ガイナの夜更け

 
   もう二年。
 だが、まだ二年。
 
 
 
「つまり、パーティ組んでそんなもんってことか」
 トラップは白い息とともに呟き、ぽつぽつと灯りがもれる景色を見回した。
 町はモンスターに壊滅状態にまでされたらしいが、言われでもしなければ気付くこともあるまい。
 それでも知っている身としては、花壇を作るレンガが不自然に削れていたり、
家の壁の無数の小さな引っかき傷などが嫌でも目に入ってしまう。
 いや、これはつい目端をチェックしてしまう盗賊稼業の性なのかもしれない。
 だとすれば、盗賊の技を磨くのも随分と因果なことではある。
 例えば、町の人々の歓待に満面の笑顔で応えていたにも関わらず、
自分の家の扉を開く時に手が震えていたことに気付いてしまう。
 くるりと振り返って「ここがわたしの家だよ」と浮かべた笑顔が
いつもとは違う事を告げるのはあまりに残酷で、何を言ったらいいのか分からなくなった。
 幼馴染にしてパーティのリーダーのクレイは「へぇ、いい家だなぁ」とパステルに優しく微笑みかけた。
 ――――――俺には出来ない芸当だよな。
  
 
 フーッと長い息を吐いて、白い息が煙草の煙のように形を成した。
 自分では分からないが、先程まで歓迎会だなんだと飲まされた(自ら進んでいった気もするが)
酒の残り香が、静かな夜空に溶けていく。
 宴会は9時にはキッチリお開きになり、二次会に繰り出そうとする者も出ずに皆家路に着く辺り、
さすがパステルの生まれ育った町だと妙な感心をしたものだが、
トラップにとっては寝るには早すぎてもう少し飲むかと家から出てきたのだ。
 が、さすがにパステルの故郷。
 酒場の扉には、もう既にclosedの札が掛かっていた。
 このままおめおめと帰るのも何だか情けない。
 結局、適当に散歩をして帰ることにして今に至る。
 あらかた歩き回ってしまい、身体も冷えてきた。
 これで風邪でも引いたらパステル達に「だから言ったのに」とか言われでもして馬鹿にされかねない。
 まぁあのお人好し連中がそんな台詞を吐かないとしても、
パーティ仲間の故郷で寝込むというのは、正直いただけない。
 そろそろ帰るか、と踵を返した途端に声をかけられた。
「ああ、ここに居たんですか。捜しましたよ、トラップさん」
「あんたは・・・・・・。 えーっと、ジョシュアだっけ?家で何かあったのか?」
 そう急いだ様子もないので、それはなかろうと心で付け加えながら。
 ジョシュアは冬なのに浮かんだ汗を拭って首を振った。
「いえ、お帰りが遅いので道に迷われたのかと思いまして。
パステルお嬢さんたちは大丈夫と言ってましたけど、どうにも心配で」
 トラップはやっぱパステルのトコの使用人していただけはある、と心の中でずっこけた。
「迷子って、パステルじゃあるまいし」
 言うと、ジョシュアは苦笑した。
「お嬢さん、ちょっと方向音痴ですからね」
「ちょっとだと?! 俺たちがどんだけあいつの方向音痴で厄介なことになったか知ってんのか?」
 ここ数回のクエストですら何度迷ったことか知れない。
「ええ。その度にトラップさんに怒鳴られたと手紙で教えて下さいますから」
 だったらちょっとどころじゃねーだろ、と心の中でうめく。
「ご無事で何よりです。まだどこか寄って行かれますか?」
「どこもかしこも閉まってんじゃねーか。もう帰るとこだよ」
 では、とジョシュアは神妙な顔をした。
「よろしければ、少し付き合っていただけませんか?」
 
 
 連れて来られたのは町外れの墓地だった。
 ぱっと見ただけでも2年前の日付の刻まれた墓石は多かった。
 大きな墓石もあれば、小さな、子供の墓石もあった。
 町なかも人が少なかったが、墓地には誰もいなかった。
 こんな時間だから当然と言えば当然だが。
 ジョシュアは迷うことなく二つの墓石の前に立った。
 雪が薄っすらと積もってはいたが、誰の墓であるのかは容易に分かる。
 軽く雪を払いのけると『 =KING 』という文字が出てきた。
 トラップは盗賊帽子を脱いで心臓の上に当て、目を閉じた。
 モンスターの犠牲者である彼等の敵討ちはできないが、冒険者として心に誓う。
 微力ながらもモンスターと戦うことを。 
「で、何なんだ? 黙祷させるためだけに連れてきたんじゃないんだろ?」
 トラップは目を開いて帽子を被った。
「お願いがあるんです、お嬢さんのパーティ仲間のあなたに」
「厄介ごとならゴメンだぜ」
 ひょいっと肩をすくめて見せて、先を促した。
「お嬢さんが冒険者になると言ってこの町を出た時、
正直なところ僕はすぐに帰って来るだろうと思っていたんです。
お嬢さんの書く小説を読んだり手紙を見ても何だか危なっかしくって」
 ジョシュアはかじかんだ指先をさすった。
「でも、あなた方と一緒に帰ってきたお嬢さんを見て考えを改めました。
危険だけれど、あなた方と一緒ならば安心できます。
どうか、パステルお嬢さんをよろしくお願いします」
 トラップは目を瞑って深く溜め息をついた。
「よろしくっつっても、パーティが解散したりあいつが結婚したら見てらんねーぞ」
「ええ、ですからその時まで」
「わーったよ、出来る限りサポートしてやる。
でも特別扱いはしねえ、パーティの仲間としてしごいてやるさ。 これでいいか?」
「はい、ありがとうございます。では帰りましょうか」
 トラップはジョシュアについて出口に向かった。
 ふと疑問が浮かぶ。
「なんで俺なんだ? こういうのはパーティのリーダーに言っとくもんだぜ。 あいつの家、代々騎士だしよ」
「ええ、クレイさんにも言います。でも――――――――」
 ジョシュアは真面目な表情を崩していた。
 どこか訳知り顔で苦笑する。
「僕はあなたに頼んでおきたかったんです」
「はぁ?」
 さっさと墓地から出て行くジョシュアをぽかんと見送るトラップ。
 どういう意味か、首をひねるがそれで分かれば苦労はしない。
 
 

 パステルを お願いします 

 
 
 
 ふいに耳元で声がした。 
 トラップはバッと振り向いたが、誰もいない。
 暗い墓地で足元の雪にはトラップたちの足跡しかない。
「今のは・・・・・・?」
 男とも女とも取れる声、あるいは男女が一緒に言ったのか。
 トラップは驚愕の表情を浮かべていたが、しだいに唇の端が上がっていった。
 誰なのか、容易に分かった。
「ったく、勝手な事ばっかいいやがって」
 ぶつぶつ文句を言いながら帽子をいったん脱いで、被りなおす。
「トラップさん、どうかしたんですか?」
「何でもねぇ、今行く!」
 出口から呼びかけるジョシュアに返事をして奥の二つの墓に視線を戻す。
 

「まかせな」
 にやりと笑ってそう言いうと、トラップは歩き出した。
  
 
 
 次の日、パステルがドーマに行くと言い出してまた厄介な冒険が始まるわけだが、

 それはまた 別の話。

<オワリ> 


 
 
 
 
何ですかね、ジョシュアもトラパス派?
周囲はトラパス推進派でガッチリ固めた設定で!(怖)
トラパスなんだけどトラ→パスにトラップ自身認めてはいない、
そんな時期のイメージで。
 
< 2002.06.21 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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