入り明け宣言

 
 わたしを『家族』と迎えてくれた家は、とても賑やかでした。
 子どもが2人いますから老夫婦だけのお宅よりは賑やかでしたが、普段より何倍も賑やかでした。
「はい、結構ですよ」
 お世話になっている老夫婦も子ども2人も今はそれぞれ出ています。
 普段はない声が部屋に響きました。
「薬草は必要ないくらいですが栄養は摂って下さい。根野菜たっぷりのスープなんていいですよ」
 風邪気味だったおじいさんはまくっていたシマ柄のシャツを直しながら拍子抜けしたようです。
 三軒となりのおじいさんは目をシバシバさせました。
「しかしのう…。わしはしっかり治す薬を貰えるもんだと思っていたんじゃが」
 ちらっとわたしを見ました。
 わたしはすぐに薬草を、とは言っても普段から食べられる野菜などを出していたのです。
 どうやら、おじいさんは今日の見立てが不満のようです。
 これは困ったことになりました。
 今日の診察はいつものわたしのものよりずっと確実なのだとどう伝えたらよいのでしょう。
 しかし、全く動揺せずに頷く人がひとり。
「なるほど。薬を持っていると安心ですからね。万一の為によく効く薬を出しましょうか……。スグリ」
「はい、何でしょう」
「タカノツメはありますか? 籠いっぱい差し上げて下さい」
 わたしは驚きましたが、当の本人のおじいさんはもっとぎょっとして立ち上がりました。
「なんじゃ、嫌がらせかね!」
「とんでもない。トウガラシは発汗作用もありますからよく効きますよ」
「そ、そうなのかい……。物知りでおいでだね」
 落着いた説明におじいさんは納得して座りなおしてくれました。
「いやあ、これも血筋ですかねえ。調べ研究する事が好きでして。雑学ばかり増えてしまうんですよ。
色んな事を話すものだから仲間からも雑念が多いなんて誉められてしまってね。
ああそう、血筋とは、わたしもスグリと同じキットン族でして」
「ちょ、ちょっとすまんがね、わしゃ用事があるんじゃ。あんたらの血筋とやらは今度にしとくれ」
 おじいさんが手を上げて言いますと、立て板に水を流すようでした話はぴたりと止まりました。
「そうですか、それではまた今度、お時間がある時に」
 キットンさんは特別残念そうでも嬉しそうでもありません。
 慌てて出て行くおじいさんに気をつけるよう軽く注意すると、次の人を呼びました。

「お疲れ様です」
 キットンさんに診てもらおうと午前中から来ていたお客さんがめいめい帰られたのは、
途中で簡単な昼食を挟み、午後もすっかり回ってしまってからでした。
 村に馴染むきっかけになればとペルメナのご近所さんの健康の相談に応えるうち、
何が評判になったのか、医者にかかるまでもない人が相談に訪れるようになりました。
 それを聞いたキットンさんが一度まとめて健康診断をしてみてはと提案して下さり、
よくいらっしゃる方に声をかけ、わたしより腕の確かなキットンさんに診てもらうことにしたのです。
 平気そうでも堪えたのか、キットンさんは淹れたてのお茶をおいしそうに飲んでくれました。
「いえ、スグリこそ付き合わせてしまってすいません。疲れたのでは?」
「横で少しお手伝いしただけですから。キットンさんが皆さんを診て下さって助かります」
「だっはっは。そう言われたら数日だけでも医者のまね事をした成果があったというものです。
しかし、来た人たちみんながスグリを信頼しているのはよく分かりましたよ」
 ドヌトではキットンさんに命を救われた方がたくさんいたと聞きました。
 そんなキットンさんに信頼について言われますと恐縮します。
「この村は本当に良い方ばかりで……。いえ、以前いた村も良い方ばかりですけど」
「まあ、ペルメナとドヌトについては同意です」
 キットンさんは意味深に肩をすくめました。
 ……もしやキットンさんと別れて最初に着いたルバル村のことをご存知なのでしょうか?
 大変に情けないことに、わたしはルバルの村ではうまくいかずに倒れてしまったところ、
運良くこの家主のフーリエさんに助けられてドヌト村に住むことになったのでした。
 ルバルだって命が奪われることはなかったのですから悪い村ではないのです。
「それはそうと、スグリはいつも家の仕事の傍らで薬草の調合をしていたとか?」
 誤解をさせているなら解かなければと思った矢先で話題は移ってしまいました。
「え、ええ。キットンさんは冒険の合間にされていたのでしょう?」
「レベルは高くないパーティなので冒険と冒険の合間のアルバイト期間が一番長いんですけどね」
「そうなのですか? きっと沢山お役に立ってらしたのでしょう」
「さあ。どうでしょうね?」
 キットンさんは再び首をすくめて、今度は少し笑いました。
 何か深い意味があるのでしょうか?
 思い過ごしかもしれませんが、昔……3年程前に別れた時とは印象が違います。
 頭の回転の反映される口数は相変わらず素晴らしいままで、思慮深くなられたような。
 俗っぽく言うのであれば、そう、かっこよくなりました。
 はっ! な、なにを考えているのでしょう!
 見とれている場合ではありません。
 せっかく二人きりの時間なのですから、もっとお話しなくては。
 今度こそ、もしかしたら誤解を与えている可能性のあるルバルについてなど。
 でも今さら話を戻してしまって気を悪くさせてしまわないでしょうか?
「アルバイトといえばですね、パーティにいる子犬のようなホワイトドラゴンはバイトで行った先で、
ひょんなことから入り込んだダンジョンにいたんですよ」
 ルバルのことを持ち出しても良いか迷ううち、またキットンさんが話をしてくれました。
「それは、不思議な縁ですね」
 どうせならもっと上手に言葉を撰べないものでしょうか。
 ああ……自分の口下手さが恨めしくなってきました。
 ふと窓の外を見て、わたしは勢いよく立ち上がりました。
 間が悪い、とはこんな時を言うのでしょうか。
「ごめんなさい! 雨が降ってきたので洗濯物をしまってきます」
「わたしも手伝いましょう」
 疲れているはずなのに、キットンさんは優しく申し出てくれました。
 わたし一人では時間がかかるのと慌てていたために厚意に甘えてしまったのです。

 雨はわずかで、取り込んでる間にみるみる弱まってきました。
 空を見上げれば青空も見えます。
 手伝って下さったキットンさんにひどく申し訳ありません。
 場を和ませることもできなければ親切も無にするなんて……。
 まったく、わたしときたら妻失格で、キットンさんに合わす顔もありません。
 それに対してキットンさんはとても出来た旦那さまなのです。
 謝っても笑って許すばかりか、湿っていた洗濯物を干す手伝いをまでしてくれました。
「あ。そういえば『梅雨』というのを知ってますか?」
 急にキットンさんが言ったので、うなだれていたのに思わず顔を上げてしまいました。
「あの、雨季のようなものだったでしょうか?」
 キットンさんは乾いたシーツを軽くたたんで籠に入れながら頷きました。
「梅雨入りと明けの発表に明確なものはなくて、人が考えて判断してるらしいですよ」
 それは知りませんでした。
「まあ……! その方は責任重大ですね」
「1日違えば様々な商売の売上に影響するらしいですからね」
「自然相手ではさぞ難しいでしょうに。なんて大変なお仕事なのでしょう」
「でもね、そういう曖昧なものの判断は誰だって経験すると思いますよ」
「? そうですか?」
 そのような責任を伴う判断は滅多にないと思うのですが。
「例えば、わたしは珍しい植物やモンスターに目がありません」
「はい」
「それから、色っぽい女性がいたらつい目で追ってしまいます。一瞬だけですよ!」
 キットンさんはハッキリと断定したかと思うと目を泳がせました。
「あ、いや、すみません。もう少し長いかも」
「……はい」
 見も知らぬ色っぽい女性に、少し嫉妬してしまいました。
「それと、スグリ。あなたに抱く好意は同じか、違うか」
「はい?」
 いったい、何を言わんとしているのでしょうか?
 混乱しているのを見てか、キットンさんは一息ついて、続けました。
「ただ同族愛なのか、恋だったのか。けっこう悩んだんですよ、その辺りの線引き」
「え……」
「更に悩んだのは逆にあなたの恋愛対象内に入れるかどうかでしたけど。
心臓が潰れるような、胃がねじれるような気分を味わったもんです」
 そこでキットンさんは人差し指を自分の口の前に立てました。
 ひみつ、というジェスチャーです。
「わたしの兄弟やパーティの連中には内緒ですよ。ぜったいからかってきますから」
「し、知りませんでした」
 わたしはただ驚くばかりで、ようやくそれだけ言えました。
 キットンさんはいつだってマイペースで、でも周囲に気を配る素晴らしい人でした。
 自信家ではありませんが、物事の判断や答えに迷うなんて。
 にわかには信じられないことでした。
「今でもスグリを前にすると不安になります。立派な夫とは口が裂けても言えませんからね」
「そ、そんなこと!」
 どうしてキットンさんが立派でないわけがあるでしょう?
 しかしご本人は「あああ!」と叫んで頭をかきむしってしまいました。
「わたしときたら緊張で余計なことばかり。よく注意されるんです、喋りすぎだって」
 今なんと言いましたか?
「あの、キットンさん。緊張されてたんですか?」
「恥ずかしながら。スグリが落ち着けてくれようとしてるのだと思ってもなかなか」
 照れくさそうにはにかみました。
 キットンさんからはそんな風に見えていたのですね。
 思わずおかしくなって笑いが込み上げてしまいました。
「そうですね。我ながら変だと思います。ぎゃっはっは!」
 わたしに合わせて、キットンさんがぎこちなく笑ったので、慌てて手をふりました。
「あ…っ。違います。その、わたしもキットンさんの前で緊張していたのです。……夢のようで」
 キットンさんはぽかんとしたかと思うと本当に愉快そうに笑い声を上げました。
「なんだ。意外と似た者夫婦のようですね、わたしたち」
 フーリエさんもマイダさんも、トムダやリムダ、他の村の人たちがわたしたちを似ていると言います。
 キットン族でない方からすると見た目がそっくりなのだとか。
 でも、外見だけでなく、わたしたちは似たところがあったようです。
「はい!」
 まるで花が咲くように嬉しい気持ちで答えることができました。
 改めてする一服は先ほどよりも素敵になりそうです。
 ルバルのこともきちんと伝えることができるでしょう。
 キットンさんはかごを片手に持ち、逆の手をいつかの時のように差し出してくれました。
 わたしはいつかの時よりも力強い手と自分の手を重ねました。
 わたしたちは家へと向かいました。
 そして、その途中でそっと囁いて、笑い合ったのです。

「あなたに出会えて嬉しいです」

<オワリ> 


 
 
 
 
いつか書きたかったラブラブ(?)キッスグーv
でも捏造もさることながら偽度も高くてすいません……。
スグリは頭のよくて気立てのいいかわいい子なのに!
 
< 2008.09.28 up >
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