とっておき勘差違!

 
 なんとまぁ情けない話だとは思うのだけど、奇妙にすんなりその事実を受け入れていたりする。
 またも私は迷子になっていた。
 本日の舞台は、海が近くて大きな川が中心を流れる大きな街。
 ごちゃごちゃと色とりどりの看板が立ち並んで、それはそれは賑やかだ。
 今夜取ってる宿の名前はメモしてあったので道行く人に尋ねてはみたけれど、
あまり有名ではないのか誰も知らないようだった。
 ええい、情けないけど仕方がない、警備官の詰め所に行ってみよう。
 意を決してこぶしを握りしめると、道向こうの路地へ見慣れた赤毛がすっと消えて行くのが見えた。
 もしかして・・・・ううん、今のは絶対にトラップだ!
 藁にもすがるような思いでトラップの消えた方へ走り出した。
 いわゆる裏路地で、木箱や樽がごちゃごちゃっと積み重なって今にも崩れそう。
 もう、こんな追いかけにくい変な道を通らないでよね。
 ま、トラップは追いかけられてるなんて知らないんだからして悪かないんだけど。
 積みあがった木箱を倒さないように注意深く、でもなるべく急いで駆け抜けて大通りに出た。
 これまた繁華街だから人が多くてとても賑やかで、トラップを見つけるのは難しそう。
 恥を忍んで大声で呼ぼうかとも思ったけど、騒々しさが半端じゃないので効果は期待できない。
 あっちの方かな、と川をまたぐ橋へと足を向ける事にした。
 それにしても、不思議な町だなぁ。
 大きな看板が所狭しと立ち並び、建物に広告が付いてるのか大きな広告塔なのか、
どちらを目的として建てられたのか分らないくらいだ。
 不思議な看板も多くて、ランニング姿の男の人が満面の笑顔で両手片足を上げた姿の看板とか、
奇妙な爽やかさがなんとも微妙だけど・・・・いいのかしら。
 わぁ、向こうの店先には生きてる巨大なカニがいる?!
 どんな仕掛けになってるんだろ、魔法がかけられてるのかな、とにかくスゴイ!
 流石に大きな街は看板の細工にも凝ってるのね。
 感心してると、ポンと肩を叩かれた。
 トラップかと思って振り返るも、見知らぬ男の人が二人いた。
「あー、ホンマの外人なんかぁ。 な、日本語わかる?」
 へ? どういう意味なんだろう? ニホンゴって何?
 疑問符でいっぱいになったものの、トラップの行方を知ってるかもしれないと思い直した。
「あの、赤毛を後ろでしばった男の人、見ませんでしたか?」
 すると彼らはちょっとガッカリしたようにみえた。
「なんやー。 自分、彼氏おるん?」
 彼氏って・・・・トラップが?!
「ち、違います! 彼氏なんかじゃなくて、ただのパーティの仲間で」
「へぇ、パーティ行く相手にすっぽかされたん?」
「こないなべっぴん振るなんて、その男の気ィ知れんわ」
 もしもし? なんか話が噛みあってないような気がするんですけど?
 トラップの事を見たわけじゃないのなら、お礼を言って立ち去ろうと思ったんだけども、
マシンガントークというのか、彼らは口を挟む隙を与えてくれない。
「なぁ、ホンマ自分かわいいなぁ。 俺とUSJにでも茶しばきに行かへん?」
「何アホ言うとんじゃ、俺が先やって。 な、海遊館のチケット持ってるし!」
 これって、もしかしてナンパなんだろうか?
 ・・・・ところで、USJとかカイユウカンって何だろう?
「決まり! 行こうや!」
 ぼけっとしてると、手首を掴まれてしまった。
「あの、困ります!」
「そう言わんと。 あーっと、そうそう。 名前なんやった?」
「あ、パステルです。 パステル=G=キング・・・・て、困るんですってば!」
 うっかりしてるとペースに巻き込まれちゃいそうになる。
 困るって言ってるのに、この人たち、話聞く気ないわけ?
 悪い人たちじゃないんだろうけど、馴れ馴れしいというか強引というか・・・・。
 親しみやすい部分もあるからまるきり不快ってわけではないんだけどさ。
 どうしたものだろうと躊躇していると、ぐいっと後ろに引き寄せられた。
「俺の連れがなんぞしよった?」
「トラップ!」
 『連れ』って言葉とやたら体がひっついてるのが気になるけど、助けに船とはこの事。
 ここは彼に合わせておいた方がよさそうだ。
 はぐれないようにという意味も含めて、きゅっとトラップの服の裾を掴んだ。
 ふと見ると、男の人たちは何故か青ざめて一言も口をきかない。
 さっきまでのちょっと馴れ馴れしいまでの親しみ易さはどうしたんだろうか?
「ほな、行かしてもらうわ」
 トラップはフンと鼻を鳴らすと、私の肩に手を回したままで歩き始めた。
 どこをどう歩いたのかは私には理解できなかったけれど、しばらく行った所でトラップはぱっと放した。
 うわー、思い切り不機嫌そうな顔して、助けてやったんだって思い切り恩着せられそう。
「おまえなぁ、迷子になるからて、ひっかけ橋なんぞでボーっとしてんなや!」
「ひっかけ橋?」
 たしかエビス橋ってかかれてあったような気がするけど?
 首を傾げていると、トラップは盛大に溜め息を吐いた。
「過ぎた事言ったってしゃーないし、まぁええわ。 さ、行くで」
「ああ、うん。 宿ってどっちだっけ?」
「はぁ? 今日はお好み食いに行くって約束したやろ」
 あれ、何か出かける約束してたっけ?
 忘れてたのかな、と思っているとトラップの被ってる帽子がいつものと違うことに気付いた。
「いつもの帽子はどうしたの?」
「どうって? いつもと同じやんか」
 だって、羽根はついてないわ、先が平べったいわ、シーフ帽子には見えないけど。
 服もほんの少しどこか違っていて、冒険者を思わせないような格好だ。
 新しい服を買ったんだろうか?
 首を傾げる私をそのままに、トラップは一軒の店の前で足を止めた。
 目隠し布のようなものをくぐって、カラカラッと妙に薄い引き戸が開かれると、またびっくりした。
「リタ?! なんでこんな所にいるの?」
 なんで、初めて来た街にリタがいるの?
 ただ、いつものエプロン姿とは違い、巨大な布(素材は違うけどバスタオルとか)を巻いたような、
バスローブ・・・・とはまた少し違っているけどそんな服装で、紐で長い袖をまとめていて、
足元も靴ではなく、靴下を履いてるのに木でできたサンダルを履いていた。
 リタはお盆を持って、きょとんとした顔をした。
「なんでって、ウチの家やし・・・・。 まぁ、ぼーっとつっ立ったとらんと、そこ座りぃな」
 あれ、もしかして、同名の別人なんだろうか?
 いまいち釈然としないながらも、言われた場所に座った。
 目の前のテーブルには少しのスペースを残した以外は鉄板がはめ込まれていた。
 周囲を見ると熱い鉄板に乗ったものを銀色の、先が分かれてないフォークでつついて食べるようだ。
 ふぅーん。 目の前に鉄板があって、その上で焼くなんて変わった料理だな。
「どうしたん、パステル。 今日は変やねぇ、初めて見るような顔しよってからに。 で、注文は?」
 名前を知ってるってことは、別人ではないようだ。
「俺はネギ焼き。 スジコンで頼むわ」 
 トラップが何の言いよどみもなく注文をするけど、私にはメニューの品がサッパリ分からない。
 どれもこれもナントカ焼きっていう似た名前の食べ物なんだから、そう大差はないだろう。
「じゃ、この・・・・」
 テキトウに指差すと、リタはとんでもないものを見たような顔をした。
「猪鹿ミックスDX焼き?! ええのん? 納豆とキムチとイチゴジャムやで?」
 得体の知れない恐怖を感じて、慌てて隣の海鮮ミックス(イカ・エビ・貝柱入り)にした。
 運ばれてきたものを見て、食べた事のない料理にごくんっと唾を飲み込んだ。
 じゅわじゅわーっと上に乗ったソースが鉄板で焦げてなんとも香ばしい匂いがする。
 ソースの上に乗ったバジル・・・じゃない青ノリ、削り節がふわふわっと踊っていて面白い。
 パクッと食べてみると、あつあつの生地と野菜と魚介類が見事な調和をしていた。
「おいしい!」
 思わず口に出して言うと、トラップは少し怪訝そうな顔をした。
「変なやつ、いつも来てるやんか。 でもま、美味いのは確かやんな」
 トラップはネギ焼き(牛スジ・コンニャク入り)をテコと言う器具で切り分け、大口で食べた。
 おいしそうにモグモグと噛んで、飲み込むまでは満足そうにしていたトラップだったけど、
取っ手の無いマグカップに入った緑色のお茶を飲むと物憂げな溜め息をふうっとついた。
「これで地上げ屋の話さえ無けりゃあな・・・・」
 え、地上げ屋?!
 寝耳に水のような話にビックリしてると、扉がガラガラッ!と乱暴に開いた。
 店にいた客はお喋りをやめて戸口に注目した。
 戸口に立っていたのはノルとキットンだった。
 ただ、いつもの格好ではなくて、白い上下揃えのスーツに中は赤いシャツだったり、
ラメの入った紫色のスーツで水玉模様のネクタイをしていたり。
 二人の格好で共通してるのは趣味の悪さと外はもう暗いのにしているサングラスだろうか。
 リタはたたっと走り寄り、彼らをキッと睨んだ。
「もう! ウチはリゾート開発に興味ないって、何べんも言うとりますやろ!」
「はっはっはー、そうはいかんのですわ。 悪い話やないと思いますがねぇ」
 キットン・・・・妙に言葉が棒読みなのはどうしてなの?
「お、おおっとー、足が滑ってもうたー」
 ノルがこれまた抑揚の無い口調で『ビール』と書かれた色とりどりのケースを蹴飛ばした。
 ええっ! あのノルがこんなチンピラくずれな真似をするなんて・・・・信じられない!
「ま、詳しい話はもうすぐ来る若社長から直々にありますさかい」
 キットンは扉の向こうに向かって「若社長、若社長! バカ社長ー!」と呼びかけた。
 なんなの、この舞台芝居風な展開は。
 待てよ・・・・この場合、地上げ屋の社長ってまさか・・・・?
「誰がバカ社長やねーん!」
 聞き覚えのある声に嫌な予感が確信に変わり、現れたのはクレイだった。
 ただし、竹アーマーも装備していなければお気に入りの青いシャツも着ていない。
 金のラメ入りスーツに蝶ネクタイという眩暈がしそうな格好に、眼鏡と付け髭をして、
手には曾お爺さんの使ったシドの剣かもしれない剣じゃなく、黒いステッキを持っていた。
 どう見ても変装っぽいクレイは至極真面目な顔で口を開いた。
「ごめんクサイ!」
 瞬間、サングラスのノルもキットンも、お盆を持ったリタも、隣にいたトラップも、
その他の座っていたお客までも、皆してズベッと転んだ。
 え? 何、今のってキットン魔法?
 私と、言った本人であるクレイ以外は全員が床に尻餅をついた形になる。
 その異様とも言える有様は流石におかしいので、トラップに尋ねてみることにした。
「ねえ、どうして皆して転んでるの? 敢えて無視してたけど言葉も違うし」
 するとトラップは何を言ってるんだという顔をした。
「阿呆! 転びは芸中の芸、滑ってナンボ、ボケツッコミしてナンボてやろが!」
「私たち冒険者にはそんな芸は必要ないじゃない!」
「パステル・・・・! もう忘れてもうたんか? あの日、夕焼けに誓ったやろ?」
 私の肩にポンと手を置いたトラップの諭すかのような口調に思わず飲み込まれる。
 いつもこれくらい真面目だといいのに、とチラリと思いながらも抱いた疑問を口にする。
「誓ったって、何を?」
 トラップは決まってるじゃないか、と片手をぐっと握りしめる。
 
「お笑いの星になると!」
 
 
「なんでやねんっ!」
 がばっと起き上がると、そこは紛れもなくみすず旅館で、
私とルーミィとシロちゃんが寝泊りしてる一室だった。
 目の前の机に乗った書きかけの原稿、・・・・途中で寝ちゃったのか。
 あー、それにしてもおかしな夢を見ちゃったわ。
 最初から最後まで何が何だかわからないけど、やたらと疲れちゃった。
 ふと、トラップが隣に立っているのに気付いた。
 思いっきり困惑したような怪訝なものを見る目でこちらを見下ろしている。
「な、なによ?」
「・・・・おめえ、妙にうなされてると思いきや大声出したり・・・どんな夢見てたんだ?」
 ああ、起してくれようとしたのかな?
 私は腕を上に伸ばして、おかしな体勢で寝た身体をほぐした。
「トラップを探して、ナンパされた所を助けてくれたトラップとオコノミヤキ食べてたよ」
 それにしても、あのオコノミヤキとかいうのは美味しかったな。
 リタに相談して作ってみようかしら?と考えていると、トラップが驚いたような声を出した。
「おめぇ、それって俺とデー・・・・・!」
 トラップは思い切り目を背けて言いかけた言葉を飲み込んだ。
「え、なんなの?」
「いんや、別に。 なんでもねえよ、なんでもねえともさ」
 ハッハッハとどこか嬉しそうにトラップは笑って続けた。
「ほれ、夢って無意識下の願望を表すとか言うよなー♪」
 え?
 トラップったらそれで嬉しそうにしてたわけ?!
「ひどい! あんな変な夢が無意識下の願望なわけないでしょ!」
 するとトラップはにやけた笑いをピタッと止めた。
「変な、夢・・・・なのか? その、俺との」
「あったりまえでしょ!」
 おかしな看板や猪鹿デラックス、ノルやキットンがチンピラでクレイが地上げ屋よ?!
 こんな変な夢が願望ってなに、私がおかしいって言いたいのね、なんていじわるなの!
 憤慨する私の怒りを読み取ったのか、トラップはサーッと顔を青ざめさせた。
 そして、そのままフラフラとおぼつかない足取りで部屋から出て行った。
「・・・・めいっぱい否定されるってどうだよ・・・・そりゃねえよ」
 これまた夢よりもわけの分らない事をぶつぶつ言いながら。
 ふん、失礼しちゃうわよね。

 まったく、もう、おかしな夢はこりごり!


オワリ


 
 
 
 
クリスマス、除夜、初詣と宗教的に日本は不思議の国という話があり、
『トラップ&パステル イン ワンダーランド』のリクをいただいたのです。

不思議の国といえばアリスですけれども。
リンクしてるといえば…夢オチくらい?(畏れ多いわ禁じ手だわ)
私にとって大阪はワンダーランドだったのでこうさせていただきました。
TVで新喜劇やってるとつい見てしまいます。(笑)

まゆりさん、8888hitご申告&リクエスト、ありがとうございましたv

< 2003.05.16 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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