ガイナの夕暮れ

 
 どこの町の夕暮れも似たようなものだけど。
 なんだか物寂しいような錯覚を覚えるのはこの町の過去の惨劇を聞いたからだろうか。
 トラップは暮れゆく町並みを眺めて溜め息をついた。
 
 馬車から降り立つなり学校の先生だ友人だ近所のおじさんだと、
色んな人々に嬉しそうにはしゃいでたパステルだったが、喜びようがどこか異質なのは明らかだった。
 今パステルはジョシュアとかいう使用人と夕飯の準備をしており、
トラップは居たたまれずに出てきたのだ。
 とはいえ、すぐにご飯だから遠くにいかないでよ、と釘をさされたので庭に出てくるにとどめ、
手ごろな木に登ってぼんやりとしてるだけなのだが。
 ずっと一緒にいたらいつもと同じようにいらぬ一言を言ってしまいそうだったので、
正直なところトラップは離れてほっとしていた。
 別に親がいないというのはパステルだけではない。
 この街では、特別彼女だけがというものではあるまい。
 だからと言って悲しみや辛さが薄れるわけでもないのだろうし、
ずっと離れていた故郷に帰ってきた分思い出が蘇えってしまうこともあろう。
 傍から他人が口出しするものではないのだし・・・・・・。
 そう考える事にして沈みかけた気分を切り替える。
 
 もうそろそろ日も沈む。
 ぐっと冷たくなった風が吹いて、トラップはジャケットの襟をかき抱いた。
「さっみー・・・。 メシまだなのか?」
 できたら呼ぶね、と言ったパステルには居場所を言っておいたのだが。
「まさか地元で迷子になってんじゃねぇだろうな?」
 冗談めかして言ったものの、トラップは真剣に眉をひそめた。
 しかも自分の家の近所で迷子になるマッパーなど冗談にしかならない。
 ・・・・・・普通ならば、の話である。
 胸中の一抹の不安を笑って吹き飛ばせず、背中に冷汗が流れる。
 と、その時。
「なんだ。トラップ、ここに居たの?」
 木の下から声をかけてきたのは迷子疑惑をかけられていた張本人だった。
 さっきまでとは違い、白っぽい服を着ていた。
「なんだ、じゃねーだろ。 メシまだなのかよ」
「ごめんごめん。 もうご飯はできたんだけど、つい長湯しちゃってさ」
 言うとパステルはワンピースだというのに木によじ登ってきた。
 長湯、と言った通りパステルは風呂に入ってきたのかまだ髪が濡れており、 肩にタオルをかけていた。
「ちっちゃい頃ね、よくこの木に登ってたの」
 えへへ、と無邪気に笑いながらパステルはトラップの腰掛けている枝の傍の枝に腰掛けた。
 いや、腰掛けようとして、手をズルッと滑らせてしまった。
「きゃ・・・!」
 バランスを失ったパステルの腕をトラップはとっさに掴み上げた。
 なんとか落ちること無くトラップの隣に引上げられたパステルは大きく息をついた。
「ありがとう、木に登るのなんて久しぶりで勘が鈍っちゃったのかな」
 トラップはフンと鼻で笑った。
「どーせ体重が増えたからだろー?」
 からかわれてパステルは「ひっどーい」と口を尖らせたが、ふっと夕日に目を向けた。
 そして「そうだ」と楽しそうに目を輝かせた。
「ほら、あっちに学校がみえるでしょ。そのすこし左端・・・見ていて」
 トラップにはパステルのゆび指す建物がどれなのか、よく分からなかった。
「あのなぁ、俺がおめぇの学校なんて知るわけねぇだろ」
「だからぁー」
 と、パステルはトラップに肩をぐいっと寄せた。
「あのへん・・・茶色の屋根が見えるでしょ、その向こうの高い建物が学校で・・・」
 視界を合わせるように顔を寄せて説明を始めたパステルの言葉はトラップには届かなかった。
 洗い立ての髪からバラのような石鹸の香りがふわりと漂う。
 頬はまだピンク色に上気をしていて触れたらさぞかし柔らかそうだ。
 向こう、と指差すその腕はしなやかで、 先程持ち上げた身体は細くて思ったよりもずっと軽かった。
 やたらと落ち着かなくなってしまい、トラップは無理矢理パステルから目を外した。
 思わず顔をしかめて口をへの字にする。
 いくらただのパーティ仲間だから意識するなと言ったとて、これは・・・・・・。
 パステルの存在感は余計に大きくなってしまうばかりである。
 奇妙な危機感を抱いた盗賊の第六感は早くここから降りるに限ると告げた。
 そしてパステルにもう家に戻ろうと提案をしようと彼女の方を振り返って、
 トラップは目を大きく開いてゴクリとのどを鳴らした。
 
 
   夕日が丁度彼女にだけ自然のスポットライトを当てて、
 はちみつのような波打つ髪の滴は最高の宝石のように彼女を装飾し、
 しかしなおも美しいのは彼女自身で、
 夕の光を受けた瞳は何よりも強く輝きを放ち、
 薄赤い唇も、白い肌も、オレンジのベールを被って更に鮮やかさを増し、
 今まで見たどんな芸術コレクションにだってこんな、ここまでは――――――
 
 パステルはトラップの視線に気付き、
「・・・・・・きれいでしょう?」
 まるでトラップの心を見透かしたように言い、柔らかに微笑んだ。
「あ・・・・・・。その・・・・・・っ」
 舌が絡まってしまったのか言葉が出てこない。
 トラップは止まってた心臓が急に動き出したような気がした。
 心臓は止まっていた分を取り戻すために大きく速く鳴り響き、体中がカアッと熱くなる。
 そのくせ、指先からは血の気が失せたように冷たく微かに震えている。
 何か、何かこの女性に言わなくてはならないのに、
混乱してくらくらする頭ではそれが出てこない。
 伝えなくては、でも、一体何を・・・・・・?
 
 
 
「ここはね、多分ガイナの中でも3本の指に入るくらい夕焼けがきれいなところなんだよー」
「あ?」
 トラップは冷水をぶっかけられたように一気に我に返らされた。
 改めてパステルの指差す方をながめると、今まさに建物と森との間に太陽が隠れた所だった。
 つまりパステルが見せようとしたのはその夕日の沈む様子であったのだが・・・・・・・。
「ねー、きれいだったでしょ?」
 ニコニコニコニコと子どもっぽく笑うのはいつも通りのパステルでしかなく。
「・・・・・・そっちのことかよ」
 体中の力がへなへなと抜けて、かくっと肩をこけさせた。
 パステルは頭上に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「そっちって?」
「何でもねぇよ!」
 トラップはヒョイヒョイと先に木を降り始めた。
 たった一瞬、このガイナという町が見せた幻だったのだ。
 時にはこういうこともあるさ、と頭をきりかえしたつもりだった。
「もう、トラップったら。ちょっと待ってよ」
「ったく、トロトロしてんじゃ・・・・」 
 照れ隠しも含めて声を荒げたが、パステルを見上げて絶句した。
 
 そこには幻がそのままの姿で夕日の名残を受けて輝いて――――――
 
 
「あ」 
 
 トラップは自分の手が枝を掴んでいないことに気付いた。
 
 
 
 
 
 
 
 その日の晩餐でクレイは木登りの得意な幼馴染が、
珍しく木から足を滑らせたという話をパーティメンバーから聞いた。
 いつもの幼馴染ならば、そのような不名誉な話は持ち前の毒舌で返すものなのに、
 彼は複雑そうな表情のまま黙ったままだった。
 
「めずらしいこともあるものよねぇ」
「めずぁーしいもあうものよねー」
 パステルの言葉を、子どものエルフが満面の笑顔で真似をした。

<オワリ> 


 
 
 
 
ううー、時間帯が近いとはいえ、なんだか「夜」と被ってる。
できればガイナ初日イメージで。(今言ってもな)

あんまり風景を細かく指定してないつもりだけど、
学校がパステルの家から西にある高い建物であるとか、
庭には子どもが木登りできそうな木がなきゃ駄目とか・・・。
自分設定オンパレード。
 

< 2002.08.04 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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