fall in the wind

 
 開いた窓から吹き込んできた風が、読んでいた本をぺらぺらっとめくって顔を上げた。
 午後の風は、夏のじりっとした熱風から涼しいものに代わって、
雲の種類も変わってなんだか空が高くなったみたい。
 まだ葉が落ちるほどの季節ではないし、長袖だと時々暑いけど、秋なんだなぁと感じる。
「ぱぁーるぅ。ほら、るーみぃが描いたんだお」
 季節の移り変わりにしみじみとしていたわたしのスカートを引っ張ったのは
「おなか、ぺっこぺこだおう!」がお決りのフレーズのルーミィ。
 うむうむ、『芸術の秋』って言うからね!
 我がパーティの芸術家さんの作品はどんなのかな?
「どれどれ、見せて・・・・・・ってコレ」
 広告のチラシの裏に描かれたやや前衛的な図形の茶色、紫、黄色、オレンジ。
 秋らしい色っていえばそうだけどさぁ。
 ルーミィは小さな指でそれらを指した。
「えとねー、こえが『くり』でしょー? んで『おいも』、『なし』、『ぶどう』に『かき』!
 『あきのたべもの』なんだお!」
 がくっ。
 たはは、ルーミィにはやっぱり食欲の秋か。
「ルーミィしゃん物知りデシ」
 えっへんと胸をはるルーミィ。
 一方、シロちゃんは何故か使われていない水色やピンクでカラフルに色づいていた。
 あらあら、後で洗ってあげなきゃね。
「ね、ぱーるぅ。るーみぃすごい?」
 わたしは絵を広げて見せるルーミィの頭をなでた。
「上手い上手い! もう少し寒くなったら広場に焼き栗屋さんが来るよ。そしたら一緒に食べようね」
 するとルーミィはこれでもかと瞳をキラキラとさせて喜んだ。
 そして天使の笑顔でこう言った。
「ルーミィ、おなかぺっこぺこだおう!」
 ただ、天使の口からはよだれが垂れていたのだけれど。
  
 
 どたどたどた・・・・・・バタン!
 平和な時間はその騒音によって見事に崩れ去る事になった。
 安普請なみすず旅館の扉を遠慮も礼儀もなく開けて飛び込んできたのは、言わなくても分かるよね。
「トラップ! あなたね、仮にもレディの部屋にノックもなく入るのってどうかと思うわ」
 この人ってマナーとかエチケットに欠けるんだよなぁ。
 本人曰く「おれほどの紳士って他にそういないぜ」らしいけど。
 今の彼はっていうと、
「はぁ? あー、そうだったな。 んじゃ一応レディのパステルお嬢さん、
  貴方様のショートソードをちょいと貸しちゃあ、くださいませんかねぇ」
 わざとらしく片ひざなんかついて見せた。
 あのね、一応って何よ、一応って。
「ベットに立てかけてあるけど・・・・・・でも変な事に使わないでよね」
「わーってる、心配すんなって」
 よく言うわよ、何度その「心配すんな」に騙されたことか。
 トラップはひょい、とショートソードを持つと、上下して重さを確かめた。
「ねぇ、本当に何するの?」
 だってトラップの武器ってパチンコでしょ?
 遠距離攻撃主体に近距離攻撃も強化するのかなぁ。
 彼のじーちゃんはファイター並に前列で戦う盗賊だったって聞いてるけど、
トラップもそうするつもりなんだろうか?
 トラップはいつになく真剣な眼差しでわたしを見た。
 茶色の瞳が赤い前髪の隙間から覗く。
 え? な、なになに?
「勝利を、祈っててくれるか?」
 呟くように言うとフッと視線を逸らした。
「それってどういう・・・・・・」
 わたしが尋ねる前に扉は閉まって、トラップは出て行ってしまった。
 
 
「パステルおねーしゃん。 トラップあんちゃん、どうかしたんデシか?」
 シロちゃんの言葉にハッとした。
「とりゃー、へんだお」
 ルーミィはぷぅっと頬を膨らませた。
 確かにいつもと違うみたいだった。
 やだ、何か嫌な胸騒ぎがするよ。
 
 キィン!
 
 金属の激突音が窓の外からした。 今まで何度も聞いた。 間違いない、剣の音だ。
 急いで窓辺に駆け寄って下を見ると、なんとクレイとトラップが向き合っていた。
 クレイの手にはシドの剣(かもしれない剣)が、トラップの手にはショートソードが握られていた。
 しかも何て言うか、真剣な空気。
 ちょ、ちょっと、なんなの?!
 わたしは慌てて部屋を駆け出し、階段で転びそうになりながら外へと飛び出した。
 そこにはクレイとトラップの他にキットンとノルもいた。
 ピリピリッとした緊張感のただよう雰囲気に思わずつばを飲み込んだ。
「やぁ、パステルも来たんですか」
「やぁ、じゃないでしょ。 一体どうしたの?」
 二人にはとても聞けはしないのでキットンに詰め寄った。
「わたしも今来た所でして。 いや、なかなか面白いじゃないですか」
 キットンはぐふぐふ笑って言った。
 面白い、ですって?!
「あのね、二人が持ってるのは武器なのよ? それを面白いだなんて、いくらなんでも酷いわ!」
 怒鳴るとキットンはちょっと驚いたのかぽかんと口を開けた。
「悪いけど黙っててくれ。 パステルには、関係ないわけじゃないけど、今はおれたちの問題だから」
 クレイはトラップを見据えたまま言った。
「そ。 おれたちの事にいちいち口出しすんな」
 同じく、トラップ。
 どういうことよ、それ!
 何があったのかは知らないけどさ、パーティ内での問題でしょ?
 パーティみんなで解決するものじゃないの?
 少なくとも、お互いに武器を持ってだなんて、絶対違うよ!
「ちょっと二人とも」
 止めようとしたわたしの肩を誰かが叩いた。
 ノルは静かに首を振った。
「だめだよ。 クレイもトラップも真剣な勝負だ。 その想いを止めてはいけない」
 それはそうかもしれないけど・・・・・・。
 ふと、疑問が浮かんだ。
「でもさ、剣の戦いならクレイが勝つんじゃないの?」
 ふんふんとうなづいたのはキットンだ。
「それは単純に剣の試合だった場合でしょう?
実際の冒険では反則なんてないんですから何でもありなわけです。
 トラップも、剣の腕はそう知りませんがね、運動能力は悪くありませんし」
 わたしだって冒険者だからね、分かるよ。
 剣を構えてるのに泥団子を目にでもぶつけられでもしたら、
レベル1のモンスター相手にだって大変な目に会う。 
「うーん、五分五分ですかね。 パステルはどちらが勝つと思いますか?」
 キットンは腕組みをしながらわたしに聞いた。
 何でだか分からないけど、ドキッとした。
 答えられなくて、二人に視線を戻した。
 トラップは、サーカスのジャグラーのようにショートソードを空中に投げては取ってをしていた。
「やっぱ、おめえだけには負けらんねーよ」
 にやっと笑ってひときわ高く放り投げたショートソードを掴み取った。
「おれもさ」
 クレイも深呼吸して笑った。
 二人とも、口元は笑っているのに瞳はお互いを睨みつけたままだった。
 そして、同時に口元の笑みすらも。
 
 消えた。
 
 どちらが先に動いたか、わたしには分からなかった。
 思い切り地面が蹴られた。
 クレイが横薙ぎにしたのをトラップはかがんで避け、
 同時に懐に入ったトラップが喉元を狙って突き出したのをクレイは剣で防ぎ、
 そのまま押し出された剣の衝撃でか、トラップは後ろへ飛ばされたものの体勢を直して着地した。
 
 この間、わたしは一回も呼吸をしなかった。
 うわあぁぁ、なんて凄いんだろう。
 火花が散るよりも速い、信じられない剣戟。
 二人とも、ホントに凄い。
 わたしはゴクリとのどを鳴らした。
「へぇ、成長したな」
「いつと比べてんだ? おめえだってやるじゃねーか」
 
 また、口元だけ笑う。 
 一瞬だけ。
 
 今度はトラップが走って行くとクレイは長剣を突き出したがトラップは短剣でそれを弾いて、
ひらっとクレイの頭上を跳び越して背後に立ったトラップはクレイの膝辺りを蹴ったので、
クレイは少しバランスを崩したものの、ギュッと上半身をひねってトラップに向かって剣を振り下ろし、
トラップはバク転して避けたが、クレイは既に体勢を整えて、トラップの着地地点に追い付いていた。
 剣を構えようとした時にはクレイの剣先がトラップの心臓の辺りで寸止めされた状態だった。
 トラップは目を閉じてハァーッと溜め息をついて、ショートソードが手から滑り落ちた。
 そのままどたーっと後ろに倒れ、クレイも剣をしまうとがくっと座り込んだ。
 
 とたん、我に返った。
「クレイ、トラップ!」
 わたしは二人に駆け寄った。
 見えなかったけどトラップ、大怪我しちゃったの?!
「くっそー!! 負けた負けたー!」
 元気いっぱいに声を張り上げてるのは紛れもなくトラップで、地面を叩いて悔しがってる。
「おまえ、おれの背後取った時に蹴り入れるんだもんな。 おれは絶対負けたと思ったのにさ」
 クレイったらあっはっはとお腹抱えて笑ってるし。
「どういうことなの?」
 状況が読めないんだけど・・・・・・。
「うん、トラップと勝負したんだよ。 今回は五百G賭けてね」
「じゃ、じゃあ、わたしが関係あるっていうのは何なの?」
「だっておめえ、パーティの経理だろ。 言うとまたうるせぇから黙ってたんだよ」
 あ、あはは・・・・・・。 そういう事ですか・・・・・・。
 体中の力が抜けてへなへなと座り込んでしまった。
「これで196戦107勝かぁ」
「だあら、いくつの時から数えてんだよ。 冒険者になってからじゃ、おれが62戦33勝だかんな」
「それを言うならこの一年じゃ、おれの方が勝率いいぜ」
 またなんか言い合い始めたしなぁ。
 ったく、人騒がせなんだから!
 まあ、わたしが一人でおたおたしてただけなんだけどさ。
「スポーツの秋、だな」
 ノルがにこにこして言った。
「うん、そうだね!」
 いよーし、わたしもなんだか身体を動かしたくなってきた。
「トラップ、わたしとも勝負してよ」
「今ので疲れた。 んなめんどくせぇ事したくねぇよ」
「それっくらいハンデくれたっていいでしょ。 勝った方に晩ご飯を一皿分奢るっていうのはどう?」
 その言葉でトラップはヒョイっと跳ね起きた。
「よっしゃ、貰った!」
「勝ってから言いなさいよねー」
 
 
 いろんな秋があるけれど、わたしたちにはこんな過ごし方が合ってるのかもね。

<オワリ> 


 
 
 
 
パーティほのぼの日常小説?(誰に聞いてる) 
武器の使い方や人としての動きがおかしいというツッコミは無い方向で。  
< 2002.10.03 up >
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