お嫁においで

 
 チェック模様の板の上を白と黒の駒が乗っている。
 不規則にも見える、散りばめられたコマは互いに向き合い、異なる色の駒を気高く睨みつける。
 ある愛好家はボードゲームの王であると断言する。
 古くは戦略をシュミレートする軍師の道具であったが現在はゲームと呼ばれる、
 ――― チェスである。
 
 
 ボードを挿んで向かい合っているのは、老練な二人の紳士。
 片や腕を組んで眉間のしわを深く刻んで盤上を喰わんが勢いで睨み、
 片やソファにもたれて出された紅茶をすすりながら余裕の表情で盤上を眺めてる。
「ブーツよ。 あやつら、次はどんなクエストに行くか知っておるか?」
 口を開いたのは、盤上を睨みつけていた方の老紳士。
 紅茶を飲んでいた紳士、ブーツ氏はカップを皿にのせた。
 てっきり次の手に苦悩しているばかりだと思っていたのだが。
「なんじゃ、アンダーソン。 一体何の話をしているんじゃ?」
 尋ねるものの『次のクエスト』に行く、『あやつら』が誰であるのかはすぐに知れた。
 その中にはブーツ氏の孫が居り、疑問を口にした主、アンダーソン氏の孫も居る。
 アンダーソン氏は盤上から目を離さないまま、さらに眉間のしわを深めた。
 長い付き合いであり、今もこうして家に招いてチェスをしつつ話をする親友であるが、
それ故に今もからかわれているのが分かるからである。
「だから、・・・・・・あのヒヨッコパーティどもだ。 何か聞いておらんのか」
 少々語気を荒げて白のナイトを動かした。
 そう来るか、とブーツ氏は呟いてソファから背中を離して顎鬚を撫でた。
「ウチの坊主が一々連絡を寄越すはずもなかろ。
そっちの方は筆まめそうじゃないか、手紙は来んのか?」
 アンダーソン氏はグッと黙って紅茶カップに手を伸ばした。
 ブーツ氏は、その顔を見ずとも気配で分かり、ニヤリと笑った。
「お主、まだレベルや経験値を気にしてるのか? 大方、手紙が来ても封を開かんのじゃろ?」
 全くもってその通りだった。
 アンダーソン氏は毎月のように来る末の孫の手紙を大切にしまい込んでいるのである。
「別に経験値などのことは気にしておらん」
「ならば何故読まん?」
 またもアンダーソン氏は黙り込んでしまった。
 ブーツ氏は笑いをこらえるので精一杯だった。
 これはただの頑固な老人のしょうもない意地の問題なのだ。
 孫の近況を知りたくとも、一度厳しく否定してしまったが為に、やすやすと受け入れがたいのだ。
 手紙を取り出して、封を開くか否かでペーパーナイフを片手に悩むアンダーソン氏の 姿が目に浮かぶ。
 
「よいものを見せてやろうか」
 ブーツ氏は盤から目を上げて、イタズラっぽく笑った。
 懐に手を入れるブーツ氏を怪訝な表情で眺めながら、アンダーソン氏は紅茶を一口飲んだ。
 ひらりと出てきたのは真っ白な封筒で、すみに小さな花の模様がついていた。
「それがどうした?」
 ブーツ氏の孫の手紙にしては少々可愛らしい気もするのだが。
 アンダーソン氏は不思議そうにしていたが、ふいに合点がいった。
「お、お主! それはもしや!!」
 カッと目を開いて手紙を指差した。
 あまりに信じたくないので指先が震えてしまう。
 アンダーソン氏の驚愕した様子に、ブーツ氏は満足そうに笑うと、手紙を裏返して見せた。
 そこには丁寧な文字でシルバーリーブの旅館の名と、差出人の名前が書かれてあった。
 無論、ブーツ氏の孫の名前はない。
 ブーツ氏は面白そうにその名前を読み上げた。
「『パステル=G=キング』」
 中から便箋を取り出して、嬉々として朗読をし始める。
「『ステア=ブーツさんへ 
 こんにちは。季節の変わり目となりましたがお元気ですか?
 冒険時代をお読みくださり、ありがとうございます。
 わたしたちのパーティはこれから次のクエストへ出発するところです。
 このクエストというのは、この前トラップが・・・・』」
「やめろ、読むな!!」
 アンダーソン氏は大声を出してブーツ氏の手紙朗読を止めさせた。
 ブーツ氏は片眉を上げて意外そうにアンダーソン氏を見返した。
「なんじゃ、孫の近況を知りたいのじゃろ?」
 アンダーソン氏は、そんな些細な事はどうでもいいとばかりに首を振った。
「何故お主がそれを持っておるのだ!?」
 怒りに任せて机を叩いたので、黒のポーンが一つ倒れた。
 ブーツ氏は優越感を隠そうともせず、アンダーソンを嘲笑った。
「正月に家に泊まった時に文通友達になってくれるよう頼んだんぢゃよ」 
「ぶ、ぶんつうじゃとぉ〜〜〜っ?!」 
 更に懐から小冊子を取り出す。
 表には『冒険時代』と表題が書かれており、ブーツ氏が裏返すと、かのパステル嬢の名があった。
「サイン付きのレアな一品じゃ。 羨ましいぢゃろう?」 
「うぬう、貴様というやつはなんと手が速いのだ! 見損なったぞ!!」
 アンダーソン氏は握った拳を震えさせた。
「誉め言葉にしか聞こえんな。 大体おまえさんがもたもたしてるのが悪いんじゃ」 
「ふん、どうせおまえの孫では彼女のめがねに叶うわけあるまい、お前に似て口が悪いからな!」 
「それを言うなら、おまえの孫も相当のんきぢゃからなぁ、どこかの老いぼれに似て!」 
 次第に語気が荒くなってきて、彼らはもう当初の目的を忘れていた。
 
 近くの本棚から、遊びに来ていたジンジャー嬢がひょっこり顔を出した。 
 彼女は眉間にしわを寄せて、丸眼鏡をくいっと上げた。
「あなたがた、チェスくらい静かにできませんの?」 
 しかし、二人の老人はその言葉すら耳に入っていないらしく、互いに過去の古傷をえぐりあっている。
 ジンジャーがやれやれと溜め息をついてチェスの盤上を見るも、最早まともに立っている駒はなかった。
「今日も勝負の結果が見られませんわね」 
 彼らのチェス勝負がまともに終わった事など一度もなく、毎度口喧嘩でご破算となってしまうのだった。
 ジンジャーはポケットから彼女の誕生花の模様の描かれたメモ帳とペンを取り出した。
「今日も・・・・アンダーソン家にてチェス勝負が行われるも・・・・中断。 これで186回目である・・・・」
 書き込んでる間も老人同士の罵り合う声は続いた。
 
 
 
 
「君らに手紙だよ」 
 
 みすず旅館の主人は今日も元気がなかった。
 今にも倒れそうなご主人からクレイが代表して手紙を受け取った。 
 全部で四通。
 うち、クレイとトラップに一通ずつ、残りの二通はパステル宛だった。
「へー、じーちゃんからだ」
 トラップはパステルのベットに勝手に寝転がりつつ封筒を透かし見た。
「おじいさまからの手紙なんて初めてだ」 
 クレイは椅子に座って感慨深げに封になっているアンダーソン家の家紋を見た。
 パステルは二通もの手紙が嬉しいのか、いそいそとハサミで封を開きはじめている。
「あら、わたしはトラップのじーちゃんからとアンダーソンさんからよ」 
「「へ?」」
 クレイとトラップはパステルの持つ封筒と自分の持つ封筒が同じであることに嫌な予感を覚えた。
 思わず顔を見合わせた幼なじみは、頷き合うと急いで手紙を読み始めた。
 三人は手紙を読む間、無言だった。
 
 部屋にいる残りのメンバーのルーミィとシロは手紙に没頭している三人を不思議そうに見ていたが、
やがてルーミィは飽きてしまったらしい。
「つまんないおー」 
「つまんないデシか?」 
「もー、つーまんない、つまんなーい、つまんないおー♪」 
「つまーんない、つまんーない、つまんないデシー♪」 
 彼らがおかしな歌を作りだした頃、パステルが二通目の手紙から顔を上げた。
 それを待っていたかのように、トラップが口を開いた。
「パステル、おめぇの手紙、なんて書いてあった?」 
 クレイも祖父からのもう一通の手紙の内容が気になるようで、パステルを見つめていた。
「お二人とも似たようなことが書いてあったよ。 うーんと・・・・」 
 パステルは言葉を選びながら、便箋をそれぞれの封筒に戻した。
「んとね、『ドーマはいい街だから、是非またおいでなさい』って」 
 自分の孫をくれぐれも頼む、と書いてあったことは言わなかった。
 トラップ辺りが「ガキ扱いして」と、むくれるだろうと思った上の配慮だった。
「ぱぁーるぅ、ルーミィ、つまんないおー。 おしょと行きたいお」 
「そうねぇ、それじゃ公園に行ってみようか?」 
 ルーミィはピョンピョン飛び跳ねてパステルの手を引いて外に出て行った。
 
 二人と一匹が出て行くのを見届けて、クレイはトラップに尋ねる。
「トラップ、お前の手紙・・・・」 
 それを遮るように、トラップは自分の手紙をクレイに押し付けた。
 クレイも憮然とした表情のトラップに自分の手紙を渡した。
 そこには、騎士道におけるレディーファーストの精神やら、
女性を口説き落とすテクニックがこれでもかと書かれており、
共に文末には向こうの孫に負けたらただではおかない、などと脅迫めいたエールが書かれていた。
 クレイは額を押さえてトラップに手紙を返した。
 トラップは祖父たちの身勝手な行動に怒りを通り越して呆れかえっていた。
「なあ、クレイ。 あのジジイども、何考えてんだ?」 
「そんなの、おれが知りたいよ・・・・・・」 
 二人同時に深い深い溜め息が漏れた。
 
 
 
 とりあえずは。
 チェスも、孫たちの恋も、
 
 ―――――― 勝負の行方は、保留のまま。


オワリ


 
 
 
 
めりいさんにはじっちゃんを気に入っていただけたものと思い込み、
じいさま達のお話でございます。
パステルってご老人ウケしそうだなぁと思いまして。

しかし肝心のギャグにはあまりならず、
老人達のみにくい争いに孫達が巻き込まれてしまう、
世にも恐ろしい話になってしまいました・・・・。(苦笑)

相互リンクをして下さった、めりいさんに捧げます。

< 2002.05.30 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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