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「帰りが遅いから迎えに行ってくれ。 起きてるんだろ、トラップ」  
 クレイの言葉に片目を開けた。
「……誰の?」
 ベットに寝転んだまま、分かった事を敢えて尋ねた。
 すると、つたない足音がしてルーミィとシロが入って来た。
 ルーミィはクレイの服の裾をぐいぐい引っ張る。
「ねー、ぱぁーるは? ぱぁーるどこいったの?」
 クレイは澄んだブルーアイを少し困った顔で見て溜め息をついた。
「こういうわけだから」
 ひょいとルーミィを抱き上げてこちらを向いて言った。
 上体を起してめんどくさそうに首を鳴らせる。
「あんでおれが?」
「おまえ、昔っから探しものとか得意じゃないか」
 至極当然なことだ、とでも言うように苦笑した。
「べつに探しに行かなくたっていいかも知んねぇだろ。 それに」
「文句言ってるなって。 彼女、きっと迷子になって泣いてるぞ」
 そう言うと引っ掛けてあったジャケットを投げて寄越した。
「ぱぁーる、まいごなのぉ?」
「大丈夫。 トラップが探しに行ってくれるから、すぐ帰ってくるさ。
それまでお絵かきでもして待っていよう。 さ、シロもおいで」
 トラップの返事も聞かず、勝手なことを言って一人と一匹を連れて部屋を出て行く。
「頼んだぜ」
 肩越しにしっかり釘をさして、扉を閉めた。
 また静寂が戻って、トラップはジャケットに目を落とした。
「それに……他の男が一緒かもしんねぇだろ」
 可能性の一つを口にすると、深い溜め息が出た。
  
 
 気が乗らないから、なんていう理由で放っておくわけにはいかないものの。
 実際、パステルの姿を捜すために町をうろつくのは気が重かった。
 ジャケットを羽織って外に出てみると、夕暮れがせまって、冷たい初冬の風が肌をさしてくる。
 ポケットに突っ込んだままだった手袋を取り出してはめた。
『誕生日、おめでとう!』
 明るい色のグローブに、あの笑顔が重なって見えた。
 寒いと盗賊の仕事が辛いだろうから、という言葉と一緒にくれた。
 五月始めの誕生日に? これから暑くなる季節なのに?
 ついそう言ったら、『あ! そっか!』と手を口に当てて驚いた。
 さすがに、貰ったプレゼントにケチつけるのも悪いと思い、礼を言った。
 また、少し驚いた顔をして『よかった』と、はにかんだ笑顔を見せた。
 こういう女だよな、こいつは。
 あの時は笑いを堪えながら、そう思ったか。
 何を分かったつもりになっていたんだろう。
 昔の自分に腹が立ち、道端に転がった小石を蹴っ飛ばした。
 石は渇いた音を道に響かせたが、それで苛立ちが収まるはずもなかった。
 もう一度蹴っ飛ばすと、止まっていた馬車の下に転がって行った。
 まるで嘲笑しているかのように見えて、舌打ちをした。
 面白くもない。
 憮然としながら、町の地図を思い浮かべた。
 この中でパステルの行きそうな所といったら雑貨屋とかだろうか。
 町中にいるとしたらそのあたりだろうと足を向けたのだが、それらしい人物は見当たらない。
 森にでも入り込んでいたら厄介なことになる。
 城壁があるような街ならばまだしも、この街は細い道が何本も森に続いている。
 方向音痴なくせに好奇心の旺盛なマッパーが行きそうなものである。
 トラップは口をへの字に曲げた。
 珍しい物を見つけてフラフラ森に入っていくパステルの様子があっさり想像できてしまう。
 焦っても仕方がない、と森の方に走り出したい衝動を抑えた。
 先にここらの店の中を覗いてから、走ればいい。
 キッと面を上げて、周囲を注意深く見渡した。
 通り過ぎようとしていた視線は、一軒の出店で捕まった。
 鈍い音を立てて、体中の筋肉が強張っていった。
「これ……」
 喉が渇いていく。
「いいでしょ、それ。 お兄さん、彼女にどう?」
 やたらと人懐っこい笑顔の男はトラップの見ていたペンダントを持ち上げた。
 天使が小さな宝石を抱えたペンダントトップ。
 忘れようが無い。
 嫌でも思い出してしまう、ギアがパステルに贈ったものと同じ型のペンダント。
「あんた盗賊みたいだから分かるだろ、宝石は本物だよ。 まけてあげるからさ」
「いや、違うんだ。 おれは……それにすっかな。 いくら?」
 トラップは男に動揺を見破られないように商品を見回して、赤色のリボンを指差した。
「これ? こりゃ売り物じゃないって。
そういえばさっきこんな感じのリボンをした女の子がいたんだけど、白い皮アーマー着てたんだよ。
最近はあんなに普通のお嬢さんでも冒険者やってるんだねえ」
 パステルだ!
「そいつ、どっち行った?!」
 男はトラップの掴みかかりそうな勢いに目を白黒させた。
「向こうだったから、多分森に入って行ったと思うけど」
「やっぱりか、あの馬鹿……。 サンキュ、助かったぜ」
 ぐらっと眩暈がしたが、手がかりを提供してくれた男に感謝した。
「待ちな、サービスだ」
 ポンと投げたのは巻いたリボンだった。
 トラップは手の中のリボンを眺め、ちらっと店先を見た。
「あいつ……ひとりだったか?」
 露天商の男は不思議そうな顔をした。
「なんでもねえ、ありがとよ!」
 トラップは慌てて駆け出し、その場を後にした。
 
 
 全く、俺はどうしたんだ?
 森の入り口でスピードを落とし、溜め息をついた。
 パステルを捜すことに躊躇を覚えたのはあのペンダントの贈り主が発端だった。
 姿が見えなくっても、以前だったら深く考えずに迷子だろうと決め付けて捜しに来れた。
 しかし、奴が現われてパステルの隣に立った時、
それまであえて、あまり考えなかった可能性が実は大きいことに気付いた。
 ひとりでいるなら泣いていようが喚いていようが、飛んでって捜しだしてやる。
 でも、誰かと一緒にいるのかもしれない。
 その光景を見たら俺の中の、この厄介な呪いは解けるのだろうか?
 諦めなければならないと、どれほどの夜に言い聞かせても消えなかった。
 それでも納得しなけりゃならないのに。
 張り裂けそうな痛みは、辛くて、悲しくて、苦しくて。
 堪らず、足元の落ち葉の山を蹴り上げた。
 舞い上がった落ち葉の中に14歳の時のパステルが見えた。
 最初に会ったのは、こんな森だった。

・・・・もしも、なんて意味の無いことだけれど。

 もしもあの時出会わなかったら、こんなにも苦しまずにすんだだろうに。
 もしも相手がお前じゃなかったら、こんなにも深く想うこともないのに。
 トラップは首を振って空を見上げた。
 細い月が紫色の雲影の横に見えた。
「本当に意味無ぇよな……」
 フッ、と短く息を吐いた。
 それにしても、パステルはどこにいるのだ。
 夜になったらますます見つかりにくくなるし、危険だ。
 だから気をつけろといつも言っているのに……。
 トラップはスゥ―――ッと息を吸った。
「だああぁぁぁ―――――! パステル―――――――!! 毛糸のパンツ――――――!!」
 憂さ晴らしも兼ねて、力いっぱい怒鳴ってみる。
「わ! な、なになに?」
 まさか声が返ってくるとは思ってなかったので、トラップはギョッとして振り向いた。
「ん―――、あれ? トラップ、どうしたの?」
 木の影から這い出してきたのは眠たそうに目をこするパステルだった。
 トラップは、そのあまりにのんきそうな姿に呆れて腰が抜けそうになった。
「おめぇ……何やってんの?」
「うーんと。 雑貨屋さん行って、本屋さん行って・・・・。
そしたら森に行ってみたらー?って言われたから来てみたんだけど眠くってお昼寝してて……」
 そこまで聞いてないのに、パステルはここまでの経緯を説明して、 ふわあぁぁ、と特大のアクビをする。
 ググッと伸びをして、やっと目が覚めたのか周囲をきょろきょろと見回した。
「うっそぉ―――!! いま何時?! 
あ、トラップ。 あなたさっき毛糸のパンツって怒鳴ったでしょ!  やめてよねー、えっち! 
ところでここってどこ?」
「あー、うるせえな。 迎えに来てやったんだよ。 おら、さっさと立て立て」
 せめてどれか一個にしとけよな、と思いながら一番最初の質問にだけ答えた。
 だがパステルは特に気にしていないようだった。
「ああ、そうなの。 ありがとう、助かっちゃった」
 立ち上がってスカートについた落ち葉を払った。
  
「ひとりじゃ、帰れなかったよ」
  
 ちょっとバツの悪そうな照れた笑い。
 トラップは、笑い出したいような、泣きたいような、おかしな気分になった。
 悪い気分ではないのだが、だからといって喜ぶのもなんだか違う。
 すごく身勝手な感情だと思うから、パステルに伝えはしないけど。
「さっさと帰ろうぜ。ルーミィのやつがうるせえのなんのって」
「へぇー。 トラップが言うくらいなんて、よっぽどすごいんだ」
「おめぇ、ひとりで帰りたいらしいな?」
 トラップが半眼で言うと、パステルは冷汗を流して手を振った。
「や、やあね、冗談だってば。 あーあ、アクセサリー屋さん、閉まっちゃったかなぁ」
「もしかして、露天の?」
「うん。 帰りに見ようと思ってたんだけど、この時間じゃあね」
 トラップはポケットからリボンを取り出して、パステルの手にねじ込んだ。
「わあ、かーわいい! これ、なに?」
「そこのおっさんがおめぇにだってよ。 バッチリ顔覚えられてたぜ。
まぁ、こんだけ変な女、嫌でも覚えちまうよなぁ」
 お返しとばかりに言ってやるとパステルは思い切りムッとしたようだが、
道案内されてる手前もあるのでべえっと舌をだしたに留めた。
 怒らせるようなことを言わなくたっていいはずなんだが、
つい言い返してしまうのは癖になってるのかもしれない。
 言わなきゃ良かったかな、と思いながらチラッとパステルの方を見ると、
嬉しそうにリボンをもてあそんでいた。
 こちらの視線に気付いたのか、パステルはリボンを掲げてみせた。
「これ、キレイだね。 ありがとう」
 その笑顔が胸中に渦巻いていた重苦しいものを薙ぎ払った。
 出会わなかった時のことなんて、想像もできないし、したくない。
 
 
君しか、もう見えないのだから
 
この気持ちが、魔法が、消えない限りは。
明日を、 先を、 期待していくのだろう。
 
 
「もうすぐ、雪が降るかな?」
パステルがトラップの視線の先を追って、そう言った。

<オワリ> 


 
 
 
 
原作原曲、双方のイメージ崩してしまいましたが。
誕生日プレゼントでMDを貰った当時、この曲ばっか聞いてました。
すげぇトラ→パス曲だよ!と興奮しながらバーッと書いた代物。
『何とか曲』って言い出したら戻れない所にいる証拠ですv(苦笑)
 
come on! be my girl! も好きなのですが。
何万回も愛を語るトラップが私にはアダルトか、ギャグでしかなく。
「好きだ、好きなんだ!! 愛してるぜ、パステル!!!」
そんなヤバイクスリを飲んだような状態はどうかと。(その発想もどうか)
 
< 2002.05.15 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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