同じ瞳

 
「じゃあね、マリーナありがとう」
 わたしはマリーナのお店から出ながら言った。
「大丈夫? 送っていこうか?」
 その言葉はまだ夜には程遠い時間で、しかも女の子が女の子に言うセリフじゃないわよ?
 ようするに、ちゃんと宿まで行ける?って言われてるのよね。
 くくう、『方向音痴マッパー』ってレッテルをはがせない身としては何とも言えない。
 それに、どっかの毒舌家ならいざ知らず、マリーナはわたしのことを純粋に心配してくれているわけで。
 わたしはにっこり笑って「大丈夫!」と手を振ったのだった。

 
 さて、何でエベリンにいるのかって?
 誰よ、どうせバイトだろ?なんて言うのは。
 ま、当たらずとも遠からず。
 次のクエストに行く為の準備がてらノルの運送バイトもあったりして、
 じゃあみんなでエベリンに行こうって事になったんだ。
 だから、みんなそれぞれ色んなところに行って、夕方には宿で待ち合わせ。
 ノルはそのお届け物でしょ、クレイは買出し(よくおまけ貰ってくるんだよね)、
 キットンは薬草を見に行くし、トラップは冒険者ギルドとかに情報集め。
 トラップの場合、それだけじゃなさそうだけど自分のお金をどう使おうと勝手だし。
 ただし、他人のにまで手を出さないっていう大前提だけど。
 わたしはマリーナに「よかったら寄ってね」って言われてたし、
 すごく話もしたかったからそりゃもう!って来たんだ。
 そうそう、ルーミィとシロちゃんも一緒に行こうかと思ったんだけど、
 何とキットンがその役を買って出てくれた。 
 びっくりしたら「たまには長話しでもしてきたらどうですか」だって。 
 キットンってマイペースだけど、彼なりに色々考えてるんだよね。
 嬉しくってそれに甘えちゃった。


 砂漠の大都市エベリン。
 ホント何度来ても人が多くてお店も多くて面白いけど危険も多いんだよね。
 ・・・・・・例えばスリとか迷子とか。
 い、いやいやいや、わたしは大丈夫!
 お財布は紐で縛ってるし、マリーナのお店と宿の間の道順はもう完璧で。
 ほら、何度も何度も来てる街だからなんとなーく土地鑑だって備わってきたしね。
 まだ待ち合わせには時間があるから、何か見ていこうかな?
 立ち並ぶお店をぐるりと見てたら一ヶ所で視線が止まった。
 今、見慣れた赤毛が見えたような・・・・・・。
 人込みをなんとかすり抜けるも、そこにいたのはトラップなんかじゃなかった。
 ううん。 サラサラの赤毛も茶色がかった目もそっくりなんだけど、せいぜいこの男の子は7、8歳。
 彼に比べたらぽっちゃりしてるし。(ま、普通くらいってことだけど)
「あにジロジロ見てんだ。
なんか用かよ」
 その男の子は私が見ているのに気付いて不愉快そうに言った。
「あ、ごめんなさい」
 謝ったけど、男の子の口が悪いのまでそっくりだったからつい笑えてきちゃった。
「けっ! ごめんって言えばいいってもんじゃねーよ」
「ごめんなさい。 あんまりにも知り合いにそっくりで・・・・」
 そこまで言ってふと考えた。
 この子、なんで1人でいるんだろ。
 危ないから、普通は大人と一緒にいるでしょ。
 地元の子なら友達と遊んでいそうものなのに、こんな所でじっとして。
 もしもわたしだったら・・・・・・・・・・・・、あ。
 途端に分かってまった。
 あんまり認めたくはないけども、レッテル張られた身のカンっていうのかな?
「あなた、ひょっとして迷子なの?」
 男の子はカァ―――っと赤くなった。
 やっぱりね、図星みたい。
「う、うるせーな!
初めて来た街なんだからしょーがねーだろ!」
「じゃあ一緒に来た人から離れちゃダメじゃない」
 男の子はフンと鼻を鳴らした。
「おやじたちと一緒じゃつまんねーもん」
 それで迷子になってちゃ元も子もないんじゃないのかなぁ。
 でも、その気持ち分からないでもない。 
 自分の見たいものと大人の見たいものってズレてたりするからね。
「それじゃお父さん探しに行こうか。
うーん、警備官の所に行った方がいいのかな」
「それより、ねえちゃん。
あんたこの辺くわしいのか?」
「ね、ねえちゃんって・・・・・・まぁ、それなりには」
「じゃ、おれにつきあってくれよ。 ダチにみやげ買いたいんだ」
 少し迷ったけど、その後で警備官の詰所に行ったっていいわけで。
「わかったわ。
私の名前はパステル、あなたは?」
 男の子は一旦口を開けたのに、閉じてそっぽを向いた。
「ふん、知らないやつに名前教えるような間抜けじゃねーよ」
 ・・・・・・あのねえ。
「あらそう? それなら知らない人について行っちゃ駄目でしょ、じゃあね」
 と、帰ろうとすると男の子は困った顔をした。
 もちろん本当に帰る気は無かったのだけど、何だか悪いことしちゃったかな。
「ううん、言いたくないならいいよ」
 そう言うと、男の子はホッとしたみたい。
 でもちょっとうつむいてしまったのでどうしたのかな、 とのぞき込むと上目遣いでこちらをチラッと見た。
「おれさ・・・・・・前に誘拐されかけた時があったんだ、だあら・・・・・・」
 ふぅん、そっか。 それなら言えないよね。
「OK。
それじゃ、どこに行こうか?」
 頷いて手を差し出すと、男の子はぱぁっと笑顔になってぎゅっと手を握かえした。
 
 
「あのさ、ちっと聞いていーか?」
 男の子の言葉に、つうっと汗が流れる。
 でも何とか笑顔で答えなきゃ。
「なぁに?」
「ここ、さっきも通ったぜ。 まさか迷ってんじゃねーだろうな?」
 ピクッと笑顔が引きつった。
 えーん、だってこの子ったら、「お、あっちのいーじゃん」とか言ってあちこち行くんだもん。
 案内してるはずが、いつのまにかこの子についてゆくので精一杯になっていって、
 最初は分ってたのに、今じゃ、どこにいるのか分らなくなっちゃって・・・・・・。 
 ちなみに土地鑑はしっかり消え失せた。
「またトラップに怒られちゃうかなあ・・・・・・」
 いや、その前に大笑いされるだろうな。 まず間違いなく。
「あんでだよ?
ま、たしかに誉められるこっちゃねーけどさ」
「私マッパーなの。
でも、ちょっと方向音痴で」
「はぁー? マッパーが街中で迷子になんのか?!」
 男の子は信じられないものを見るようにわたしを見た。
 ううう、やっぱねぇ。 普通はならないよね、わかってたけどショック。
「でもさ、あんたまだレベル低いんだろ。
誰だって最初から上手くわけねーし、 冒険してるうちに分るようになるって。 な!」
 慰められちゃうし。 
 あれ? これと似た事昔誰かが言ってたような気がするぞ。
 たしか、ルーミィが落ち込んだ時だったかな?
「あ、トラップだ。 あははは、やっぱりそっくり!」
 つい笑い出しちゃったわたしを男の子は怪訝な顔をして見た。
「・・・・・・誰だよ、そいつ」
「ほら、そっくりな知り合いがいるって言ったじゃない?
同じパーティの男の人でさ、口は悪いし寝起きも悪いしギャンブルに目がないしさ。
盗賊の能力がすごく高いから、逃げ足がすっごく速くってね」
「盗賊なのか、その男!」
 黙って聞いていると思ったら、男の子はひどくショックを受けた顔でわたしの言葉を遮った。
 しまった、似てるっていう人の悪口を言われたら嫌に決まってる。
「あ、でもね。 結構優しくって、頼りになっていい奴なんだ。 本人には言えないけどさ」
 ペロッと舌を出して肩をすくめてみせると、
 男の子はなんだか難しそうに眉をひそめて、人通りに目を戻した。
「あ、オヤジだ」
「ホント? 良かったね!」
 とはいえ、人が多くてわたしにはどの人がお父さんなのか、わからないけど。
 男の子はにっこり笑った。 ふふふ、かわいいなぁ。
「ありがとうな、パステル。 それからちょっと秘密なんだけど」
 何だろう? 手招きしたのでかがんで耳を向けた。
「おれの名前さ、じーちゃんの名前と一緒で嫌だったんだよな。
――――――――だあら、トラップって名前にするよ」
 へ? 
 驚いて男の子の顔を見ると、両頬をガシッとつかまれて。
 視界が遮られて、唇に柔らかな・・・・・・。
 あれ?
 あれっ? 
 あれれぇ―――――――――っ??
 こ、これってば、あの、その、アレじゃないのよっ!?
 ぷはっと男の子は離れた。
「そいつよか断然いい男になってやっから、待ってろよ?」
 ニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべ、きびすを返して走っていった。
 その体格のわりに速い足で、すぐ人の波に消えてしまった。
 ・・・・・・ギアに続いてわたしって何て・・・・・・。
 呆然としてたら、コンッっと頭を小突かれた。
「おーら、隙だらけ」
 それよ。 今まさにそう考えてたのよ・・・・・・。
 振り返ると、オレンジ色のさらさらヘヤーを一つにくくったトラップがいた。
 多分、今のわたしはすーっごく情けない顔をしていると思う。
「あんだー? あ、わかった。 さては、まーた迷子になってたんだろ?」
 いつもの意地悪な笑顔はさっきの男の子と同じ瞳をしていた。
 ふっと重なるその面影に、ドキッとした。
 何でそう思うんだか分かんないけど、まさかとは思うんだけど。
「トラップ。 昔、私とここ歩いたことない?」
 恐る恐るトラップに聞くと、馬鹿にするように大げさに溜め息をついた。
「おめぇさ、もうボケてんの? 大魔術教団の時とか予備校行く時とかあったじゃん」
「だからそうじゃなくて・・・・・・」
「おめえ財布スられたりピーピー泣いてたりよぉ。 どちらにしろ迷子だったよな」
 なんでそういう事ばっかり覚えてるかなぁ?
「もうっ! どうせ私は方向音痴のマッパーですよーだ! ふんだ、いいわよ」
 そうよね、あんなにかわいい子と比べるものじゃないわ。
 するとトラップは私の背中をポンッと叩いた。
「ま、冒険してくうちにマシになってくんじゃねぇの?」
 ニヤッと、でもどこか嬉しそうな笑顔は彼によく似ていた。
 あれれ? 
 な、なんかこんがらがってきた。
「おーい、置いてくぜ?」
 少し先に行ったトラップが振り返って言った。
 それは困るよ、だって独りじゃ帰れないもん。
「待って、今行くってば!」
 慌ててトラップの方に駆け出した。
 そうだね、もっと冒険していけば分るかもしれないよ!


<オワリ>


 
 
 
 
時間ネタで、『トラップ』発祥ネタ。
あれ? これだとパラドックスが起きるんじゃ・・・・・・!
サイト最初の作品からしてコレはどうなんだろう、凄く不吉だ。
少年の想像上人物『トラップ氏』よりいい男になる計画は失敗に。(苦笑)
また、トラップはパステルの問いに、とぼけてるんじゃありません。 
新FQL1巻で言ってる通り忘れちゃったのですよ!(ますますダメじゃん) 何より本当に祖父の名を嫌がっていたわけでは無いと思います。
畏怖しながらもおじいちゃんっ子だからなぁ。

実際はどうなんでしょう、この先でてくるのかな?

< 2002.04.29 up / 2002.05.01 修正up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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