くちぶえ

 
 

 ふとパステルが言った。
「トラップって口笛うまいよね」
 
「は?」
 おれはベットに寝転がって吹いていた口笛を止め、 顔の上に乗っけてた帽子をどけてパステルを見た。
 パーティの中でよく口笛を吹くのは、おれか小鳥と話す技能を持つノル。
 クレイやキットンは普段やらないが口笛を吹けないってわけじゃないだろう。
 ノルのように鳥と意思疎通できるような芸があれば別だが、 口笛が吹けて何があるってわけでもない。
 唐突にパステルが言う意味がわかりゃしねえ。
「口笛がどーしたってんだよ?」
 いつものごとく、みすず旅館の一室でおれは昼寝をし、パステルは小説を書いていた。
 パステルはペンを止めてこちらに振り向き、
「ねぇ、わたしも口笛吹きたい。 どうやるの?」
 ベットの傍らにまで椅子を引きずってきた。
 小説はいいのか? 気分転換のつもりか?
 こういうとこよくわかんねーよなぁ、たかが口笛に。
 まぁルーミィやシロはついさっき外に遊びに行ったし、他のメンバーも出てるし。
 大方、暇つぶしに口笛を選んだってトコか。
 わくわくと目を輝かせるパステルに何を言っても無駄だとあきらめた俺は渋々と上体を起した。
「どうやるつってもなぁ」
 口で説明するもんじゃねぇだろ。
 めんどくさいので軽く歌の一節を吹いて見せた。
 ちなみに曲はかの名曲『ダンジョンブルース』、我ながら渋い選曲だな。
 パステルは食い入るように見て、首を傾げ、やがて「うん」と頷いた。
 タコみてぇに口を突き出して息を吐く。
 ・・・・・・なんか、『音がするかもしれない溜め息』ってカンジだ。
「あれ、こうでしょ? おかしいな」
 また、息が出てる程度の音がする。
「息が強すぎんだよ。もっと、そっとやってみ」
 おれがアドバイスすると「そっか、なるほど」と手を打った。
 おいおい、本当にわかってんだろうな。
 疑惑は見事に的中し、パステルの口からは弱々しい息が出ただけ。
 おれはこれ見よがしに、ふかぁーく溜め息をついた。
「おめえ、へったくそだなぁ。よくもまぁそこまで失敗できるもんだ。かえって器用だな」
「そんな言い方って酷いと思うわ!」
 パステルは眉間にしわを寄せて頬を膨らませた。
「けっけっけ。 そのまま吹いてみろよ、音が出るかもしんねーぞ」
 頬を膨らませると唇がすぼまるんでそう言ってみた。
 パステルは目をぱちくりさせたが、口笛の師の言葉に従うことにしたらしい。
 
 ばぁ――――――か。
 んなもん嘘に決まってんだろ。
 口笛吹く時とは位置が違うんだ、ぜってぇ無理だ。
 おれはパステルには見えないように小さく舌を出し「だましたのね!」とかいう言葉を待った。
 が。
「・・・・・・―――♪ あっ、できた! ねぇ、今のってそうだよね?!」
 んな馬鹿なことあるかい!!
 おれは「やったあ」とばかりに立ち上がったパステルの口の構造を調べたくなった。
 いや、脳の構造かも。
「うれしい! そっかぁ、ワザと怒らせたのね。 ありがとう、トラップ!」
 パステルはぴょんぴょん飛び跳ね、おれの手を引っ掴むと上下にブンブン振ってくる。
 くっ・・・・・・何にだか知らねぇが、してやられた気分だ。
 このまんまじゃ腹の収まりがつかねぇぞ。 畜生、何かねぇか? 
 こう、パステルがびびるようなやつ。
「そういえば、女はあんまり口笛吹いちゃいけねーんだとよ」
 嬉々として音階も何もあったもんじゃない音を吹いてたパステルはピタリと止まった。
 どこか不安そうな顔でこちらを見る。 それで充足感は得れた。
「なんでダメなの?」
 ・・・・・・どうしてだっけ?
 ふと思い出したから言ったんだが、理由の方を忘れた。
 誰が言ってたっけ?
 ずいぶん昔の、まだドーマにいた頃だったと思うけど。
 おれがなかなか言わねぇもんだから、パステルは椅子に座ってまた唇を尖らせた。
 どこかを見ているようで見ていない瞳で音を紡ぎだす。
 『口笛ごとき』とはいえ、パステルにとっちゃ達成感があったんだろう。
 唇を尖らせた笑顔という変な表情を浮かべていやがる。
 ここで「口笛吹きながら笑ってんじゃねぇ」とか言ったら怒るんだろうな。
 それとも、また口笛の指導と勘違いするだろうか。
 おれの視線に気付いたのか、パステルは口笛を吹いたまま首を傾げておれを見上げた。
 
 薄くひらき、尖らせた、淡いピンクの唇。
 
 心臓が 鷲掴みにされた。
 
 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


  トラップ、そう口笛吹くんじゃないよ、みっともない。
  けっ、知るかよ。 いーじゃん、口笛くらい。
  ったく・・・・・・。 ま、女の子じゃないからまだいいけどねぇ。
  へ? あんでだよ?
  だって、こう・・・・・・唇を突き出してさ、
 
 ”キスをして”ってせがんでるみたいじゃないか
 

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪


 
 思い出した。
 おれがあんまりにもピーピー口笛吹いてたから母ちゃんが言ったんだ。
 あの後「んじゃ親父の前じゃ吹くわけ?」って言ったらはっ倒されたっけ。
 それにしても。
 思い出したら能天気に口笛を吹くパステルまで意味深に見えてくる。
 そのはしばみ色の、おれを見上げる瞳が、何かを要求しているように。
 その柔らかそうな唇が言葉を紡いでいるように。
 
  どうか、わたしの唇を奪って
 
 おれは唾を飲み込んでのどを潤わせた。
 据え膳喰わぬは男の恥だってじーちゃんも言ってたっけ。
 でも、これって据え膳なのか?
 迷う意識とは逆に、あるいは本能には忠実に。
 おれの手はパステルの白い頬へと伸びてゆく。
 もう、どうなったってかまいやしな
 
「トラップ?」
 いいわけねーだろ!!
 パステルの頬に触れる直前だった手を慌てて引っ込める。
 おいおいおい。何しようとしてたんだ、おれは?
 相手はパステルだぜ、でるトコ引っ込んで引っ込むトコが・・・。
 まぁ、昔に比べりゃちったぁマシになったけど・・・・・・いやそれは置いといて。
 そんなに欲求たまってんのかよ、冗談じゃねえぞ。
「ちょっと、どうかしたの?」
 無意識におれからの防衛に成功したパステルは不思議そうな顔をした。
「いや、おめえが調子悪そうだからさ。その、なんだ。熱があるんじゃねぇかと思って」
 舌が回ってないことも笑顔が引きつってることも分かっちゃいるがどうしようもない。
 パステルもさすがに奇妙さを感じ取ったのか眉をしかめた。
「わたしは元気だけど? トラップのほうが熱ありそうだよ」
 そう言っておれの額に手を伸ばす。
 うげ! 何すんだ、こいつ。逃げるか?
いや、今逃げ出したらそれこそ不自然だし、下手したら気まずくなる。
 何より、パステルから逃げるなんて馬鹿な真似できるかってんだ。
 おれの中の葛藤など露知らず(そりゃそうだが)パステルは俺の額に手を当てた。
 と思ったら前髪をかきあげて、パステル自身が近づいてきやがった。
 おい、まさかアレか?
 なんつーか『おでこゴッツン☆』ってアレ。
 ざっけんな!!
 いくらなんでも意識してる時にできっかよ、んなアホな事!
 何考えてんだよ、この鈍感女は!
 あぁー・・・、おれが一方的に意識してるなんて分かるわきゃねーよな。
 対処を考える前にパステルの顔が目の前にあった。
 パステルはそっと両目を閉じた。
 畜生、ガードの甘いおめえが悪いんだからな!
 泣いたって喚いたって知んねーぞ、おれも男だやってやらぁ!
 
  
  ガッツン☆ 
 
  
「いったーい! 何するのよ!」
 パステルは涙目になりながら額を押えておれを非難した。
 くそう、心のどこかで「この意気地なし!」っつー言葉に耐えてるってのにこの女。
「ケッ! 隙見せっからそーなんだよ、ばぁーっか!」
 よくぞプライドを守った、おれ!
 心で男泣きに泣いて己を誉め、部屋から出てくことにした。
 このまま部屋にいさせてくれるとも思わないし、昼寝する気にもなんねぇ。
 第一、この状況でいつまでリミッターが保つかわかんねぇし・・・・・・。
「あ、そうだ。待ってよ」
 まだ頭突きの痛みが引かないのかパステルは額を撫でている。
 おれは不機嫌な顔を隠す気もなく振り返る。
「結局、なんで口笛吹いちゃいけないの?」
 
 『キスをしてって』
 
 耳の中に大音量で聞こえる。
 それは、不思議そうな顔をするパステルの声に自動変換されて。
「ねぇ・・・・・・?」
 やたらと甘ったるく聞こえる声を頭から締め出して、
 「蛇が来るからだよ!」
 捨て台詞としてはなってないし、そもそも「知るか」で済ませてもよかったが。
 とにかく、部屋から出た。
 扉を閉める寸前、パステルが少し頷き、ハッと顔を上げるのが見えた。
「ちょっとー! それって夜中に笛吹くとってやつじゃ・・・・・・」
 うるせぇ。
 はぁ・・・・・・。なんかおれ、情けなくねぇか?
 過剰に反応したり、おろおろしたり。
 これってなんて言うんだっけな。『惚れた弱み』とか・・・。
 惚れた?
 ま、まっさかなぁ?
 目の前にまで近づいたパステルの顔を思い出すと熱くなってくるが。
 まったく、額で熱測るなんてルーミィじゃあるまいしよ。
 普通やんねぇだろ、同年代の男に。
 ・・・・・・まてよ。
 パステルにとって、おれってルーミィとかと同レベルなのか?
 
 
 
 ・・・・・・なんだか更に情けなくなってきた・・・。
 

<オワリ> 


 
 
 
 
ギャグになるとトラップは痛めつけられ易い。
そんな方程式はウチだけでしょうか。
でも女の子に頭突きはいかんですな。
   
< 2002.05.26 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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