蝶と花

 
 ひらり ひらり
 いかにも軽薄そうでド派手な蝶が野原を舞っていました。
 野原には色とりどりの花が咲き乱れていまして、中々多感な時期の蝶には大変魅力的でした。
 しかし蝶は最も姿の美しく最も甘い蜜を持つ花を見つけて落とす自信があったので、
 どんなに誘惑されても本気では応えずに花たちの間をひらひらと遊び飛んで楽しくやっていました。
 
 
 が。
 そんなんで身が保つはずもなく、いい加減休む場所を捜し求めることになりました。
 「花のある野原もいいが、たまには森にでも行って羽を休めなきゃ身がもたねぇよな」
 蝶は世間を舐めきった口調でそう言うと、薄暗い森の中に入ってゆきました。
 森は落ち着くといえば落ち着く反面じめじめして、明るいのが大好きな蝶は憂鬱になってきました。
 ちくしょう、失敗したぜと言いながら蝶が飛んでいると、ぽっかりと日の光のあたる場所に出ました。
 そこには一輪の白い花が咲いていました。
「あら、こんにちは」
 ゆらっと風に揺らめいて花は言いました。
 こんな場所に咲くなんて珍しいやつだ、と蝶は思いました。
「おめぇは花びらも小さいし蜜もそんな無さそうだなぁ」
 いつもの調子でとても失敬な事を言いましたが、花は風に揺れて不思議そうに蝶を 見上げました。
 どうやらこの白い花は、自分が花であることに気付いてないようなのです。
「まぁいいや。ちょっくら休ませてくれよ」
「ええ、そこの岩で休んでいくといいわ。お日様が当たって気持ち良いでしょうから」
 蝶が言ったのは花に止まってもよいかという意味だったのですが、 花はにっこりと答えました。
 おいおい何ボケてんだ?ははんそうやって気を引いてガブリとやるつもりだな食虫花の使う手だ。
 蝶はそう思わないでもありませんでしたが、
花は自分が花だと気付いていないのですからそれはないと首を振りました。
 なにより警戒心の欠片も見えない花の能天気なまでの笑顔を疑う気にもなりませんでした。
 蝶は言われたまま岩に腰掛け、暇つぶしに花をからかって遊びました。
 花は素直に反応をして楽しくて仕方がありません。
 疲れが癒えても森にいました。
 羽を休ませる為だけに森に入ってきたのですから野原に戻ればよいのですが、森にいました。
 細くもしなやかな茎に金色に輝く花粉、ゆらりと風に揺れる白い花弁と葉、
 そしてほんのりと香る甘い蜜。
 蝶はいつの間にか、小さな白い花に夢中になっていました。
 蝶の理想は真っ赤に輝く大輪の金髪碧眼ムチムチボディの薔薇のような花で・・・。
 あれ、金髪碧眼って何?
 まぁとにかく。
 理想とあんまりにもかけ離れた白い花にもかかわらず、 蝶はメロメロに惚れこんでしまいました。
 惚れてからできることと惚れてしまうと出来なくなる事があり、
蝶にとっては花にとまりたくともとまれないことが出来ないことでした。
 あれぇご無体なー、と叫ばれる覚悟でとまろうかとも考えましたが、
 明日になって花が閉じでもして二度と言葉を交わせられなくなるかもしれません。
 それだけは絶対に避けたかった蝶は、
ただひらひらと花の傍をつかず離れず飛び回るしかありませんでした。
 
 
 蝶は次第に衰弱してゆきました。
 森に来てからというものの一度も花の蜜を吸うことなく、
白い花の傍を飛び続けているのですから当然な結果でした。
 白い花は蝶が心配でなりません。
 花のことを散々からかっては笑っている蝶ですが、
言葉の端々に花のことを気にしてくれる蝶の優しさを知っていたからです。
 それがよもや自分にメロメロなのだとは夢にも思いませんでしたが。
 何かできることはないかと尋ねても、「うるせぇな」とか言うばかりで 蝶は決して答えませんでした。
 花はたいそう悲しくなりましたし、蝶も悲しそうな花を見ると心が痛みました。
 けれども蝶は決して答えることはありませんでした。
 
 
 そして蝶は、いよいよ飛ぶ事も危うくなってきました。
 小さな白い花も雨が降らないことと、蝶が心配のあまりに萎れてきてしまいました。
「はやく元気になって・・・・・・・」
 蝶は力なくも自分を励ましてくれる花の方こそが元気になるべきだと考えて、
花のすぐ傍のお日様の匂いの染み込んだ地面に横たわりました。
 蝶が死んだら、きっと花は蝶の死骸を栄養に取り込んで元気になるでしょう。
 そう考えると死ぬこともあながち悪くはありませんでした。

ポツリ

 にわかに雲行きがあやしくなり、雨が降ってきました。
「よかったな・・・。おめぇは元気になれよ」
 蝶は皮肉めいた笑顔で言いました。
 こんな時に雨に降られたら、間違いなく蝶は死にますが植物の花は生き返ることでしょう。
 花は精一杯に葉っぱを広げて蝶に雨粒が当たらないようにしますが、 なにぶん小さな花なので
例えこの蝶がモンシロチョウのような小さな蝶だったとしても 雨を凌げさせることはできませんでした。
 けれども蝶は小さな白い花がそうしてくれることが、とてもとても嬉しかったのです。
 雨に濡れる手足が重く冷たくなってきますが、心はとても温かくて満ち足りていました。
 ちいさく感謝の言葉を呟いて、蝶は目を閉じました。
 花は悲しみのあまりに心が引き裂かれそうでした。
 周りの草が相手にしてくれなくて淋しかった花を楽しくさせてくれた蝶が好きだったのです。
 蝶に生きてほしいのだと、もう一度飛んでほしいのだと強く願いました。
 
 花の願いの声は天使に届いたのでしょうか、それとも悪魔に届いたのでしょうか。
 ポツポツと蝶に降り注ぐ雨の粒を見て、花はそれが自分なのだと気付きました。
 雨粒に白い花の姿が映ったのです。
 
 花は花であることを知りました。
 
 まさに虫の息でぐったりと横たわっている蝶を見つめ、小さな白い花は薄く微笑みました。
 小さな白い花は、萎びて下を向いていた花を迷わず天に向けて開きました。
 
 
 
 
 チチチ、と蝶の天敵のひとつ、小鳥のさえずりが聞こえて蝶は目を開けました。
 蝶は自分が雨に打たれて死んだはずなのに、どうやら生きているようなので不思議に思いました。
 今までのことは夢だったのだろうかと周りを見回すと森はすっかり濡れて、
水滴が朝日を浴びてキラキラと光り輝いています。
 蝶はふと、自分がとても甘いものに浸されていることに気付きました。
 それは今まで蝶が味わったことのない、甘く芳しい、とても素晴らしい蜜の混じった雨水でした。
 蝶は羽を羽ばたかせて舞い上がりました。
 小さな白い花は姿をほとんど変えてはいませんでしたが、
あのなんともいえない甘い香りはすっかりなくなっていました。
 けれども蝶は花の周りをくるりと一周して、小さな花びらに静かにとまりました。
 ずうっと、とまりたくてもとまれなかった白い花に、とまりました。
 はじめて白い花にとまった蝶は、花に二言三言文句を言いました。
 花も蝶に二言三言文句を言いました。
 少し沈黙が流れて、どちらともなく目を閉じました。
 
 
 
そうして、はじめて蝶は白い花にそっと口づけたのです。
 
 

<オワリ> 


 
 
 
 
眼ってなんだ、花の芽?!蝶にしろ、瞬きしないぞ!!
いやまて、お笑いかシリアスなのかそれをハッキリさせなければ。
・・・・絵本系ということでまとめようかと思います。(まとめれてないし)
固有名詞のないテキストを書いてみたく。
でもただのパラレルだよなと思わなくもない。

< 2002.05.10 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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