たからもの

 
 大昔の海賊のアジトに行って欲しい。


 なーんて、なかなか冒険者らしくありませんかぁ?
 そんな依頼を持ってきたのは、その海賊の曾孫っていう人なんだけど、彼は全然普通の人で、
本人もつい最近家の倉庫で発見した古文書でその事を知ったんだって。
 いや、古文書なんて言うと大げさだな。 日記よ、日記。
 で、その日記に海賊ベルジードの隠れ家が記されていたのだ。
 ベルジードっていう海賊の名前は初めて聞いた。
 トラップでも名前は聞いたかなってくらいなんだって。
 まぁ隠れ家の場所もそんな危なくはないけど、普通の人が行くのには少しおっかない、そんな所。
 曾孫さんも一緒に行くとか言ってたんだけど、
なんとわたしたちと約束したその場で足を捻挫してしまったんだから気の毒な人だ。
 なんなら日を延ばしても良かったんだけど、その人せっかちで、
何が隠されてるのか知りたくてたまらないそうで。
 そもそも急いでなかったら、わたしたちみたいな低レベルのパーティには頼んでないとかなんとか、
ずいぶんと失礼な事までベットで叫んでいた。
 ま、そんなこんなで、道中小モンスターと遭遇しながらも来てみたのに。

「あんだよー! 入れねーじゃんか!」
 ぶーぶートラップが文句言う通り、海に程近いその洞窟は、落盤があったのかしっかり塞がれていた。
「しかし変ですね、ここらの地盤は固いんです。
地震があったわけでもないのに、落盤があったのはそんなに昔ではありません」
 キットンが虫眼鏡で石を見ながら言った。
「えー? それじゃ、誰かがわざと塞いだってことぉ?」
「わぁーとふしゃーだってことーっ?」
 口真似をしたのはシロちゃんと手遊び(!)をしていたルーミィ。
 そこで、ノルが口笛を吹いて、小鳥に聞いてくれた。
「むかし、男の人が火薬を使って埋めたって言ってる」
「昔って?」
「小鳥のむかしだから、2、3年のことだと思う」
 ふぅん。 小鳥の時間感覚って人間とは違うんだね。
 人間とドラゴンも違うけど、そういうものかな?
 シロちゃんを見るとくりくりしたかわいい瞳をぱちくりとさせた。
「まぁ、しょうがないな。 それじゃあ、帰って伝えるとするか」
 リーダーのクレイの判断で、作ってきたお昼ご飯を食べて帰ることになった。
「ちっくしょー、せーっかくお宝が見れると思ったのによぉ」
 未練タラタラのトラップはお昼を食べ終わって帰る時、一番腰が重かった。
「トラップあんしゃんはお宝が大好きなんデシね!」
「シロ、おめぇな。 じーちゃんがよく言ってたぜ、盗賊たるものは・・・・」
「トラップ、シロちゃんに変なこと吹き込まないでよ」
「なにをー? おれは盗賊の心得をだなぁ」
「別にシロは盗賊じゃないだろ」
「わんデシ?」
「やや! こんな所に珍しいキノコが!」
「ぱーるぅ、おやつはー?」
「食べたばかりでしょ、もうお腹すいちゃったの?」
「いやだからなぁ・・・・」
「いやー、このキノコ結構使えるんですよー!!!」
「うーしゃいおー」
「そそ、うっせーんだよなぁ。竹アーマーファイターさんは」
「空がきれいだ・・・・・・」
「ルーミィしゃん、ぼくのクッキー食べるデシか?」
「わっ! ルーミィ、チョコレートがあるからやめときなさい!」
「だれのせいだ、だれの!」
 ・・・・もう誰が何言ってんだか・・・・。
 それこそピクニックの帰りみたいな気持ちだったのよね。

 海岸沿いの道を歩いていた時だった。
 砂浜があるようなのじゃなくって、絶壁って程ではないにせよ、それなりに高さがあり、
下を覗くと波にうねりがあって、とても海水浴には向かないだろうって場所。
 行きこそ恐るおそる歩いたものの、帰りは慣れもあって潮風を楽しめるくらいには平気になった。
 油断をしていたのかもしれない。
 すぐ前を歩いていたトラップがバッと振り返って叫んだ。
「パステル、危ねぇ!」
「え?」
 トラップの言葉を反芻する前に、わたしの足元がガラッっと崩れた。
「きゃああぁぁぁ!!」
 落っこちちゃう!
 必死で伸ばした手を掴んでくれたのはトラップだった。
 でも、あまりに突然のことで、彼も、わたしも、みんなも反応に遅れてしまったのだ。
 わたしはトラップを巻き添えにして青い悪魔が口を開ける先に落ちて行く。
 地面でないのは良かったんだろうけど、とても不思議な感じがした。
 水面を通り越して、深い深い水の中に引き込まれそうになる。
 ぞっとして、手足を動かして、水面を目指すと手に何かが触れて、ぎゅうっとしがみついた。
 顔がなんとか水上に出るも、波が高いし、岩に当たる波がかかってしっかり息が吸えない。
 海水が目に染みて痛くて、開けらんない。
「うわっ、俺にしがみつくんじゃねーよっ!」
 ああ、これ、トラップだったんだ。
 しがみつくななんて、そりゃそうだけど、でもこんなとこじゃ・・・・・・。
 息を吸おうとしても容赦なく海水が口の中に入ってきて、喉が痛い。
「とらっ・・・・・・」
 名前も、呼べるわけがない。
 腕がだるい、身体が重くなってくる、波に逆えられない・・・・・・。
 ルーミィ、シロちゃん、クレイ、キットン、ノル・・・トラップ。
 わたし、ダメかも・・・・・・。
「っかやろ、気ィ失ってんじゃねえ!」
 トラップの言葉をすごく遠く感じながら、暗いくらい所へ落ちてゆく。
 わたしだって、いきたくなんかないけどさ・・・・・・。

 目を開けると、そこはとてもとても暗い洞窟だった。
 すぐ近くに明りの灯ったポタカンがヌメヌメした岩肌を照らしていた。
「・・・・あれ?」
 わたしは瞬きをして、身体を起した。
「あいたた・・・・・・」
 体中が痛くて思わず目を瞑って唸った。
 痛いけど、体中ビショ濡れだけど、つまり、助かったのかなあ?
 どうやって助かったんだろう? 自力じゃあないだろうし。
「やーっと起きたか」
「トラップ!」
 トラップは洞窟の奥の方から手にポタカンを持ってひょいひょいとやって来た。
 わたしの傍でどかっと座り込んで帽子を脱いだ。
「ったく、手ぇかけさせんなよな。 大変だったんだからな、ここまで運ぶの」
「やっぱトラップだったんだ、ありがと。 でも、ここって・・・・?」
「海賊、ベルジードの洞窟だ。 そこ、少し明るいの分かるか? あっこから来たんだ」
 指の指し示す先を見ると、深い深い水溜りが岩壁まであって、外と繋がってるのか、
注意しなければ分からないくらいほんのり光りが射しこんでいた。
「じゃ、出られるの?」
「いんや。 今は潮が満ちてってるからな。 外から入れても出るのは無理だ」
 やたらきっぱりと否定するわりには・・・・。
「トラップ。 あなた、この状況楽しんでない?」
「へ? いやだねぇパステルちゃんたら。 遭難して楽しいわけねーじゃん」
 そう言いながらも語尾に『♪』マークでも付いていそうなくらい楽しそうなんですけど・・・。
「あ、ああー! わかった、お宝が探せるからでしょ」
 トラップったら口笛吹いて「さぁ、なんのことかなぁ?」なんて言ってはいるけれど。
 すごく嬉しそうなんだもん、全っ然説得力ない。
 ほーんと、この人ってお宝とかが絡むと違うんだよな。
「あのさ、そりゃ最初の目的はそうだけど、今はもっと他に考える事があるでしょ?」
 トラップは服を脱いでぎゅーっと絞った。
 ボタボタと海水を滴り落とし、パン!と上着のしわを取って着なおした。
 わたしもしたいけど、できるわけないでしょ。
 いつだったかもこんなことあったっけ?
「わーってるって出口だろ。どっちにしろ、ここにいたってラチあかねえ」
「わたしも行くからね」
 いつかみたいに置いていかれるのはやっぱいやだ。
 トラップは片方の眉をぴっと上げた。
「歩けんのか?」
「大丈夫、足手まといにならないようにするから」
 本当はちょっと辛いけど、そうも言ってらんないもんね。

 カツンカツンとちょっと引きずった、わたしの足音だけが洞窟内に響く。
 やっぱり、残ってた方が良かったかな? と後悔した。
 彼だけだったらもっと早く進めるわけだし、もしもモンスターに出会ったら・・・・。
「・・・・あのさ、思うんだけど」
「シッ」
 手で制され、黙って彼を見上げる。
 トラップは目を閉じて、耳を澄ましているようだった。
 もしかして、モンスターだろうか。
 ドキドキしながら息を潜めた。
「ん、こっちだな」
 ぱちっと目を開けて右に歩き出した。
 そうそう、マッピングしようかと思ったけど、ノートは水に濡れてしまって書ける状態じゃなかった。
 今まで書いたのも滲んじゃってよく読めないくらい。
 わたし、マッパーなのに、こんなんでいいんだろうか。
 足手まといにはならないとはいえ、役に立つわけでもないんじゃあなぁ。
 ついさっきは言いそびれちゃったけど・・・・。
 はぁ、と溜め息をついた。
 それを聞きとめたのか、くるりとトラップが振り返った。
「どうしたの?」
「モンスターの心配だったら、多分いらねーぞ」
 わたしはつい瞬きをした。
「なんで分かるの?」
「ここさ、どうにも最近まで誰かが住んでた感じがすんだ。
ほら、さっきの曲がり角。 モンスター避けがしてあったからな」
「モンスター避けが?」
 ま、いわゆる聖水の強力版のようなものがあるのは知ってるけど。
すごく徳の高い僧侶とか、ありがたーい神殿でしか貰えないんだよね。
 もちろん買うとすっごく高いのでわたしたちのパーティには縁がない。
「うん。 まさかベルジードがやったとも思えないけどな」
「じゃあどうしてなのかしら」
「さーな。 ま、行ってみりゃ分かるんじゃねえ?」
 あー、こういう時キットンがいたら分かるだろうになぁ。
 ま、考えてもしょうがないなら進むまでだ。
 それに、モンスターの心配がいらないとなると、少し安心した所もある。
 今襲われたら、逃げることも出来ないと思う。
 モンスターが出ないからって安全なわけじゃないけど、出ないなら越したことはない。
 よし、もっと明るいこと考えよう!
「ねえトラップ、ベールジードの宝物ってなんだろうね?」
「そりゃ、海賊の財宝なんつったら、金貨や銀貨、宝石や装飾品に決まってるだろ」
 あっさりと言い切ったものの、なんか、トラップらしくないなぁ。
 いつもだったら「お宝お宝♪」とか言ってスキップでもしそうなものなのに。
 ・・・・や、別にスキップ姿を見たいわけじゃないけど。
 さっきはすごく楽しみにしてたのに、どうしたのかな。
「宝物、楽しみじゃないの?」
 トラップの顔を覗き込むと、口をへの字に曲げて眉根を寄せた。
「人が住んでた気配がするって言ったろ。そいつが持ってった可能性が高いじゃねーか」
「う・・・・。でも、そうとも限らないでしょ。そのまま置いといたとか」
「甘い! あまいあまいあまいあまい!」
 びしっと指を突きつけ、お決りのフレーズを言った。
「おめえなぁ、本気で言ってんのか? んなことあるわけねーよ」
 まあねー。分かってはいるよ。
 でも以前の冒険でコイン一つだけと思ったら実は、なんてこともあったし。
 あの時の銀の縦笛はわたしの宝物だ。
「だけど、期待するだけはいいんじゃない?」
「け、めでたいヤツ」
 すっかり呆れた声だったけど、結構まんざらでもなさそう。
 きっと、トラップも本当は楽しみなんだろうな。
 そんなこんなしていたら、布で隔てられた場所にたどり着いた。
 こんな場所で罠も何もあるわけないとはトラップの弁で、わたしたちは普通に入っていった。

 トラップもわたしも、暫く立ち尽くした。
 
 上のほうから光が入って来るように細工がしてあって、洞窟の中とは思えないくらい明るい。
 今までは暗いところだったから分からなかったけど、青い岩の色が鮮やかに反射しあって、
まるで海の中にいるみたい。
 とても素晴らしい部屋だけど、わたしたちの目を惹きつけたのは、 壁に懸けられた古めかしい肖像画。
 綺麗な貴婦人がやさしく微笑んでいる。
 他に、椅子やテーブルとか、本棚とかはあるけど、この部屋はその肖像画のためにあるんだと思う。
「コレ、なんかあんのか?」
 うっとりとしてたら、トラップったらいつのまにか肖像画を取り外してしまった!
「わー! な、なにしてんのよぉ!」
 もちろん非難の声なんて聞くようなひとじゃない。
 フンと鼻で笑って、取り外した肖像画をぐるりと点検する。
「こういうトコに財宝のヒントがあるかもしんねーだろ」
 ・・・・さすがトラップ。
 その盗賊魂だとかに感心しながらわたしも近くに寄った。
「んで、あった?」
 トラップはいいや、と首を振った。
「ちぇー、やっぱここまであからさまなトコにゃねー・・・・か?」
 肖像画を戻そうとしたトラップの目線の先をたどって思わず「あっ」と声が出た。
 画に隠れてた壁の部分に文字が書かれて(彫られて)いた。
「『我が、最愛の女性・・・・』」
 読み上げて、トラップとわたしは、改めてその女性を眺めた。
 その貴婦人は、時を越えて、かの海賊に微笑みかけているかに見えた。

 そのあと、本棚の中につい最近までいたとかいう人の記し書きがあった。
 海賊、ベルジードの最愛の女性は若くして亡くなったらしい。
 彼女の忘れ形見の子どもの為にも、それまで悪名を轟かせていた海賊は生き方を変えて、
残りの人生を世の為に尽くしたという。
 晩年は、この最愛の女性との思い出の場所で静かに暮らしたそうだ。
 偶然この場所を見つけた彼は、とても感動して、かの海賊の思い出を永遠に残してあげたくて、
洞窟内を清め、入り口を塞いだらしい。
 それでもわたしたちは、トラップの見つけた隠し通路で外に出ることができた。

「ああいうのも、悪くないかもしんねーな」
 外に出れた時にトラップが言った。
「うん、すごいよね」
 頷いて同意したら、何故かトラップは腰に手を当ててハァーッと溜め息をついた。
「死ぬ前に気付いてくれりゃいいんだけどなー」
「はぁ?」
 わたしが首をかしげてると、遠くの方からクレイたちの姿が見えた。
「おおーい! 大丈夫かー!!」
 クレイの声にわたしたちは大きく手を振った。
 そして、手を下ろしながらチラッとトラップを盗み見た。
 ついさっきのトラップの言葉、一体どういう意味なんだろう?
 その横顔からは全く読み取れはしなかった。
 ま、いいや。 また海に来たいな。
 でもその前にお風呂に入ってさっぱりしたーい!


 『我が、最愛の女性
   そして
    我が人生 最高の宝』

<オワリ> 


 
 
 
 
思わず出した固有名詞つきオリキャラ。
オリキャラ出しても浮かないようにするのって難しいですわ;;
盗賊、けっこうさりげに優しいお人って感じにしたつもりですが、
その分詩人さんが・・・・どうなんでしょう?(聞くな)
 
< 2002.05.24 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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