レスキュー☆パンチ

 
 時は蜂蜜色の満月が煌々と照す晩。
 アロエ、雛菊、マンドレイク、蛇の牙、ヤモリ、薔薇、蝋燭・・・・他、食事中には向かないエトセトラ。
 それらをマタタビとサクラとスギをブレンドしたチップで燻って乾燥させ、磨り潰して粉にする。
 更に煮溶かした鍋の上に魔法の杖をかざして、正しく発音された呪文を一言。

 ドカン

 実際にそんな音は立たないが、効果音としては正にドカンというところで爆発した。
 鍋の中身は凝縮されて原材料の10分の1程の質量となった。
 腐ったような緑色の煙がもうもうと立ち込める中から二人分の人影が現れる。
 マスク代わりかバンダナを口に巻いた少年二人は液体を確認し、互いに目配せをして頷く。
 近場の窓を押し開けて見目にも濁った空気を外へ追い出す。
 バンダナの戒めを解くと安堵の表情を浮かべた少年二人は鏡写しされたようにそっくりだった。
 片方の少年はホッと息をつき、片方の少年はニヤリと笑って言った。
「成功だ」

 それが、事件の起こるきっかり12時間前。
 
 
 
 
 
 
 ひたひたひたと、ホグワーツ魔法学校の廊下を歩く赤毛の2人組。
 昨夜に新しい魔法薬を開発したフレッドとジョージである。
「まったく、用事がある時に限ってロンもパーシーも居やしないんだ」
 フレッドは不満げに口を尖らせた。
 ちなみに彼の出した兄弟名は彼らの実験対象のナンバー1、2の名でもある。
 ウィーズリー家の三男と六男は、双子の悪戯の実験台になる危機を察知し雲隠れしていた。
「流石に誰でもいいってわけにはいかないしなー・・・・ん?」
「どうした、ジョー・・・・ジ」
 ピタリと足を止めたジョージの目線を追ってフレッドも歩みを止めた。
 そこには威厳高くこう書かれてあった。
 
 『セブルス・スネイプ 研究室』
 
 先に沈黙を破ったのはジョージだった。
「誰でもいいってわけじゃないんだ、なぁフレッド」
 妙に乾いた笑いをしつつも、出来たばかりの新製品の蓋を掴んだ手は疼いて堪らなかった。
「そうだよな。 まさか。 あのスネイプだぜ?」
 似たような乾いた笑いをしつつ、フレッド。
 二人の脳裏にはスネイプ教授のこれまでの行動の数々が思い浮かんだ。
 クディッチの試合、魔法薬の講義、その他もろもろ。
 厳しいを通り越して根暗で陰険で・・・・いっそ清々しいくらいにグリフィンドールには冷たい。
 その理由を正確に知る生徒はいなかったが、どうせ暗黒であったろう彼の学生時代、
グリフィンドールの女子生徒にこっ酷く振られた、などといった噂がまことしやかに流れていた。
 彼が女性に恋する姿なんて到底想像できなかったが。
 更に言うのであれば、近年は名前を呼んでは『例のあの人』を撃退したとまで謳われる、
ハリー・ポッターが目下の攻撃対象となっている気配があり、それは愛情の裏返しだのなんだのと、
生徒たち(何故か女子生徒が多かった)の間で新たな噂になっていたりもする。
 兎にも角にも、これまでの彼が二人を含むグリフィンドールにしてきた仕打ちを考えただけで、
二人から、その場を去ろうとする気を消失させるには充分だった。
 いつになく真剣な眼差しで、フレッドは相棒を見た。
「・・・・これは、栄誉ある行動だぜ」
「バレたら減点―――20点か? マクゴナガルからのトイレ掃除もついてくるだろうな」
 ジョージの声は硬かった。
 しかし、それに反して口は弓なりに曲がって行き、瞳はきらきらと輝く。
 やっちまうか。
 二人が声に出さずに言い、ジョージの持った瓶の蓋が開くのは、きっかり5秒後のことだった。
 
 
 
 
 ボワン
 
 
 腐ったような緑色の煙が立ち込めて数秒後、この世あらざる悲鳴が響いた。
 
 もしかしたら身内にバンシーがいるんじゃないか?
 スネイプの絶叫は、フレッドにそう思わしめる程であった。
 三十六計逃げるが勝ちであると、物心ついた頃から悪戯をしてきた双子はその場を離れた。
 いいや、逃げようとしたのだが、そうはならなかった。
 ひゅうっと見えない何かに足をすくわれて、転ばされてしまった。
 問題児の多い魔法学校に勤めるだけあり、罠を仕掛けるのもお手の物というわけだ。
 ただ単に彼の人望のなさを窺い知れることでもあるが。
 バンッと勢いよく開かれた扉から出てきた魔法薬学の教授を見た双子は目を点にした。
 それも一瞬のことで、どちらともなく吹き出し、腹を抱えてゲラゲラと笑いだした。
 
 
 柳眉を逆立てたセブルス・スネイプの氏の麗しき鴉の濡れ羽色の髪は
 見事なパンチパーマがかかっていた。
 
 
 長さからするとアフロになってしまいそうなものだが、パンチパーマなのである。
 新商品の効果は抜群だった。
「よくもやってくれたな。 流石は勇敢なグリフィンドール、誉めてやろう」
 その声音は普段の冷徹な彼のもので、双子はいささか笑いすぎたと肩をすくめた。
「しかし、勇敢と無謀を履き違える愚か者もいて困る。 グリフィンドール、マイナス50点!」
 勝ち誇ったようにセブルス・スネイプ教授は言い放った。
 「嘘だろう?」「そりゃ酷い!」と双子は口々に非難する反面で、相応の罰を受ける覚悟はあった。
 グリフィンドール寮の仲間も彼らに減点された点数を挽回するだけの力がある事は知っている。
 寮に大変な汚名を着せたことになるのは、最早避けようが無った。
 だが。
「おやおや、これは何の騒ぎじゃな?」
 どこから沸いて出てきやがった、この爺さん・・・・。
 のんきな声を発したのは我らがホグワーツ魔法学校の校長、アルバス・ダンブルドアであった。
 呆気に取られた教師と生徒は彼の登場には沸いて出たというのがしっくりくるという所感を抱いた。
 非常に失礼な話ではあるが。
 スネイプはフンと鼻を鳴らして乱れた襟元を正した。
「大層な話ではない。 グリフィンドール生が少々―――秩序を乱す行為をしたまで」
 悪ガキ共の悪戯に引っ掛ったというのは教授としての立場上好まれぬ事実だった。
 但し、ものの見事なパンチパーマ頭がそのままでは、悲しいかな、迫力に欠けている。
 ダンブルドアは「ほほう」と自慢の長い白髭を撫でながら双子を見た。
 フレッドとジョージは、この粋な計らいをしてくれる校長が好きだったが、
彼が双子のする全ての悪戯を無きものとして見るほど暗愚ではないと知っていた。
 ただ、同じ50点の減点もスネイプに告げられるより何倍も納得できるというものである。
 真っ直ぐな瞳を向ける双子に好々爺とした校長は目を細めた。
 そして、スネイプに向き直ると部屋の片隅を指差した。
「真実を見るが良い、セブルス」
 ダンブルドアの節くれだった指の先で、数体の異様な毛玉がモコモコと蠢いていた。
「あれって・・・・・・バンイップだっけ?」
 バンイップとはオーストラリアの淡水性の水辺に棲む、
体長4、5フィート程の全身が長い毛に覆われた生物である。
 水中に住むと言われているが、動きが遅くはなるものの、陸に上がることもできる。
 バンイップは「キーキー」と憐れな声をあげて転がっていた。
 どうやら、例の薬効果によって毛が絡まり、身動きが取れないようである。
 教科書に描かれていた姿と説明書きを思い出す双子、その面白い姿を見て微笑むダンブルドア。
 その場の面子の中で最も驚愕したのはスネイプだった。
「何故、我輩の部屋にバンイップが・・・・」
「ほほう? 侵入に気付いていなかったのかね?」
 ダンブルドアの指摘に魔法薬学の教授は苦虫を噛み潰した顔になった。
 マグルの間では伝説上の生物と言われるバンイップは見かけよりも獰猛であると知られていた。
 対応さえしっかりとしていれば生命の危険まで脅かされるというのは少ないが、
狼の犬歯を持つバンイップは、子羊をも食らうというのだから決して安全な生物とはいえない。
 食えない笑顔で、ホグワーツの最高責任者は続けた。
「つまり、二人は『悪戯をした』という誤解を受けようとも、セブルス、お主を救ったわけじゃな」
 スネイプはぐぐっと言葉に詰まった。
 しかしバサリと漆黒のマントをはためかせて咳を一つした。
 冷静さを装っているのはバレバレであるが、彼としては珍しいことに動揺しているのだ。
 そもそも、パンチ頭をそのままにしている時点でかなりの間抜けぶりではあるが。
「では、グリフィンドールへの減点を取り消そう」
「良い行いをした者にはそれなりの評価を。 そうじゃな?」
 フレッドはスネイプが顔面神経痛を引き起こしてるんじゃないのかと危惧した。
「・・・・では、加点しよう。 グリフィンドールに10・・・・」
「二人で?」
 ジョージはスネイプが歯軋りで奥歯を磨り潰してしまうのではないかと危ぶんだ。
「よりによってポッターの息子がいるグリフィンドールに」
 悪夢にうなされているような声が聞こえたのは言った本人をのぞいた3人。
「・・・・グリフィンドールにプラス20点!」
 悲鳴にも近くそう叫ぶと、スネイプは口から泡を吹かせて倒れた。
 ダンブルドアはひょいと肩をすくめるというチャーミングな仕草を披露した。
「おやおや。 神経の細い御仁じゃな」
 にっこりとフレッドとジョージに微笑みかけ、二人もそれに応えて笑顔を見せたが、
内心はむしろこの年齢が何歳とも知れない老人に恐れおののいていた。
 『名前を呼んではいけないあの人』が唯一手出しできなかった、ダンブルドア。
 その理由がなんとなーく理解できたような気がした二人であった。
 
 
 
 
 
 さても、あの名高きセブルス・スネイプ教授に文字通り一泡吹かせたということで、
ウィーズリー家の双子の発明した新商品、その名も『パンチでGO』には箔がついた。
 あのスネイプ教授に悪戯を成功させたどころか、点数まで奪ったのである。
 ホグワーツ魔法学校でこんな上等な宣伝文句(大っぴらには言えないが)が他にあるだろか?
 いつも必要以上に目の敵にされるグリフィンドール生、レイブンクロー生、ハッフルパフ生、
それから何故かスリザリン生の多くにも、この商品は売れに売れた。
 残念ながら・・・・いや、幸いながらスネイプ教授が再度この商品の助けを求むるような事態は無く、
四寮ともに減点の嵐が吹き荒れ、生徒の大半もまた、有名な商品に引っ掛る事は少なかった。
 また、悪戯グッズとして品行方正なマクゴナガル教授の目に触れ、全商品が回収されるのは、
丁度、事件が起こった一ヶ月後のことであったのだとか。
 
 おそまつ。




 
 
 
 
リクエストは『フ○ジョ小説』。

挑戦状(何の)に違いないと思って頑張ったら妙な方向だったらしく。
少なくともかっこよい美青少年かいてるお方に押し付ける代物ではない。
あ、バンイップ。
・・・・本当は犬顔の4本足である4、5メートルにもなる生物らしいです。
毛羽毛現と迷ったのですけどねえ。(そういう問題では)

柚月サトルさん、9999hit申告&リクエスト、ありがとうございましたっ!

< 2003.06.03 up >
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