真夜中の遊び

 
 少し寒くなってきたので炭火がちになった焚き火を長い棒で引っ掻き回した。
 焚き火は皆で囲むのが楽しいけれど、独りで見つめるのも嫌いじゃない。
 いつも見張りに立つのは男性陣が多くて、わたしだけで火の番をするのは滅多に無いことだった。
今夜はあまり眠れそうにもなかったから是非にと立候補した。
 季節的にも地域的にも比較的安全ではある、と言ったキットンのおかげで、
危険の兆しが少しでもあった場合は直ぐに知らせるという条件を、
クレイは耳にタコができるくらい繰り返し言いながらも意見を尊重してくれて、
ノルは同意して頷いてくれたし、ルーミィやシロちゃんは意味半分で声援まで送ってくれたりもした。
 賛成反対が最後まで分からなかったのはトラップ。
 ふぅん、と何か推し量るように呟いただけで、一番に横になった。
 わたしと同じく滅多に見張り番をしないから口出しする事じゃないと判断して遠慮したのだろうか?
 一瞬そう思いもしたけれど、お門違いな場面にもしゃしゃり出る彼の気質からしたら有り得ない話だった。
 前々から掴み所のない真似をする人だとは承知していたけれども……。
 近頃はそれがもっと頻繁になってきたように感じる。
 別にそこまで気にしなくていいのに、どうしてこんなにも気になるんだろう。
 自分の心の中なのに、もやがかかって不明瞭なまま。
 なんだか……かくれんぼのようだな、と思う。
 誰に対して、何に対して隠れているのかは分からないけれど。
 気持ちを心の奥底に隠して、その気持ちに気付かないようにしてる。
 その気持ちの存在を探して良いのか、まだ探すには早いのか。
 気付いてないわけだからして分からないから、尋ねる。
「……もういーかい」
 返ってくるのはお約束としてこう来るのだろう。
「まーだだよ」
 言うのに合わせて引っ掻き棒で焚き火を調節してたら、少しおもしろくなってきた。

 もういーかい
    まーだだよ
 もういーかい
    まだまだ まーだだよ

「もういいか?」
「まーだだよ。 ……って!?」
 わたし以外の声に吃驚して周囲を見回すと、毛布の一つがもぞもぞと動いた。
 モンスターの類ではなくて安心した。
 でも、ある意味それより悪いのかもしれない。
 毛布を肩にかけたその人物は不機嫌を隠さずに焚き火の傍に来て腰掛けた。
「おはよう、トラップ。 起きちゃった?」
「起こされたの。 どこぞの馬鹿が大きな声で独り言を言ってたせいでな」
 やっぱりね、と思う一方で、普段は大声で呼びかけようが揺すろうが、
何をしたって熟睡しているというのにね、と面白く思った。
 強く持っているプロ根性からか、冒険中は割と睡眠が浅いみたい。
 でも、もしかして、クレイのと似た理由で、心配してたような気もする。
 冒険者としてまだまだ半人前だって意味かも、と不満に思った。
 けど、純粋な意味でわたしの事を心配してくれたのかも、と嬉しく思ったりもした。
「ごめんねー。 もう静かに見張りをするから。 寝ていていいよ」
「いいって。 どうせ、寝てるのにゃ飽きてきたし」
「飽きるって、あぁた。 ……眠れないの?」
 トラップも何か深い悩み事でもあるのだろうか。
 すると、彼は首に手をやってコキッと音を立たせた。
「そこ、寝心地悪くってさ。 おれみてぇな繊細な人間には熟睡できないわけ」
 よく言うわ、と返しながら白い湯気を出しはじめたケトルを取った。
「コーヒーはもっと寝れなくなるね。 お茶は?」
「飲む」
 当然とばかりの返事はどうかと思うも、用意していたのとは別にカップを出す。
 ポットとカップをお湯で温めて、作法の基本を守りつつお茶を淹れた。
 人数が多いとお湯が足らなくなるので普段はあんまりできないのだけど、2人分なら充分足りる。
 いつもより美味しく飲めるよ、と教えながらカップを差し出してもトラップは興味はないようで、
少しやり甲斐を失いそうになったけれども、まあ気にしないでおきましょう。
 あっそう、と生返事をして出した手が私の手に触れた。
 瞬間。
 ピリリ、と不快ではない静電気が走った。
 衝撃でカップが引っくり返らなくてよかったと安堵したものの。
 それとは別の効果か、心臓が普段の倍も主張をしてしまっている。
 触れた指先にトゲでも刺さったのかと思って見てみても何もなく。
 けれど明らかに発熱した指先から何かが流れ出し、終には口にまで影響が現れてしまった。
 これは何だろうといぶかしむ思考を無視して口は動く。
「ねえ、もしも……もしもよ? 仮に、の話なんだからね、いい?」
「あんだよ」
 まだるっこしい、と言いたげに眉根をひそめて、カップに息を吹きかけた。
「気になる人ができたとするじゃない?」
 速くなる鼓動に合わせて、妙に早口になってしまった。
 トラップはというと、特に表情はなく、黙って視線をカップに注いでいた。
 温度を確かめるように一口含ませたのが先を促す合図に見えた。
「でもね、それを伝えるのってどうかと思うわけ。
相手には迷惑よね、『あなたが気になるんです』って惑わせるだけでしょ。
嫌いだって告げるわけじゃないけど、好きって言えるわけでもないんだし」
 あれ。 わたし、なんだか妙な事を口走ってない?
 流れていた電気が急に止まったかのようで、続く言葉も見つからなかった。
 夜もすっかり更けて人工的な音は一切無い沈黙を破ったのはわたしではなく。
「それで?」
「それ……で?」
 わたしは疑問の意図が飲み込めずにオウム返しにした。
 声のトーンの下がったトラップがお茶のカップを持った手をこちらに向かって掲げたてみせたのは、
おかわりを望んでいるわけではないようだった。
 彼は不満そうな顔で、複雑な感情を抱いた顔にも見えた。
「おめえはその『もしも』の話で、おれに何て言って欲しいんだよ?」
「そ! そんなつもりじゃないよ!」
 勢いよく即答したら、あまりにも大声になってしまったので自分の口を塞いだ。
 否定をしたのは反射的だったけど、トラップに何かアドバイスを求めるつもりは毛頭なかった。
 自分でもおかしな話をしたと思っているもの。
 しかめっ面を焚き火に向けているトラップに酷く申し訳なかった。
 きっと、『あなたが気になるんです』と同じかそれ以上に迷惑に違いない。
「……かくれんぼの時みたいに、曖昧な応答ができたらって思うわ」
 謝るのもなんだかおかしな気がして、大きな独り言の種明かしをした。
 お茶にごしのつもりのそれに、トラップは吹きだして笑った。
「んだよ。 おめえ、そんなこと考えてたわけ?」
 しかめ面じゃなくなったのは良かったんだけど、思いの外に馬鹿にした口調に顔が熱くなる。
 目を逸らして聞こえるゲラゲラという笑い声はいつものトラップのものなのに。
 なんで、いま、大人びた優しい表情に見えてしまったんだろう……?
「見張りなんて慣れねえ真似すっからだろ。 さっさと寝ちまえ」
 ほらよ、とトラップは先ほどまで使っていた毛布を放り投げてきた。
 空中の毛布を両手で掴み取るようにしてキャッチした。
 ドキッとした感覚はもうどこかへ消え失せている。
 代わりにふつふつっと怒りが込み上げてきてしまっていた。
 おかしなことを考えていて悪かったわね!
「どうもご親切にっ!」
 思わず立ち上がってそのまま、たき火から離れることにした。
 数歩足を進めて振り返ってトラップの背中を見た。
 本当は、さ。
 とても照れ屋なトラップの優しさなんだって分かってるよ。
 でも、頭にくるものだから、ありがとう、なんて言ってやらないけれど。
「おやすみなさい」
 就寝の挨拶くらいは忘れずに。
「……おやすみ」
 トラップだけに伝わっただろう挨拶に、彼は振り向くことなく手をひらひらとして見せた。
 いつもならルーミィとシロちゃんの隣に寝るところだけど、彼女らはノルの腕によりかかって寝ている。
 防水シートの引いてあるスペースは限られているわけで。
 結果、わたしはトラップがさっきまで寝ていた場所に寝るんだよね。
「近くに居るクレイを蹴飛ばすんじゃねーぞ」
「しないわよっ」
 まったく。トラップったら憎まれ口を叩かずにはいられないのかしらね?
 ……とは言っても、蹴飛ばしちゃったら悪いなぁと思って少し間を空ける。
 ころりと寝転がってみたけれど、寝心地悪くないじゃない。
 岩肌剥き出しのところでキャンプすることに比べれば、今夜の野営地は断然寝やすい場所だった。
 寝心地が悪いというわけでもないのに「眠れない」と言って起きてきたトラップ。
 ほんの例え話の「気になる人」の話を真剣な表情で聞いていたトラップ。
 そして、かくれんぼの呼びかけを優しく笑い飛ばしたトラップ。
 ふいに何かのカケラが羽目こまれ、何かができあがったようだった。
 どきんと胸のあたりが大きく震えた。
 毛布の端を握り締めても、鼓動は収まりそうもなかった。
 かえって強くなる鼓動の中でわたしは確信に近い推測を抱いた。

 あなたの気持ちも隠れているのではないの?

 わたしの心の中で隠れていた心の一部。
 人を焦がれるほどに想い慕う感情を司る心だと気付いてしまった。
 だけど隠れている気持ちが同じだなんて、とんでもない思い込みなのかも。
 ねえ、トラップ。
 もしもそれを意識して隠しているのだというならば、応えてくれる?
 恐る恐る、震える声音で尋ねた。
「もう、いいかい……?」
 返事は焚き火の傍から、それはそれはアッサリと聞こえた。

「もういいよ」
 

<オワリ> 


 
 
 
 
お題挑戦がお題内容が混じり、どれにも当てはめれなくなった作品。
煮詰まってる感が出てて、他に増して意味の通じ難い文章にて失礼を。
パステル視点だけれど、色々やってるトラップがメインなのかも……。
あのパステルが悟るとしたらじわじわと浸透してか突然だと思いますよ。

< 2004.04.14 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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