向かない仕事

 
 パステルがバイトを探しているというのは知っていた。
 
 なんでもバイト先の印刷屋の若夫婦が商店街の福引きでコーベニアの旅を引き当てたのだそうで、
店を閉める一週間、短期のバイトをしたいというのである。
 全く物好きなことで、と言ったら誰のせいで生活費が苦しいと思ってるの!と目を逆三角にして怒った。
  印刷屋の若旦那達が出発するのはもう明日になっていて、
大都市エベリンならいざしらず、こんなにちんまりとしたシルバーリーブとあっては。
 そう容易く短期のバイトが見つかるわけもなかった。
 
 
 
 たかが一週間くらいオフにしておけばいいのに。
 まあ、このままだとそうなりそうだが。
 短期とはいえ今からバイトを探すのはかなり困難だろう。
 今からでも雇いそうなバイトというと‥‥。
 おれはふとカジノにアルバイト急募の貼り紙がしてあった事を思い出した。
 リーザリオンのカジノとは比べものにならないが、
シルバーリーブのカジノのコンパニオンの格好は見て楽しめる代物だ。
 さすがにパステルに紹介するわけにもいかないだろ。
 と、そこにパステルとクレイが愉快そうに話をしながら部屋に入ってきた。
「何とかアルバイト先が見つかってよかったわ」
「カジノでバイト募集をしてるなんて、盲点だったよ」
 ちぇ。 見つかっちまったのか、つまんねぇの。
 明日と明後日は俺もバイトが休みだから思う存分パステルの傍にいてからかえると思ったのに。
 ま、カジノならたまに(パステルにしてみたら頻繁らしいが)行くし。
 その時だけでも・・・・ってちょっと待て。
「か、かか、カジノだとぉ――――――っ?!」
 おれは弾かれたようにがばっと起き上がった。
 二人は一瞬きょとんとしてこちらを見た。
 パステルはまたも自分に割り当てられたはずのベットが占領されてることに顔をしかめる。
「あのねぇ、トラップって自分のベットで寝る気ないの?」
「んな事はどうでもいい!」
 尚も言いかける文句を打ち切った。
「おめえ、カジノでバイトするって?」
 嘘であってくれと願いつつ尋ねた言葉にパステルは目をぱちくりとさせたが、
すぐさまほにゃんとした笑顔でこっくりと頷いた。
「うん、オーナーの人に会ってね。 バイト探してるって言ったらキツイけど良かったらって」
「引き受けたのか?!」
 当然でしょという表情でまたも頷くパステル。
「じゃ、じゃあ、どんな仕事か知ってんだろうなっ?!」
 怒鳴られたパステルはややひるんだ様子だったがそれも少しだけで。
 トラップの方こそ知ってるの?というようにふふんと笑って見せた。
 
「体力が必要だから大変だよって言われた」
 そりゃ普通の飲食店に比べたら体力がいるだろう。
 
「お給料いいんだからね」
 金に困ってるからって、そんな仕事に手ぇ伸ばすな。
 
「お客さんに夢を与える仕事なんだってさ」
 カジノの客にどんな夢を見せる気だ。
 
「一度やってみたかったのよね、こういう仕事。
一週間全部はできないけど、3日間だけやることにしたんだよ」 
 
 クラッと眩暈がした。
 おれの脳裏にはカジノでバニーな格好で酒を振舞うパステルがいた。
 そりゃな、バニーにゃ罪はねえよ。
 もちろん酒にだって罪があるわけない。
 それは俺の夢の一つを具現化した図かもしれなかった。
 しかし、酒を振舞う相手はおれ(だけ)じゃなくて他の不特定多数の野郎ども。
 ふつふつと湧き上がる苛立ちを押さえる事はできなかった。
「ば、ばっかやろう!! おめえ何考えてんだ!?」
「おいおい、落ち着けよ」
 パステルに殴りかかるとでも思ったのか、クレイが間に入ってきやがった。
 落ち着けだあ? これが落ち着いてられるかってんだ!
 おれはクレイの胸ぐらを掴んだ。
「パーティのリーダーが付いてながらこの様かよ?! 情けねえな!」
 クレイは一瞬グッと言葉を詰まらせた。
「確かにもっと好条件の仕事を探してやれなかったのは悪かったと思うさ。
でも、こういうのもいい経験になるだろう?」
 そりゃ、どんな経験値なんだ。
「いいわけねえだろ! バニーだぞバニー!」
「トラップ。 わたし、やるなら猫とかの方が・・・・」 
「猫耳だろうとウサ耳だろうとどっちでもいいんだよ!」
 どっちかといえばパステルはウサギだと瞬間的に考えてしまったがそれは脳の隅に追いやった。
「とにかくだな。 おめぇにバニーは無理、ぜえぇぇぇっっったいに無理!!」
 無理ではないだろうが、無理ということにする。
 ったく、一度やってみたかったんだとか猫の方がいいだとか。
 いったい何考えてやがんだ、パステルさんよ?
 パステルを見ると思いの外に罵倒されたのがショックだったのか、しょんぼりと肩を落としていた。
 や、やべぇ、この表情は泣くかもしんねえぞ。
 げげっ、なんだかおれの方が悪いみたいじゃんか。
「あ、パステル。 その・・・・な?」
 つい謝ってカジノバイトを認めてしまいそうになる。
 でも、ここで認めちまったらおれのかわいいパステルがバニーちゃんだ。
 それだけは絶対に阻止しなきゃなんねえ、堪えろおれ!
「そうね・・・・。 トラップの言う通り、私には向かないのかもね」
 パステルはくすんと鼻を鳴らして頷いた。
「わかりゃいいんだよ、わかりゃあな」
 おれはほっと息をついた。
 本当におれが反対する理由の方を分かってねぇみたいだけど。
 バニーをやめてくれるって言うんだし、ま、いっか。
「オーナーに頼み込んで明日の一日だけにしてもらうわ」
 うわあー・・・・。
 やっぱりっつーか、サッパリわかってねぇよ、コイツ。
「オーナー、いい人そうだったからわかってくれるさ。 その分、明日は頑張れよ」
「うん。 初めてだから緊張するけど・・・・わたし、一生懸命やるわ!」
「ははっ。 その意気だぜ、パステル」
 アハハハハハハ。
 クレイさん、どんな心意気ですかソレは。
 なんとものんきでゆかいな仲間の会話だ、思わず相槌を打っちまいそうだぜ。
「ふ、ふふふふふ・・・・」
「あらトラップ、何か楽しいものでも見つけたの?」
 パステルは能天気なまでの笑顔で俺の顔を覗き込んできた。
 はっはっは、肩が震えてたからって笑ってるとでも思ったのか?
 んなわけねーだろ!
「ふざけんなあぁ――――――――――っ!!!!!」 
 本日一番の怒鳴り声だった。
 外にまで響いてただろうけど、そんなことまで顧みる余裕は今のおれにはない。
 耳を手で押さえ、目を白黒させているパステルにビシッと指をつきつけた。
「明日一日? 一日でもバニーになったら心までバニーになっちまうんだぞ!」 
「は? ええ? な、何ソレ? 所でやたらとウサギにこだわってない?」
「当然だ! 猫や狐ってのもアリだが、バニーが基本。 男の夢だ!」
「え、そうなのか?」
 横でクレイが驚いたようだったがそれはこの際無視しておく。
 パステルの方はもう半泣きになってしまっていた。
「うー・・・・。 トラップの言ってること、わけがわかんないよぉ」
 おれはおめぇの言動の方がわけわかんねえけどな。
 確かに、心までバニーだとかいうのは我ながらよくわからんが。
 怒り心頭で変なことまで口走ってな、おれ。
 あーあ、パステルが本格的に泣き始めそうだしよ。
 こうなったら変なこと言ったついでだ。
 いっちょおかしな事でも言って笑わせて・・・・、んで、洗いざらい説明してやるとすっか。
 もしかしたら、これだけおれが反対する気持ちの方も、
例えば大切に想ってんだって気持ちの方も、少しはわかってくれるかもな。
 結局、おれは甘いんだよなぁ、特におめぇにさ。
 そこんとこは、それだけはわかんなくてもいいんだけどさ。
 おれは一つ咳払いをして、噴出しそうになるのを堪えながらなるべく神妙な顔をして、
パステルの両肩にポンッと両手を置いた。
「いいか、よく聞けよ。 おめえにそんな仕事やらせるくらいだったらな・・・・。
 
 このおれがやってやる!!
 
 パステルは泣き止んだ。
 けれども「やーだぁ。 もうっ、トラップったらおかしなこと言っちゃってえウフフ」というような、
おもしろおかしな反応はどう見てもパステルの表情からは伺えず。
 どうした、すべったか?
 やっぱ『父さんはな、お前が心配なんだよ』にするべきだったのか?
 けれども「はぁあ? トラップったら何言ってるの? バッカじゃない?」というような、
辛くて切ない反応にしてもパステルの表情からは伺えず。
 クレイの方を見てみると、パステルのに似た、呆気にとられた系の間抜け面をしていた。
 えーと・・・・・・なんだこりゃ。
 もしかして、おれの小粋なジョークが高尚すぎて理解できなかったとか?
「トラップが代わってくれるなら、それでもいいんだけど・・・・」
 パステルが間抜け面から戻ってポツリと呟いた。
「へ?」
 
 今度は俺が間抜け面をする番だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 後日談。
 
 少々陽射しの強い中、シルバーリーブのカジノ前は子ども達の笑い声で満ち溢れていた。
 カジノの看板の上から横に長く、垂れ幕がかかっていた。
 薄紙の花に飾られた垂れ幕には『子どもとふれあい大切に☆フェスティバル』と書かれていた。
 
「わーい、うさぎさんだ! うさぎさん、赤いフーセンちょうだい」
 ウサギは黄色の風船を子どもに手渡した。
「ええー、赤いのは? ぼく、赤いやつがいいなぁ」
「わりぃな、赤の風船はもうなくなっちまったんだよ」
 巨大で二本足で歩くウサギはくぐもった声を出した。
 その途端に子どもはウサギのすねを思い切り蹴り飛ばした。
「なーんだ、トラップじゃねえか。 もう一個くらいよこせよ、サービスわるいぞー」 
 ウサギはしばし足の痛みに言葉を失っていたが。
「・・・・っのクソガキ! おれがどうしてウサギの着ぐるみなんぞをしてるのか教えてやるっ!
あーっ! コラ逃げんな、待ちやがれっ!!」
 すぐさま逃げた子どもを追いかけ始めた。
 
 
 そんな微笑ましい光景が見られたらしい。


オワリ


 
 
 
 
いただいたリクエストは『FQ小説(ギャグ)』
私に優しい内容でございました。

好きなようにしていいとのお言葉に甘え、本気で好き勝手に致しました。
777・・・・ギャンブル→カジノ→バニーガール。
そんな思考で暴走したのでございます。

ぴこさん、777hitのご報告にリクエスト、ありがとうございました!

< 2002.10.23 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
Top