。
「このドラゴンとカピオカに案内してもらってな、テラソンの祭壇近くにまで行って来たんぢゃよ」
「さ、受け取ってもらえますかな」
 そう言って差し出されたのは雪の結晶を象ったような真っ白い花。
 昨日の話を思い出した。
「スノウドロップの亜種? 嬉しい、ありがとうございます!」
 話に違わず綺麗な花、聞いた時から見たいと思っていたんだよね。
 ・・・・なんていうのも置いといて、それよりも!
「おい、じじい。 まさかこの花を取る為だけに今日一日行方くらませてやがったのか?」
 トラップはとんでもなく不機嫌そうにじーちゃんたちを睨みつけた。
「はぁ? 当たり前ぢゃろう」
 じーちゃんはさも当然だと言わんばかりに胸を張って答えた。
 トラップの肩がわなないている、こういう時はかなり頭にきているていう証拠だ。
 その気持ちは分らないでもないけど止めに入った方がいいだろうな、と思っていると、
通りの向こうから沢山の人たちがこちらへとやって来るじゃないか。
「父さん! どこ行ってたんだ、心配したぜ!」
 来たのはトラップのお父さん、それから盗賊団のメンバーの人たち。
 クレイやキットン、ノルの姿もあった。
「おじいさま! いったいどこへ行ってらしたんですか?」
 アンダーソンさんはクレイが心配そうに肩に手を掛けようとするのを煩そうに振り払った。
「愚か者、慌てるでない。 それにわしはちゃんと手紙を書いておいたぞ」
「でも、お爺さま。 手紙なんて家中のどこにも見当たりませんでしたが?」
「何を言うか、こうして大切に懐にしまって・・・」
「懐にしまっておいてどうやって見るんだよ」
 トラップのもっともな意見にそこにいた誰もが心底だるそうに脱力した。
「父さんもだ。 何も言わずにいなくなったから、みんな心配したんだぜ」
 トラップのお父さんが諌めるとじーちゃんは心外だというような顔をした。
「おいおい、わしはちゃんと言付けしておいたぞ、坊主にな」
 みんなの視線がトラップへと集まった。
 そういえば、酔っ払って朝方まで食堂で引っくり返ってたとか言ってなかったっけ?
 トラップはおれ?と指をさして眉を寄せていたけども、ポンッと手を打った。
「あ。 そういえば」
 
「トラップ―――――――――!!」
 
「まだ寝起きの悪さが直っておらんのか!」
「盗賊の風上にもおけねえ!」
「そりゃあんまりだぜ、坊ちゃん!」
「待てよ、おれぁ別にわざと忘れてたわけじゃあ・・・・」
「ったりめぇだ! わざとでたまるか!」
 血気盛んな盗賊団の人たちに詰め寄られるトラップはこの寒いのに冷汗を浮かべている。
 あー、これはただじゃすまないだろうな。
 盗賊団の人たちまではいかずとも、私たちも似たような気持ちだったので放っておくことにした。
「ブーツめ。 孫をちゃんと教育せぬからこうなるのだ」
 アンダーソンさんはざまあみろとでも言うようにフンと鼻を鳴らした。
「でもお爺さま、手紙・・・・」
「ぬぬう?! お前、祖父に逆らうというのか! ええい剣を抜け、叩き斬ってくれるわ!」
「どええええぇぇっ?!」
 びしりと長槍の切っ先を突きつけられたクレイは両目をむいた。
 そりゃまあ、まさか自分のおじいさまに剣を抜くわけにもいかないわよね。
「あー、しおちゃんら。 おかえりー」
 いつのまに起きてきたのかパジャマ姿のルーミィが隣にいた。
 わたしは嫌な予感がして、おそるおそるルーミィに尋ねた。
「ね、ねえルーミィ。 もしかしてシロちゃんが出かけるのを知ってたの?」
 ルーミィはにこやかな笑顔で頷いた。
「うん、じーちゃんたちとおでかけなんらけど、ひみちゅなんらお」
 通りでシロちゃんがいないのに平然としてたわけだわ。
 あーあ、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。
 安心したからだろうか、急に眠気が襲ってきて、大きな欠伸が出てきた。
「ふわ・・・・ふ。 それじゃ寝にいこうか」
「はぁーい!」
「わんデシ!」
 眠気の欠片もなさそうなふたりを連れて家の中に入った。
 背後では袋叩きに合う寸前のトラップと、アンダーソンさんに長槍を突きつけられたクレイの、
この世との別れが間近に迫っているとでも言わんばかりの悲鳴が聞こえてきた。
 けれども、まあ、大丈夫だろう。
 盗賊団の人たちもアンダーソンさんも命までは取らないだろうし。
 
「てめえら、何でモーニングスターやサップやなんて持ってんだ?! ぎゃあぁぁぁ!!」
「お爺さま、ぎっくり腰が治ったばかりなんでしょう?! やめてくだ・・・・うわあぁっ!!」
 
 だ、大丈夫だいじょうぶ・・・・・・・・・・多分。


オワリ


 
 
 
 
『じーちゃんズがピンチ!ついでにトラップもピンチ』
というリクエストだったかと……;
(BBSにリク頂いた直後にログを流しちゃったのです/泣)

じーちゃんズはピンチ?!・・・・かもしれないという状態で、
何故だかクレイまでピンチになってしまいました。
騎士団はこれまた遠征中なのだというような設定でひとつ。(汗)
じーちゃんズの出番が少なく、更にトラップの告白もどきは失敗。
安否が分らない状態で不謹慎だった天罰であるということでひとつ。

ナイス反応して下さいましたまゆりさんに押付け…捧げております。

< 2002.12.14 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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