君をつれて

 
「うひゃぁー、すごい!」
 澄み渡る秋の空の下、パステルは小高い丘の上で一面に広がるブドウ畑を見て感嘆の声をあげた。
 
「ぶどうがいっぱい、すごーい!!」 
 パステルはトラップの上着の袖をぐいぐい引いて尚も叫ぶ。
「ギャアギャアはしゃぎ過ぎなんだよ、ブドウ畑で葡萄ができるのは当然だろ」 
 ブドウ畑で林檎や梨ができるわけがあるまい。
 それと同じくらい自然な成り行きで、パステルは頬をふくらませ、上着から手を離した。
 膝の丈まである草は青みが落ち着いてきている。
 パステルは口を尖らせながら、草を踏み分けて行った。
 一歩踏み出すたび、しゃくしゃくと音を立てた。
 パステルの引っ張った辺りの袖を軽く撫で付け、トラップは顔をしかめた。
 はしゃぎ過ぎだと言ったが、パステルに喜ぶ顔を見たくて連れてきたのは、
他の誰でもなく、トラップなのである。
 パステルはいつものアーマー姿ではない。
 白のひらひらと波打つブラウスと、黒の袖なしの上着を重ね着して、
下は上着と同じ布地の長めのスカートだった。
 それは、この街に古くから伝わる衣装だった。
 トラップは見慣れた眼下の街を眺めた。
 白い竜の再来した街、ドーマの街を。
 
 
 
 今や観光としても有名となったドーマだが、街を幾重にも取り囲む葡萄畑は特産品を作り続けている。
 そう、ワインである。
 白も美味であるが、赤の香り高さ、味わい深さは絶品である。
 ロンザだけではなく、遠くセラフィム大陸でも多くの愛好家がいる程である。
 『一滴、ひとしずくが深紅の宝石のようだ』と過去のロンザの王が評した。
 かのドーマの英雄、クレイ・ジュダがあわや刺客に狙われた時に、
命を救ったのもこのワインだという逸話も残っている。
 まあ、それは根拠のない噂なのだが。
 そんな素晴らしきワインだが、なんせ葡萄畑が広大なので収穫が大変なのだ。
 特に今年は人手不足が深刻だったので、クレイ達パーティにまで声がかかったのである。
 丁度お使いクエストが一段落ついたところだったので、
六人と一匹はピンクのカバに乗って、はるばるとやって来たのである。
 
 
 
 
「あんまり行くと、ころげ落ちるぞ」 
 トラップはゆっくりとした足取りでパステルを追った。
 この丘は急斜面のてっぺんにあり、見晴らしがいい反面やや危険でもあった。
 おまけに茂った草に足元が見えないので注意がいるのだ。
 パステルは振り返ってべっと舌を出した。
「転びませんよーだ」
 声音は、すっかり機嫌が直ったことを示していた。
「ね、似合う?」
 パステルはクルリと一回転して見せた。
 ふわり、とスカートが風を孕む。
 淡い陽射しを受けて、編み込まれた髪がキラリと光った。
「ガキからバァさんまで着るんだぜ。 似合わないやつなんか、いねーよ」 
 つまらなそうに言い放って、トラップはパステルから顔を背けて帽子を被りなおした。
 パステルは再びむくれて、いいもん、と呟いて足元の草を踏み鳴らした。
 なので、トラップの顔がまだ夕焼には遠い時間帯にもかかわらず、
赤く染まっていたことには気付かなかった。
 似合ってる、なんてレベルじゃない。
 トラップには、その昔から伝わる服がパステルにあつらえて作られたかのように見えた。
 ブーツ家で、マリーナと共にその衣装を身にまとったパステルが部屋から出てきた時に、
考えついてしまったことが、蘇える。
 
 
 つまり、今年だけでなく、このドーマの衣装を着てほしいということ。
 
 
 ポケットに手を入れると、ここ数ヶ月間仕舞われたままの箱が触れた。
 
 帰郷したのはいい機会かもな、と見上げる空はどこまでも晴れ渡っていて。
 ゆるりとした歩みで、トラップはパステルに近づいた。
「パステル」
 名を呼ぶ声がいつもとは違う事を感じ取ったのか、振り向いたパステルは不思議そうな顔をした。
 柔らかな風が、足元の草を揺らす。
 少し、決して重くない沈黙が流れた。
「どしたの?」
 小首を傾げるパステルの疑問に答えず、トラップは一歩、また一歩とパステルへ近づいた。
 パステルは、無意識的に慣れない雰囲気を感じ取って、思わず後退りしていた。
 その先に段差があることなど、知ることもなく。
   
「ぁ・・・・・・っ!!!!」 
 
 どちらともなく、声に出ない悲鳴を上げた。
 パステルは次に来るであろう衝撃に目をきつく閉じた。
 トラップは関節が外れてもいいとばかりに腕を伸ばした。
   
 
「きゃあっ!」
「重てっ!」
 パステルの身体はブドウ畑ではなく、トラップの腕の中へと落ちた。
 地面に着く直前の斜めに傾いた身体を腕一本で支えたのでダンスのポーズにも見える。
 おっかなびっくりパステルは目を開くと、青空と逆光で陰ったトラップの顔が見えた。
「ったく、驚かせんな」
「あ、んと、ありがとう」
 トラップはパステルを支える腕の先、掌が小箱を握りしめたままであることに気付いた。
 まだパステルは気付いていないようだが。
 トラップは、この苦しくも近い距離を直そうとはしなかった。
「似合ってる」
「え?」
 パステルは一瞬何を言われたのか分からなかった。
「その服、来年も着たくねぇか?」
「・・・・・・来年、って?」
 呆然としたパステルはまばたきをして、トラップの目を覗き込むと、気付く事があった。
 トラップ本人が避けていたために、今までに見ることのなかった、優しい瞳をしていた。
 パステルの気付き得ない時に何度も何度もその瞳をしていたのである。
 これは、トラップ自身も気付いていない事であったが。
「だからさ、」
 
 
 
 
 
「俺と、ケッ 
「おお、こんな所におったか!」
      コンしてくれねぇ、か・・・・・・?」
 
 
 
 
 トラップの声は背後からの張りのある声にかき消された。
 狙いすましたかのように重大な単語をかき消された。
 腕の中のパステルに届く前にかき消された。
「あっれー、アンダーソンさん?」
 パステルはトラップの腕に何の未練も見せず、ぴょっこりと立ちあがった。
 トラップは頬を引きつらせ、ぎしぎしっと首を鳴らして肩越しに二人の老人を見た。
 とたたたた、とパステルは彼らに駆け寄った。
 クレイの祖父と、トラップの祖父。
 しゃっきりとした姿は過去の現役時代を彷彿とさせる。
 トラップは話で聞くだけであったが、彼らの冒険者であった姿を容易に想像できた。
 歳を重ねたらクレイとトラップもお爺さまたちのようになるのかしら、と以前パステルが言っていた。
 昔だったらまさかと笑い飛ばす程の彼らの冒険談であったが、今ではそう遠い話でもないとも思える。
「お二人して、どうかしましたか?」
「いやなに、老人会のメンバーがパステル先生に是非お会いしたいと申してな」
 アンダーソン氏が言うと、パステルは「先生だなんて」と照れ笑いを浮かべた。
 にこやかに話し掛ける一方、アンダーソン氏はパステルに見えないようトラップをギロリと睨んだ。
 このジジイ、わざと邪魔しやがった、とトラップは確信した。
「ゴウシの酒場に集まってるんぢゃ、来んか?」
 ブーツ氏の提案に畳み掛けるようにアンダーソン氏はパステルの手を取った。
「ひとつ、お付き合い願えませんかな?」
 胸に手を当て恭しく膝を着く所作は、元ロンザ国騎士団長とあり、堂に入っていた。
 見慣れてないパステルはあたふたと頷いてアンダーソン氏を立たせた。
「おめぇ、手伝い放り投げる気かよ」
 トラップは不機嫌さ丸出しで言った。
 確かにトラップの言う通りなのでパステルは困った顔をした。
 やはり断らなければとした所で、ブーツ氏はがっくりと肩を落とした。
「そうぢゃな・・・・・・パステル嬢ちゃんも老いぼれの集まりなど興味なかろうな」
 おもむろにパステルから視線を外し、淋しげにフッと笑った。
「なに、先の短い男のたわごと、気にすることはない」
 ベタベタだ、とトラップは声に出して突っ込む気にもならなかった。
 しかしパステルは違ったのである。
 そっとブーツ氏の肩に触れ、力いっぱいに首を振った。
「いいえ! 喜んでご招待お受けします!」
「おお、そうかね!」
 これはアンダーソン氏。
 老いた男達と若い娘の手を取り合う姿はウツクシかった。
 今、小さな奇跡が起こったことが分かるだろうか?
 年代性別を超えて、友情が生まれたのだ。
 そのまま三人は談笑をしつつ丘を降りて行く。
 彼らの後ろ姿を見送るように秋咲きの花が揺れる。
 爽やかな曲と共にスタッフロールが流れる。
 白く浮かび上がる<fin>の文字・・・・・・。
 
 
 
 

<fin> 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「終わんな!」
   
 トラップは叫んで三人を止めた。
 三人は同時に振り返った。
 そして消える<fin>の文字。
「うっせぇ、何が<fin>だ!」
「トラップったら何言ってんの?」
 パステルは怪訝な顔でトラップを見た。
 立ち上がったトラップは八つ当たり状態でパステルを睨んだ。
「おめぇも、ジジイどもの口車に乗せられんな!」
 口車?とパステルはブーツ氏を見上げた。
 ブーツ氏は悲しそうに首を振った。
 まるで、人を信じないように育てた記憶はないのに、とでも言いたげである。
 パステルはハッと口を押さえ、トラップを睨み返した。
「よくもそんな酷い事が言えるわね!
ブーツさん、アンダーソンさん、トラップなんか放っておいて、行きましょ!」 
 そして、先頭をきって丘を降りて行ってしまった。
 アンダーソン氏は甘いわ、と言わんばかりの笑みを浮かべてパステルに続いた。
 ブーツ氏だけは、ひょいひょいっとトラップの近くへと戻ってきた。
 ちらっと手に握られたままの小箱を見られ、トラップは慌てて後ろに隠した。
 しかし盗賊としての師の一人には全く無意味であったようで、ブーツ氏は満足そうに笑った。
「ま、早いとこ嫁として連れて来るのを待っとるからな」
 ポンッとトラップの肩を叩いて、パステルとアンダーソン氏の所へと足取り軽やかに去って行った。
 ぽつん、と取り残されるトラップ。
 
 
 もしも来年も再来年も、パステルがドーマの衣装に身を包む事になったとしたら・・・・。
 
 トラップには容易に想像できた。
 げんなりとしながら小箱を上着のポケットの中へと仕舞い込んだ。
 祖父たちの存在を、何故忘れていたのか。
 彼らがいる限り、彼らを越えない限り、パステルに小箱を渡せる日は来ない。
 
ちっくしょおぉぉ――――――! 負けるもんか―――――――――っ!!」 
 
 遠くテラソン山にトラップの絶叫がこだました。
 
 
 
 
 
 その実、まだ告白すらしていない少年に幸あれ。


オワリ


 
 
 
 
『じっつぁまズがその孫達に負けず劣らずパステルに夢中♪なトラパス』
または『じい様ズにまで嫉妬するトラップな、トラパス』
頂戴しましたリクエストはこちらでした。

どうでしょう、夢中でしょうか、嫉妬してるでしょうか。
その前にトラパスでしょうか、トラパスでいいのでしょうか。(次第に弱気)
ブドウ産地=ワインが名物…でなくとも作らなくもないだろう、て事で。
ジュダ様が如何にしてワインに命を救われたのかは気にせぬと私の為。
また、パステル嬢の衣装はリトルワールドのフランスです。(笑)

まゆりさん、666hitのご申告&リクエスト、ありがとうございましたvv

< 2002.10.19 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
Top