方向音痴探偵

 
 みすず旅館の一角、パステルとルーミィとシロが就寝する部屋。
 トラップは砂時計を傍に置いて、手には縄を持ち、数種ある盗賊結びのタイムトライアルに挑戦し、
ルーミィは鼻歌らしきもので唄いながら、広告の裏面にクレヨンでらくがきをしており、
シロは絵モデルになってはいるが絵の様子が気になり動いてはルーミィに注意を受けており、
そしてパステルは普段は執筆に用いている机にデンと乗せられた分厚い本を読みふけっていた。
 
 何度目かのチャレンジの後、トラップはロープを真っ直ぐにして砂時計を横に倒した。
 熱中して吹き出た汗を拭って、自己新記録のタイムに満足な笑みを浮かべた。
 ふと見るとパステルはページをめくる手を止め、何とも難しそうな顔で本を凝視している。
「何の本なんだ?」
 パステルは顔を上げてぱっと表情を明るくするとトラップへ本の表紙を掲げて見せた。
「OL三人娘が活躍する、とっても面白い本よ。 後で貸してあげようか?」
 にこやかに言うパステルであったが、本のタイトルは【ヒールニント湯煙殺人事件】だった。
 OLって何だ?と思いつつもトラップは手を横に振った。
 彼は本の内容が気になったわけではなく、単にパステルと話したかっただけなのだが、
知った場所を舞台にした殺人事件の本という凄惨なネタでどう会話を盛り立てろというのだろう。
 いや、パステルの方は話は話であると考えていたし、トリックを解く部分に楽しみがあるのであって、
事件裏の禁じられた愛だの血の香りが充満した部屋だの川原に横たわる遺体だのには、
まず架空の代物だと考えていたのであるが、いかんせん和やかな昼下がりの会話ネタではない。
 しかしながら、暦の上では春とはいえ、まだまだ外で吹く風は冷たい最中であるのに、
俗世とは切り離されたかのような緩やかに日の光が角度をかえゆくだけの時間であった。
 
 
「うぎゃあああぁぁぁぁ――――――――――――――っ!!!」  
 平和な時間は一つの悲鳴で切り裂かれた。
「今の悲鳴って・・・・」
「クレイだ」
 トラップは立ち上がってパステルの言葉を短く継ぐと、部屋の扉を開いた。
 立ちすくむトラップの横からパステルが見たものは、うつ伏せに倒れたクレイだった。
 周囲に散らばった大福がいっそう怪しい雰囲気をかもしだしている。
 餅に黒ゴマが練りこんである大福は、最近のシルバーリーブではちょっとしたブームになっていた。
 行儀がいい行為ではないが、どうやら大福を食べながら歩いていたらしい。
 震えている体とわずかに見える横顔からすると不幸中の幸いか命に別状は無さそうである。
 廊下で寝られるのも邪魔でしかないので揺り起こしてやるべきだと判断したトラップであったが、
いつの間にか彼の前に出たパステルが手を伸ばして制した。
 いぶかしむトラップにパステルは真剣な瞳を向けた。
 それは、子どもがヒーローごっこでもする時のような真剣さであるようにも見えたのだが。
「現場は保存しなくちゃ駄目なの!」
「ハァ? あに言ってんだ、おめえ?」
 パステルの言動はトラップにはいささか判断しかねるものだった。
「げんばほぞーん、げんばほぞん♪」
 二人の足元をぬって部屋から出てきたルーミィは子ども特有に適当なメロディーで唄いつつ、
クレイが倒れた周囲の床を白色のクレヨンでぐりぐりっと囲った。
 おかみさんにどやしつけられるぞ、とトラップが注意しようとする寸前。
 パステルはビシィと親指を上に立てた。
「よくやったわ、ルーミィ!」
「やったお!」
 ルーミィも小さなにぎりこぶしから親指をぴょこりと立てた。
 それは残念ながら下を向いていたが、意味の分っていないルーミィにはどうでもいい事らしかった。
 キラリと交わされるアイコンタクトにトラップはオイオイとツッコミを入れた。
「『よくやった』じゃねーだろ。 どうすんだよ、コレ」
 すると隣部屋の扉が開いてキットンがひょっこりと顔を出した。
 良く言えばマイペースにキットンは廊下に出てきて、ムギュウッとクレイを踏みつけた。
「どうかしたんですかぁ?」
「足元。 ・・・・なんつーか、気づいてやれよ。 人として」
 キットンは半眼のトラップの指先の示すまま下を見て、ハッとした。
「ややっ! 床に大福が落ちて・・・・クレイじゃないですか!」
 キットンにとっての仲間の価値は一体どれ程であるのかを表したような発言である。
「早くどいてあげたら?」
 パステルに言われてキットンは、ああ、と足を床へと下ろした。
 体重移動でクレイは「ぐえっ」と悲鳴を上げたが気にする様子はない。
「何があったかは知りませんが、床よりもベットで安静にした方が良いでしょうね。 立てますか?」
 背中にキットンの足型をくっきりつけたクレイであったが、フラフラと起き上がった。
 青ざめたままキットンに肩を借りて(身長的に頭を借りて)男部屋に入っていった。
 結局、クレイは一言も発する事なく扉が閉まった。
 パステルは不敵な笑みを見せた。
「いいこと、トラップ。 これは殺人事件よ!」
「思い切り生きてるじゃねえか」
「おまけに密室殺人なのよ!」
 尚も力説するパステルに返事をせずにトラップは廊下の窓を見た。
 空気が澱まないよう昼間は空いている事が多く、今も人が入れそうな位に開いている。
 更に言うなら、多少身軽な人物ならばフック付きロープで出入りする事は充分可能である。
 それに宿屋の通路という公共の場では誰がいても不思議ではない。
 まぁ、宿に入るなら店主に見つかるだろうし、白昼堂々ウォールクライミングするのも人目につく。
 そういう意味であれば密室というのも、不可能犯罪と言う意味で間違いではないかもしれない。
 パステルは床に落ちた大福に付着していたもち粉を指でなぞり、その指をこすり合わせた。
「おそらく犯人は・・・・」
「麻薬の密売人だとか言うなよ?」
 パステルは押し黙った。
 どうやら図星だったらしい。
 しかし立ち直りが早いのが長所だという評価を受けたことのある少女はくるりと振り向いて断言した。
「じゃあきっと、アレよ。 大福食わせ魔」
「いるわけねーだろ、そんなもん」
 即刻に却下されてしまい、パステルは不満そうに頬を膨らませた。
 わかってないわねぇ、とぴっと指を突きつけてみせる。
 普段「甘い甘い甘いっ」と言われているお返しのような仕草である。
「世の中の犯罪も日進月歩なのよ? いるかもしれないじゃない!」
「進歩して大福食わせる通り魔っつーのはどんな世なんだよ」
 これにはパステルも頷かざるを得なかった。
「確かに、大福食わせ魔じゃあ浪漫がないものねー」
「いや犯罪に浪漫を求めるなよ」
 俺が言えた義理じゃねえけど、と胸中で付け加えつつトラップ。
 まったく、これじゃあラチがあかねえな、とトラップが溜め息をついたその時、
安普請な旅館の階段をばたばたと上がってくる男が3人。
 シルバーリーブの警備官2人とノルである。
 巨人族のノルが旅館内に入るのはあまり好まれなかったが、非常事態とあらば話は別だろう。
 それよりもトラップが不思議に思ったのは。
「あんで警備官がここに?」
「さっきノルに頼んで呼んできてもらったの」
 いつもトロいくせに、こんな時に限ってなんで早いのか。
 釈然としないものを感じつつもクレイに少々非日常的な出来事が起こったのは確かである。
 第一発見者として状況を説明すべきかと警備官を見ると、彼らは神妙な顔で頷いた。
「クレイが・・・・密室で不可能犯罪で見えない凶器で殺されたんだって?!」
「殺すな! あっちで寝込んでるだけだっての」
 男部屋を指し示すと警備官は目に見えてがっかりとしたようだった。
 まさかこいつらも愛読書がミステリー小説だなんてオチじゃねえだろうな?
 トラップのうんざりとした予想はあながち外れでも無さそうなので、声に出して尋ねるのは止めた。
 喜々として犯罪を語る警備官のいる町に不安を抱かずにいられなくなりそうだったからである。
「犯人はこの中にいるわ!」
 パステルは確信に満ちてそういった。
「この中っつっても・・・・」
 周囲に居るメンバーをトラップはぐるりと見渡した。
 トラップ、ルーミィ、シロ、ノル、警備官二人、そして探偵気分のパステル。
 ただでさえ狭苦しいみすず旅館の廊下がいっそう息が詰まりそうに窮屈である。
 パステルは目をかっと開いた。
「犯人は・・・・!」
 と、そこまで言って顔を渋面にして口をつぐんだ。
「どうした、パステル?」
 心配そうに声をかけるノルをパステルは遺憾だとでも言わんばかりに見上げた。
「こういう時って雷効果とかあるもんじゃないの?」
「何かの見すぎだ!」
 うむう、とパステルは不満そうにしたものの、もう一度、と咳払いをした。
 しん、と静まる廊下。
 トラップは馬鹿馬鹿しいとは思いつつも犯人なるものが気に掛かったし、
ノルはパステルの推理が見当外れであるなんて疑いも持たずにいたし、
警備官は「これこれ、警備官になってよかったー」なんて思っていたし、
ルーミィとシロはこれから何が起こるのかとわくわくとしていたのである。
 パステルはぴんと張り詰めた雰囲気にフッと笑みを浮かべた。
 しかしそれも一瞬の事で、きりりっと表情を引き締める。
 
「犯人は、あなたよ!」
 
 声高に叫ぶパステルの滑らかな指先にいたのは。
「あんで俺になんだよっ?!」
 トラップだった。
「おめえ、俺とずっといただろうが!」
 左右をがしりと警備官に捕まれてもがくトラップの言葉をパステルは一切気にしなかった。
 パステルは両腕を組んでうんうんと一人納得して頷く。
「もっとも縁遠いと思われる人物が実は犯人、お約束よね!」
「阿呆かあ――――――――――――っ!!!」
 これで12件目だな、だの、ハクがつくなんて考えるなよ?だのと言う警備官に挟まれ、
ぎゃんぎゃん喚くトラップは文字通り引きずられて行った。
 それと入れ違いにみすず旅館の女将が階段を上がってきた。
「おやまぁ、なんだい大騒ぎして」
「虚しい事件でした・・・・」
 ふっと遠くを見つめたままでパステルは呟いた。
 殺人未遂だなんてオツトメはどのくらいになるのかしら?
 誰しも人生をやり直すチャンスは与えられるのよ。
 待っていてあげるから、真人間になって帰ってくるのよトラップ・・・・。
 別の世界にトリップしたパステルを『この子はまたかい』的視線で見た女将はフゥと溜め息を吐いた。
「そういえばね、クレイ見なかったかい?」
「へ? 向こうで寝込んでますけど・・・・なんでクレイを探してるんですか?」
 すっかりパーティリーダーの存在を忘却していたパステルであったが、
宿の女将がクレイに用事だというのが妙に気にかかった。
 確かにマダムキラーであるから大した用事でもなく呼ばれたりしているクレイではある。
 けれども乙女の第六感であろうか、そういうような代物ではなさそうだと勘付いた。
「いやね、さっき余りものの大福をあげたんだけど、賞味期限がきれてて」
 まいったねぇーと言いつつも、まいった様子は微塵も見られないくらいに朗らかに笑っている。
 パステルはハッと床に転がった大福を見た。
 大福の黒ゴマだと思われてた斑点は・・・・・黒カビだった。
 なんて事だろうか、パステルは己のしでかした過ちを悔いた。
 犯人探しだなんてする事はなく、警備官を呼ぶ事なんてなかったのだ!
 脳裏に警備官に引きずられて行く無実の男の姿が浮かび、果てしなく後悔をした。
 ごめんなさい、トラップ。 わたし、間違ってた。
 でも、もう大丈夫だからね、任せといて!
 今すべき事を悟ったパステルは懐からシャキンとそろばんを出した。
 人差し指と親指で弾くと、ぱちぱちっと小気味よい音がする。
 パステルは女将に相談するように身を寄せつつ、珠が不規則に散らばったそろばんを付き出した。
 
「謝罪費としてこれだけ分の宿代、まかりません?」
 
 ガーンと青ざめたノルをそのままに、女将はそろばんの目をぱちぱちっと弾いた。
「これくらいが妥当じゃないかねえ」
 パステルはお話にならないと言わんばかりに溜め息を吐きながら首を振った。
「女将さん、これでも普段お世話になってるから控えめにしたんですよ、せめてこれくらい・・・・」
 またもぱちぱちっと数字を上乗せするパステル。
 どうやらそこぞの盗賊の交渉能力を独学で身に付けていたらしい。
 なれども長年つぶれかけつつも宿を切り盛りしてきた女将も相当なものである。
「そこの床の落書きを綺麗に消しといてくれたら、これでいいよ」
 ぱちっと弾き出された数字にパステルはふぅむーと唸った。
 少々不満は残るものの、火の車の家計簿も多少はマシになるであろう。
 にやりと笑って手を差し出し、女将はそれを握り返す。
「交渉成立だね?」
「ええ、いいお宿でホント助かります」
 ガッシリと握られた手の上で交わされる悪代官と豪商を連想させる笑み。
 その廊下の片隅でルーミィはシロの背中を撫でつつ一連の出来事に感心していた。
「ぱーるぅとおかみさん、仲いいんらねー」
「仲がいいのは、よい事なんデシ。 ね、ノルしゃん?」
 無邪気な瞳を向けられたノルは数秒躊躇うものがあったが、力強く頷いた。
「ああ、よい事だとも」
 どことなく冷ややかで朗らかな空気の中、ノルは眩しそうに窓の外を眺めた。
 北から渡ってきた鳥たちは、そろそろ飛び立つ準備をはじめている。
 春を感じているのは町の人々も同じで、通りを歩く人は首に巻いていたマフラーを外した。
 店先に目をやればほんの少し先の季節の品々が人気を呼んでいるようだ。
 まるでこのような、何の変哲も無い日はずっと続くのだと言うかのような雰囲気である。
 きっと、今日も明日も明後日も、一週間先も。
 シルバーリーブは平和であるに違いない、と願いを込めてノルは推測した。
 
 
 
 結局のところ。
 クレイが完治するのは3日後、トラップが釈放されるに至っては一週間後であったそうである。


オワリ


 
 
 
 
『事件もの(探偵役はパステル)で、ギャグ。トラパス風味』
そんなリクエストで尚且つボケボケ探偵OKだというお言葉。
おかげさまで本格ミステリーからは大幅に外れさせていただきました。
が、予期せずちょい出しなれどもメンバー全員出しに成功、珍しい。
方向音痴なだけに迷探偵とか阿呆な事を言ってた気がしないでもない。
 
コロンさん、8000hitご申告&リクエスト、ありがとうございましたv

< 2003.05.16 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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