じーちゃんとおれ

 
 ステア・ブーツ氏は決意した。
 サラサラの赤毛にぷくぷくしたほっぺたに
 ちょっぴり世間を舐めたような皮肉っぽい目つき。
 数年前に砂漠の都市の店員などは
「あらまぁなんて・・・・・・かわいらしいお嬢様で」
 と性別すら間違えてしまった我が孫を前にして。
 そう、ステア・ブーツ氏の孫は・・・・・・。
 なんというか・・・・・・。
 ちょっとばかり、おデブだった。
 ブーツ一家は代々盗賊としてその世界では名門の家柄だ。
 もしもこの孫が跡目を継ぐのであれば四代目頭領となる。
 わずか3歳の時に錠を外す手先の器用さに加え、 宝に対しての(ちょっとヤバイくらい)執着心もある。
 盗賊としての素質は充分にある。
 しかし。
 ベンチの前の芝生に座って幸せそうにクッキーをほお張る孫は、
 なんていうか、やっぱり、どう見ても・・・・・・悲しいかな、おデブだった。
 盗賊として重要な俊敏さに欠けている。
 いや、盗賊云々以前に生活習慣病に かかりたいんじゃないのかというようなぷっくりとした体系。
 食生活、運動量、共に一般平均を思い切り下回ったヤバイ値にある孫。
 孫より一つ年上の、アンダーソン家の末子も剣の特訓を始めたらしいし。
 ここはダイエットも兼ねて特訓を始めるべきだろう。

「坊主、わしゃ決めたぞ」
 呼ばれた孫は手にしたクッキーの箱を覗き込んで一つを口に入れた。
「ふぅーん」
 御年5歳の孫にとっては同じ名を持つ祖父の言葉よりも、
クッキーの残りが一枚になってしまったことのほうが重大だった。
 しかも箱の底に引っかかってなかなか取れない。
 むう、と眉間にしわを寄せて箱の側面を叩くが取れない。
「ドーマのブーツ一家と言えば多少は名を馳せる盗賊団ぢゃ」
 重々しく口を開くブーツ氏の口調に比べ気候は穏やかで小鳥は囀り草木は風にゆれる。
「強制するつもりはないが、坊主。お前は盗賊になる気はあるのか?」
「んー・・・・・・、まぁな」
 意欲はあまり感じられないものの、跡継ぎの言葉に少なからず嬉しくなる。
 孫は箱を逆さまにして振ってみるものの、
粉になったクッキーの破片が落ちてくるだけで本体は出てくる気配がない。
「ちぇ、あの駄菓子屋のオヤジめ。もう二度とあの店じゃ買わねぇぞ」
 しばし名残惜しそうに箱を持っていたが、さすがに無理だと思ったようで、渋々とくずかごに向かった。
「坊主、何もそれを捨てることはないぞ」
 ブーツ氏に止められ、孫は箱を持ったまま振り返った。
「へ?じーちゃん取ってくれんの?」
 自分の事は自分で、それがブーツ氏の格言のひとつなのだが。
「いいや、そんなことはせん。もう一箱のクッキーとそれ一枚、どちらがいい?」
 どういうことなのか、祖父の言わんとする事を飲み込めない孫は不思議そうに首をかしげた。
「そりゃあ・・・・・・。 ああ、なんだ。 じーちゃんがもう一箱買ってくれんの?」
 ブーツ氏はいいや違う、と手を振った。
 ニヤリ、と笑って孫を手招きする。
 その笑顔に孫はピンと来てポテポテ駆けてくると、わくわくと目を輝かせた。
「何もこっちが金を出す必要などない。 悪いのは向こうなんぢゃから、不良品を交換させればいい」
「でも、残り一枚と一箱だぜ。駄菓子屋のオヤジがうんと言うかあ?」
 そこが子どもの浅はかさよ、とでも言うようにブーツ氏は指を振った。
「『大事な最後の一枚が取れないせいで子ども心に傷をつけた慰謝料』 を込めて一箱になるんぢゃよ」
「なーるほど! さっすがじーちゃん!」
 二人はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
 哀れかな、駄菓子屋主人。
「良いか? こういうので大切なのは演技力ぢゃ。最初はこう、涙の一つでも見せておいてぢゃな・・・・・・」

 
「何を二人でこそこそ話してるのかしらねえ?」

 
 突然の声に二人の笑いは凍りついた。
 そーっと声のした方を見ると、孫と同じ赤毛をした女性が仁王立ちしていた。
 体格は小柄だというのに組んだ手の片方にある鉄製のフライパンのせいか、迫力満点である。
「か、かーちゃん・・・・・・」
 孫は呟くと、ハッと目を大きく開いてクッキーの箱をササッと後ろ手に隠した。
 もちろん時は既に遅く、そんじょそこらの盗賊も真っ青な敏捷度で、クッキーの箱は奪われた。
 そして何だか逃げ腰のブーツ氏をキッと睨み、にじり寄る。
「お父さん! トラップは自分が修行させるから口出しするなって言ったから任せたのに、
請われるままにお菓子買って、しかも、まぁたこの子に変なこと教え込んでたね?!」
「いや、その・・・・・・こういうのはタイミングが大切ぢゃと・・・」
「問答無用!! だいたい一昨日もそんな事言ってたでしょうが!」
 ずいずいっと迫ってこられ、百戦錬磨で名を馳せたブーツ氏は生命の危機を感じた。
 孫は今のうちに、と抜き足差し足忍び足、呼吸も止めてそろりと後ろに下がっていた。
 しかし、彼女の目は背中にも付いているのだろうか。
 がしっと首根っこを掴まれてしまった。
「あんたも。 このあたしから逃げられるとお思いじゃないよ?」
 にーっこり☆と笑顔で言われるも、決してつられて笑える笑顔ではなかった。
「さあ、あんたは今日から修行! まずは木登り百回!」
「ええぇ―――――――――っ?! ひゃ、ひゃっかいも?!」
「出来るまでご飯抜きだからね」
 畳み掛けられるような母の言葉に食欲旺盛な子どもは声にならない悲鳴を上げた。
「それじゃ、わしはアンダーソンの奴に用事があるから・・・・・・」
 さりげなく逃げようとしたブーツ氏の肩をがしりと掴む手があった。
「こっちの用が済んでないでしょ?」
 やはりニッコリと笑顔で。
 そして片手には黒光りするフライパンを持って。
  
 
 ブーツ家の台所では二人の男が野菜の皮を剥いていた。
「・・・・・・今の悲鳴、坊ちゃんだな」
 背の低い男の言葉に、背の高い男はこくりと頷いた。
 すると、また悲鳴が聞こえた。
「・・・・・・今の聞こえたか、ロッフォ。ご隠居だ」
 ロッフォ、と呼ばれた男はこくりと頷いた。
 背の低い男は溜め息をついた。
「またおかみさんにとっちめられてら。 ったく、二人ともこりねぇよなぁ」
 ロッフォも同じく溜め息をつき、また頷いた。
 その足元では、子猫が大きな大きな欠伸をした。

<オワリ>


 
 
 
 
『じいさんとまご』 ブーツ家編。
おかみさん、名前何とおしゃるのか。
ブーツ氏を何て呼んでたか分かんなかったので「オトウサン」に。
「お養父さん」でないのはランドからの直系は彼女かなと考えてたなごり。
でもテリーさんが直系らしいですね、アイタタ。

< 2002.05.01 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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