防寒ジャケット

 
「ああ忙しい忙しい」
 
 わたしが二階から降りてくると、おかみさんが夜も更けてきたというのにせかせかと歩き回っていた。
 それというのも、乗り合い馬車が近くで事故に遭ってしまったそうで、
乗っていたお客はみんなみすず旅館に一泊を余儀なくされてしまったからで。
 忙しいと言ってはいても、やはりお客さんがいっぱいいるのは嬉しいのだろう。
 普段はわたしたちが貸しきりにしているような状態だからね。
 えへへ、本拠地にしてる場所だもん、わたしも嬉しくなってきちゃう。
「なにか手伝いましょうか?」
「おやパステル。まったく事故なんて困ったもんだね、こっちまで忙しくなっちゃったよ」
 やだねぇ、と手を振ってはみせるものの。
 原因が事故とあって、大っぴらに喜ぶべきじゃないけど、客は客。
 そんなかんじ。
 まぁ事故も不幸中の幸い、けが人も出なかったらしいし、お客も保険がおりたらしいし。
 そうそ、プルトニカン生命に入ってるんだって。
 明日にでもヒュー・オーシが来るかも・・・・・あー、また賑やかになりそう。
 ま、いいや。
「忙しいなら手伝いますよ。いつもお世話になってるし」
「おやまぁ、ありがとうよ。それじゃ、そうだねえ・・・・・」
 きょろきょろと周りを見回すのもなんだかいつもと違って楽しそう。
「そうだ、薪が足りなくなるかもしれないから取ってきてくれるかい?」
 そう言うと、用を思い出したとかで身体をユサユサさせて奥に引っ込んでしまった。
 暖炉の隣の薪置きには、いつもだったら明日の晩まで持ちそうな量の薪があったけど、
暖炉の炎はいつもの何倍もの大きさで、部屋を暑いくらいにさせている。
 ひゃあー・・・・・すごーい・・・・!
 改めておかみさんがたくさんのお客さんに喜んでいるのがわかった。
 ううん、きっと明日の朝食はごちそうに違いない。
 いつもとあんまりにも違うのがちょっと複雑な気分だけど。
 ま、深くは考えないでおこう。
 さてと、薪はノルがいつも寝泊りしてる馬小屋の隣に積んであるんだよね。
 ということはどうしても外を通らないといけないわけで。
 うう、寒そう。 コート、2階に取りに行かなきゃ。
「暑い! なんでぇこの部屋!」
 バタンと玄関の扉を開けて帰ってきた赤毛のトラップが言った。
 猪野鹿亭で賭けトランプやっててわたし達とは一緒に帰ってこなかったんだよね。
 あ、そうだそうだ。ちょうどいいや。
「おかえり。 薪取りに行くからジャケット貸して」
「貸してもいいけど、倍返しだかんな」
 まーた、くっだらないこと言ってぇ。
 ジャケット借りたお返しって何よ。
「お返ししてほしいの? いいよ、今度わたしの貸してあげる」
「ばぁーか、おめぇの趣味悪いコートなんて着れっかよ」
 トラップは悔しそうにジャケットを脱いでわたしに突き出した。
 受けとる時に触れた手があまりに冷たくって、ちょっとびっくりした。
 外、すごく寒いんだろうな。
 その中を帰ってきたトラップがかわいそうで、ぎゅっと手を握った。
 でもすぐさまトラップがバシッと振りほどいてしまった。
「なにしてんだお前!」
「ああ、寒そうだなぁって思って」
「ば、・・・っかじゃねぇの?!」
 そういえばそっか、もう暖かい部屋に入ってるんだもんね。
 だけどそこまでバカにしないでもいいんじゃない?
「じゃ、しもやけになんないようにね」
 ちょっぴり意地悪に言ってやった。
「おめぇこそ、薪を取りに行って迷子になるなよ」
 おもいっきりからかう口調で言われた。
 ふーんだ。 人の思いやりを素直に受け取ればいいのに。
 
 扉を出ると氷のような温度の風がびゅうびゅうと吹きつけてきた。
 こりゃパーッて行かなきゃ、わたしまでしもやけの心配しなきゃならなくなっちゃう。
 ジャケットのえりをしっかり握って駆け出したわたしだけど。
 ほんのり残ったトラップのぬくもりでなのかは分からないけど、
 
 
 不思議なことに  さむくは なかった。

<オワリ> 


 
 
 
 
なんでしょ。
寒いからいたずらでトラップのジャケットの隙間に手ぇ突っ込むパステル、
というようなのは以前から書こうと思ってたんですが・・・・。
いつもの如く、純情なんだかやましいんだか分からない赤毛盗賊

< 2002.02.10 up >
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