いつか伝える言葉

 
 ガタン
 
 
 馬車が大きく跳ね上がり、トラップは目を覚ました。
 2、3度まばたきして、やっと現状を思い出す。
 
 キスキンから、エベリンを経てシルバーリーブへ向かう途中の馬車の中。
 馬車の中はパーティのメンバーだけで貸しきり状態になっており、
他のメンバーは先程の揺れによって目を覚ますこともなく、ぐうぐうと寝息をたてている。
 図太い連中だと呆れながら、トラップは窓の外を眺めた。
 馬車はズルマカラン砂漠のモンスターに出会うこともなく、順調に進んでいる。
 まだズールの森は見えないが、夜にはシルバーリーブに辿り着くことだろう。
 
 カタン、とまた馬車が揺れた。
 同時に肩に何かがのしかかった。
 見ると、隣に座っていたパステルがバランスを失ってもたれかかってきたのだった。
 相変わらず、パステルはくうくうと寝息をたてて、起きる様子は見られない。
 トラップは邪魔だと揺り起そうかとも思ったが、それは止めた。
(いろいろ、あったしな。 貸しにしといてやるよ) 
 肉体的な疲労だけではなく精神面において、この数日間は怒涛のような日々だったことだろう。
 一時は、冒険者を辞めるという話すらあったのだから。
 いや、実際に辞めてしまうと、本気で思った。
 パステルにしてみたら、女としてみたら、きっと理想の未来があっただろう。
 求婚を申し込んだあの男だったら、きっと理想を現実にするのはそう難しくないだろう。
 
 幸せに、なれるだろう・・・・・・。
 
 そう思ったから、仲間の幸せを祈るのが当然だと思ったから、良い意味で辞めるのだと思った。
 しかし今でもパステルはこのパーティのメンバーで。
 あの朝も、別れの朝だと思い込んでいたあの朝も、いつものようにトラップたちを叩き起こして、
いつものように共に朝食をとって、いつものように同じ馬車に乗り込んだ。 
 以前と変わらずにいると決めたのは何故なのか?
 トラップには、どう見ても不利益な道を選んだ理由がわからなかった。
 自分の存在だ、なんていう事がないのは分かっている。
 そこまで自惚れる程めでたい頭はしちゃいない。
 けれども、理由の中にパーティ全体を示されているとしたら、自分もそこに含まれているだろう?
 パステルの選んだ、ほんの少し先の理想の将来像に、自分も含まれていたのだろう?
 それが胸を熱くしたのだと気付いたのはパーティに参加し続けると聞いた少し後。
 
 共にいられることが嬉しいのだと思わざるを得ない。
(認めるのは、ちょいとばかり悔しいけどな)
 自分の気持ちに苦笑して、間抜けなくらいに幸せそうな寝顔を軽く睨みつける。
 人の気も知らないで、と八つ当たりでしかない文句を胸中でつけながら。
 でも、まだこのままでいい。
 まだまだ人の気を知らないままでいればいい。
 だから、とトラップはパステルの耳元に顔を近づけた。
「もうちょっと、この場所にいろよ」 
 ごく小さな声で言うと、パステルは顔をほんの少し動かした。
「うん・・・・・・・・?」 
 自分の言葉に返事をしたかのように思えて、トラップは驚いた。
 しかし、パステルは規則正しい呼吸をし続けた。
 ただの寝言か、とトラップは拍子抜けをして胸を撫で下ろした。
 ふと、イタズラ心が芽生えた。
 自分を除いた馬車の中のメンバーが全員眠っていることを確認して、
再度パステルの耳元に顔を近づける。
 そして、今のままでは絶対に言えない言葉を囁く。
「・・・・・・幸せに、してやるから」 
 今度は、パステルは何も言わなかった。
 そうそう上手くはいかないか、とトラップは軽く溜め息をついて、窓の外に視線を移した。
 と、パステルが少し身を捩じらせた。
 
「・・・・・・うん」 
 
 トラップは思わず目を大きく開いて、パステルを見た。
 パステルは、変わらず寝息をたてているだけだった。
 ただの寝言だ、とトラップは自嘲して窓の外を眺めると、
拠点とするシルバーリーブへと続くズールの森が見えてきた。
 
 今はこれで精一杯だけれど。
 
 けれど、いつかパステルが目を開いている時に、
 今よりも大きな声で、伝えることができたとしたら・・・・・・。
 残りの時間を睡眠に使うことにしたトラップは、目を閉じた。
 
 
 
 
 いつか、君に伝えることができたら。
 
 
 また、同じような返事をしてくれるだろうか?


オワリ


 
 
 
 
リクエストは『トラップ君の精一杯の告白』でした。

この頃、犯罪的なトラップばかり書いていたので、
気分をリフレッシュさせていただきました。
本当はこういう爽やか(?)トラップ君が好きなのですよ。(説得力皆無)

アイルさん、300キリ申告&リクエスト、ありがとうございましたvvv

< 2002.06.04 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
Top