恋の呪文

 
 不健全だ。

 俺は隣で雑誌を読んでいるパステルを見てつくづくそう感じた。
 付き合い始めて3ヶ月ちょっと。
 世間一般では最もいちゃつく期間すら過ぎようかといった時期。
 それなのに俺たちは付き合う前と何ら変わりがない。
 今日だって、部屋には二人っきりだってのに、眠気すら出てきそうな程まったり過ごしている。
 こんなんで本当に付き合ってるって言えるのか?
「なあ」 
 俺はやや不安になりながらパステルに呼びかけた。
「なに?」 
 くそ、雑誌から目を離すことすらしねぇし。
 俺はファッション雑誌以下ってか?
「俺らって、つきあってんだよな?」 
 パステルはページをめくる手を一瞬止めた。
 けれどもこっちを見るまでには至らなかったらしい。
「・・・・・・そうね」 
 さすがに、そうだっけ?とでも返されたら再起不能になるとこだった。
「そんじゃさ、もうちっと、こう、恋人同士らしい事しねぇか?」 
「今してるでしょ?」 
 こんにゃろ、分かってて言ってやがる。
 共有時間が長いのも恋人同士故かも知しれねえが、俺が言ってるのはそういうのじゃない。
 俺はパステルの束ねられた黄金色の髪に触れた。
「もう少し先にいってみようとは思わねぇか?」 
 それでもパステルは雑誌から目を離さない。
「それって、例えば・・・・ボディコミュニケーションとか、そういう事?」 
「んー、まぁな。 平たく言えばそうなるかも」 
 俺が言うと、パステルは初めて顔をこちらに向けた。
 
「絶っっ対に、イ・ヤv」 
 
 にっこりと笑いながらも口調は怒気を含んでいた。
「おめぇ、まだ根に持ってんのかよ」 
 俺が呆れかえると、パステルは雑誌を勢いよくバシイと閉じて、俺を睨みつけた。
「当たり前よっ! 告白した途端、あ、あんな事するなんて・・・・!!」 
 言ってて怒りが尚込み上げてきたのか、恥ずかしくなったのか。(多分後者だ)
 パステルはカァーッと顔を真っ赤に染め上げた。
 
 
 告白したのも、この部屋だった。
 玉砕覚悟、絶縁覚悟で告白してみたら、正に奇蹟のようなんだが、
パステルも俺を想ってくれていたとのことで。
 そりゃもう嬉しくてうれしくて、気付いたらパステルの唇を奪っていて。
 拒みはしなかったので、俺は更に調子に乗ってしまったのだ。
 気付いたら、パステルの悲鳴と頬へ平手が飛んでいた。
 我に返ってみたら、床に背をつけたパステルが涙を浮かべながら怯えた目で俺を見上げていた。
 パステルは俺を罵倒して出て行ったものの、なんとかその前の告白まで撤回されることはなかった。
 告白ついでに押し倒したのはやっぱまずかったな。
 それなりに手順は踏んどけってじーちゃんも言ってたし。
 告白の時の一件のせいで、それ以来キスはおろか、うかつに手すら握れない。
 付き合う前の方が気楽に触れたくらいだ。
 こっちにゃ負い目があるから強気に出るわけにはいかねぇしよ。
 それこそ何もかもパァになっちまうに違いない。
 他の女に手を出す気にはならないものの、こりゃ、健全な交際どころか不健全だ。
 
 
 俺はパステルから手を引いて、溜め息をついた。
「いつになったら赦してくれんだよ」 
「さあ、いつになるかしらね?」 
 パステルはぷいっとそっぽを向いた。
 ちぇ、まだまだ長期戦になりそうだな。
 諦めて、俺も雑誌を開いた。
 まぁ、変な虫がつかねぇようにはしてるわけだし、独り占めできるのは俺だけなんだし。
 もう暫く頑張ってみっかな。
 と、思いながら雑誌の目ぼしい記事を読み始めた時。
 
 
 ちゅ
 
 
 頬に何か触れた。
 俺は相当に間抜けな面をしてパステルを見た。
「おめぇ、今」 
 パステルは真っ赤な顔をして困ったように視線をうろつかせていた。
 やがて照れくさそうに俺を見上げた。
 自分の口を押さえて言いにくそうに声を篭らせる。
「こ、こいびとらしい、コト?」 
 じゃあ頬に残る感触は勘違いじゃないってわけだ。
 俺は満面の笑みを浮かべていた。
 それを見たパステルは慌てて両手を振った。
「でもっ! 今日はこれだけだから!」 
「何言ってんだ、わぁってるよ」 
 俺は声を上げて笑いながら、パステルの頭を撫でた。
 パステルはあからさまにホッと息を吐いて、警戒心を解いた。
 そう、俺はそこまで焦っちゃいねぇよ。
 今日は、これだけ。
 それでいいさ。
 
 
「ところで、パステル」
「なぁに?」 
 
 次の瞬間、パステルの笑顔は凍りついた。
 
 
「明日、暇だったよな?」


オワリ


 
 
 
 
リクスト内容は『はじめてのチュウ』でございました。

パステルほっぺチュウにトラップチュウも含めまして、はじめてのチュウ。
重ねて、これはあくまでパラレルなのですと主張させて頂きます……。
すっごく恥ずかしくなってきたので。(今頃)

露花さん、111hitのご報告&リクエストくださり、ありがとうございましたvv

< 2002.05.31 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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