方位自信

 
 突き抜けるような青空の下、雑然とした街の路地を駆け抜ける赤毛の盗賊。
 彼による、迷子のマッパーこと、パステル探し。
 もはやそれは恒例の行事と化していたが、今回はかなり難航していた。
 はじめて訪れた街であることも原因のひとつであったが、とかくトラップは苦労していた。
「こんな感じの女なんだけど、知らねえ?」
 首を横に振る警備官に礼を言い、トラップは立ち並ぶ店先に目を走らせながら悪態をつく。
「ったく、どこにいるんだアイツ」
 街の構造はそんなに入り組んだものではない、しかしどうにも飲み込めない。
 目印とするものが少ないのも苦労する理由であり、東西南北似た道、似た建物が多いように感じた。
 正直なところ、今いる場所はなんとか分かっているという程度である。
 トラップにとって、こんな経験は初めてのことだ。
 普段であればとっくに見つかってもいい頃で、パステルに恩着せがましく文句を言ってる頃だった。
 ・・・・果たして今日中に見つかるだろうか?
 ふと己の中に湧き出た疑問にトラップはゾッとした。
 パステルを発見する自信がなくなっている。
 いいや、とトラップは自分の頬を引っ叩いて気合を入れた。
「見つかるか、じゃねえ。 絶対に見つけてやるんだよ」
 気を引き締めると、再びトラップは駆け出した。
 
 
  発見した時、パステルは店の若い女性店員と楽しげに話していた。
  人がどんな気で探していたとも知らずにいい気なものだ。
  トラップは腹が立ったが、怒るだけの気力は既になかった。
「てめぇ、こんなとこで油売ってたのかよ」
「あらトラップ、・・・・なにがあったの?」
 振り返ったパステルは怪訝な顔をした。
 トラップの姿が頭のてっぺんからつま先まで、それはそれは悲惨なものだったからである。
 いったいどんな道を通って来たのか、ご自慢の先祖代々伝わる緑のタイツは所々ほつれ、
足音を消すブーツは泥だらけで、盗賊帽子はクモの巣が引っかかり、髪のつやもなく、
パステルのとは色違いのリボンも心なしかくすんでいるようである。
 憔悴しきったというトラップであるが、心配そうにするパステルの手を払った。
 その行為にしても全く力はなかったが。
「なにもねぇよ。 別にイノシシに追いまわされたとか、鍛冶屋の親子喧嘩に巻き込まれたとか、
じゃんけん勝負(3回連続勝ち抜き)しなきゃ町を崩壊させるとか戯言言う魔道士に付き合わされたとか、
ハハ・・・・んな阿呆なことあるわけねぇだろ」
 最後の方は自嘲気味に笑うトラップをますます怪訝な顔で見るパステル。
「なにそれ?」
「いんだよ、宿帰るぞ」
 もう面倒くさくなったトラップはパステルの手首を引っ掴むとぐいぐいと引っ張りたてた。
 パステルは仕方なく女性店員に挨拶してそれに従った。
 しかし角を曲がろうというところでパステルは声を上げた。
「ちょ、どこに行くの? 宿帰るんじゃなかったの?」
「たりめぇだろ、早ぇとこ帰って休む」
 トラップに引かれる手を逆にパステルは引っ張り、反対方向の道を指差した。
「だったらこっちでしょ」
「あんで」
「なんでって、そこに看板あるじゃないの」 
 パステルの指差す先には。
 
 紛れも無く赤くポップな字体で宿の名が書かれていた。
 
 
 
「お帰り、遅かったな」
「・・・・・・」
 トラップは出迎えたクレイに何も言わず、ベットに潜り込んだ。
 幼なじみの勘なのか、クレイはトラップが泣いてるように感じた。
 そろりと近づいてみると、「パステル以下だなんてそんなバカな」などとブツブツ唸っていた。
 なんにせよ放っておこうと決め、部屋を出るとてパステルが何とも心配そうな顔をしていた。
「トラップの様子、どうかしら?」
「・・・・まあ、気にしなくてもいいよ」
 根がノーテンキなパーティリーダーは見事に言い切った。
 トラップがちょっと不可解な行動をするのなんていつものことだし。
 さすがにそこまでは言わなかったが。
「おや、どうしたんですか二人して」
 タイミングを計ったかのようにキットンが現れた。
 パステルはかくかくしかじかとトラップの様子がおかしい事を説明した。
 特に自分が道案内したのだという部分を強調する事は忘れなかった。
「いい? この私が連れてきてあげたんだからね」
 普段の方向音痴の汚名を返上できたと考えたパステルはえへんと胸を張る。
 するとキットンはいつも開いたままなんじゃないかという口を、にやらーと緩めた。
「ぐふ、ぐふふふふ・・・・・ぐひゃぐひょぐひっぐほっぐえっぐはっ!」
 最後の方は気管が詰まったのか、咳き込んでいるのか判断つかなかった。
「だ、大丈夫か?」
 クレイは恐る恐るといった感じながらもキットンの背中をさすってやる辺り、さすがリーダーである。
 横でパステルが「私は絶対にヤダ!」という目で訴えていたのは恐らく多分きっと気のせいだろう。
「いやー、ありがとうございます。 ところで、パステル。 そのリボン返してくれますか?」
「はぁ、なんで?」
 パステルにはキットンが手を差し出す理由がわからなかった。
「だって、もう結果は分かったんですから返してこないと。 はいはい、失礼しますよ」
 キットンは返事も聞かずにパステルの後頭部のリボンをあっさり外してしまった。
 パステルの方はたまったものではない。
「あーっ! もう、何するのよ」
 戒めを解かれた髪ははらりと広がってしまう。
 リボンは木で出来た飾り細工のついた味のある意匠ものだった。
 キットンが突然パステルにプレゼントしたもので、少々怪しみながらも使用してたものである。
「つまりこれはですね」
 キットンの回りくどい説明によると。
 リボンの名は『逆転リボン』というらしい。
 いかにも怪しげなそれはケッコーカタログでテスターを募集していたのだという。
 対になったリボンを装着した二人の、体力、魔力、ラック・・・・、
その他もろもろの能力値を、名の通りに逆転させるという代物だとか。
 今回の場合は感覚値の逆転で、パステルとトラップの感覚の能力値が逆転したのだ。
「えーっ! じゃあ、トラップが道を間違えたのってそのせいだったの?」
「そうですよ。 パステルが迷子にならなかったのもね」
「へー、そりゃスゴイなあ!」
 つい深々と頷いてしまったクレイをパステルはじろっと睨んだ。
「クレイ。 それ、どういう意味?」
「ふ、深い意味はないよ。 パステルが迷子にならないのがすごいと思ったわけじゃなくて・・・・」
 更に墓穴を掘るクレイをそのままに、キットンは足取り軽く男部屋へと向かった。
「さーて、トラップからも回収しないと」
 
 直後、キットンは事情を知ったトラップに散々怒鳴られポカリと殴られたが全く気にした様子もなく。
 ケッコーカタログ最新号を楽しげにめくる姿は周囲の仲間をおののかせていることも気にする事もなく。
 『キットンの贈答品には注意しろ』
 パーティ内で新たな暗黙のルールが追加された。
 
 
 
 
 
 
 
 更に後日談をもう一つ。
 
 『パステルが方向音痴じゃない?嘘だろ?! 事件』の翌日、パステルは早速迷子になってしまった。
「なんでだろ、昨日は確かに分かってたんだよ?」
 同じ街だというのに、と悔しそうにするパステルにトラップは意地悪そうに笑った。
「だぁら、探すのはおめえじゃなくて、俺なんだってことだろ」
 頬を膨らませてそっぽを向いたパステルは、見ることはなかった。
 よって、知ることもなかったのである。
 
 人知れず胸を撫で下ろす盗賊が隣にいたという事は。


オワリ


 
 
 
 
『トラップが方向音痴になってパステルが方向音痴じゃなくなる』
イカス! なんて素敵なリクエスト! でも書くのは私……。

感覚値がまるきり逆なので逆転させました。(単純)
こじつけ?という正しい評価はどうかお控えください。

とりさん、500hitキリ申告&リクエスト、ありがとうございましたvv

< 2002.10.18 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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