おじいさまとぼく

 
 アンダーソン氏は悩んでいた。
 というのも、彼の孫――――――3人いるが、その末子こと、
クレイ=シーモア=アンダーソンの事である。
 
 クレイは今年で5歳になる。
 代々騎士の家柄、彼もまた庭で剣の修行に励んでいる。
 アンダーソン氏はフゥと溜め息をついた。
 クレイという名は彼の父の、クレイ=ジュダ=アンダーソンより取ったもの。
 『青の聖騎士』と呼ばれた彼のように立派になれとの願いを込めて名づけたのである(クレイの父が)。
 そしてアンダーソン氏も、クレイの名に恥じぬ人物になるよう厳しく接した。
 が、いささかやり過ぎたらしい。
 一時期、剣の稽古をつけてやったことがある。
 クレイが血を吐く程みっちりやったら、さすがに息子に止められ、
 「二度と稽古をつけないで下さい」と釘を押された。
 元々仲が良いと言えるものではなかったが、
 それ以来クレイは自分を見るとおびえるようになってしまった。
 あの小さな身体で一生懸命に剣の素振りをする健気な姿。
 それが我が孫なのだ、かわいくないはずがない。
 かわいいからこそ千尋の谷に落とす如く厳しく接したつもりが、まだ幼い孫にそれが通じるはずもなく。
 淋しい。 これでは、とんでもなく淋しいではないか。
 そういえば、とアンダーソン氏は顔を上げ、
かつての冒険者仲間のステア=ブーツにもクレイより一つ年下の孫がいる事を思い出した。
 たった一人の盗賊団の跡取ということもあり、やはり修行をさせているのだ。
 しかし、ブーツ家では仲がいい。
「うっひゃー! じーちゃんだ、おっかねー!!」
 などと言いながら孫の方のステア=ブーツが逃げる姿も見たが、
 それすら祖父になついているが故と分かる。
 この違いは何だろうか?
 名前が同じなので親近感が沸くのだろうか?
 こんな事ならクレイにも自分と同じ名前をつけてやればよかった。(名付けたのはクレイの父だが)
 いささか訳のわからない後悔すら出てくる。
「ただ厳しいだけでは駄目ぢゃ。 時にはこちらからの歩み寄りが大切というものぢゃよ」
 いつぞやステア=ブーツが言っていた言葉を思い出し、ポンと手を打った。
「歩み寄りか・・・・・・たまにはあやつも良い事を言う」
 闇夜に光明が射した気持ちでアンダーソンはクレイに近づいた。
 えい、やあ、とやや甲高い声を張り上げ模擬剣を振っている。
 キラリと光る汗がいっそう彼の熱心さを伺わせる。
「クレイ」
 声をかけると、クレイはギョッとして勢いよくこちらに向き直った。
「お、おおおじいさま!」
 高い声をうわずらせたので間抜けな鳥の鳴き声のようになる。
「剣の素振りか」
 一目瞭然な事を尋ねるが、実のところ何を言ったらいいのか分からない。
 クレイは直立して顔を強張らせる。
「はいっ! 百回をノルマにしていて、とちゅう休んでなんかいません。 
今ので94回目で・・・・・・あ! 今休んでる! ごめんなさい、さいしょからやり直しますっ!」
 わたわたと剣を振りだそうとするのでアンダーソン氏は止めた。
 さすがに自分が声をかけた所為で、最初からとは年端もゆかぬ彼には酷だろう。
 クレイはまた気をつけをして、上目遣いで恐る恐るこちらを見ている。
 ふむ、とアンダーソン氏が顎鬚に手を伸ばすとクレイはビクッと肩を震わせた。
 ・・・・・・どうやら幼い孫に相当のトラウマを植え付けてしまったらしい。
 歩み寄り、歩み寄りと心の中で繰り返す。
 しかしどうしたものか、としかめ面でクレイを見る。
 当のクレイはいつ叱りの声が飛ぶか、と心臓をどきどきさせていた。
 アンダーソン氏はクレイの着ている青い薄手のセーターに目をつけた。
 ―――――これだ。
「クレイは青がよく似合っておるな」
「はっ?」
 きっと沢山説教されるに違いないと覚悟を決め、
ぎゅうっと両手を握り締めていたクレイはポカンと祖父を見返した。
「そもそもおまえの名は『青の聖騎士』クレイ=ジュダより受け継いだもの。
わしも全てを知るわけではないが、おまえの曾祖父はそれは立派な方であったのだ」
 唐突な語りだしに、クレイは狐につままれたように目をぱちくりとさせたが、
とりあえず怒られるのとは違うようだと理解し安心した。
 アンダーソン氏は内心「つかみはOK!」とガッツポーズをとって続ける。
「彼がそう呼ばれたのも、その見事に鮮やかな青いアーマーを身に纏っていたからだ」
「はい、保管庫で見せていただいたことがあります」
 クレイは少し顔をほころばせた。
 この家の者、いやドーマ全ての者がそうであるように、
幼いクレイにとってもクレイ=ジュダは憧れの対象であるのだろう。
 なかなかの歩み寄りぶりではないか。
 この調子ならば「おじいちゃんv」と呼ばれる日も遠くないのでは?
 アンダーソン氏は満面の笑顔で(唇の端をわずかに上げただけだが)孫の頭をポンと撫でる。
「クレイ、おまえもやがては青のアーマーを身に付けて剣を振るうのかもしれんな。 
これだけ、青が似合っているのだから」
 たかが着ていたセーターで祖父に頭を撫でられるとは。
 不思議に思う反面、クレイは素敵な未来に胸をときめかせた。
 いつか自分も聖騎士と呼ばれる日がくるのだろうか?
 そう、クレイ=ジュダのようにすごい冒険をして名を残せるような冒険者に、
青いアーマーを装備して――――。
 考えただけで自然と笑顔になった。
 久々に見る孫の、引きつっていない本当の笑顔にアンダーソン氏の心は晴れ渡ってゆく。
 ああよかった! 
 心で歓喜の声をあげ、クレイの頭をポンポンとなでる。
 

「まぁ、クレイ=ジュダが普段着ていたのは黒の皮アーマーで、
青のアーマーを着ていたのはほんのわずかな期間であったがな!」

  

 わーはっはっは、と笑うアンダーソン。
 一方、クレイは呆然として顔を引きつらせた。
 それでは、青が似合う意味なんて特に・・・・・・・・・・・・・・・ないじゃないか。
「はは、は・・・・・・? ク、クレイ?」
 さすがに孫の変化に気付いたアンダーソン氏は固まった孫の顔を覗き込む。
 御年5歳の孫は目にいっぱいの涙を浮かべ―――――――
  
「うわああぁぁぁあ―――――んっ!!!」
  
「ま、待ってくれ! これは、その、おまえの為を想ったことで」
 祖父の冷汗まじりの言い訳など聞かず、孫は一目散に走り去った。
 ぽつん、と独り残された老人に冷たい風が吹く。
 アンダーソン氏は誰にともなく呟く。
「なぜだ・・・・・・・・・・・・・・・」
  
 こうして、祖父と孫の間の溝はますます深まるばかりだった。


<オワリ>


 
 
 
 
パーティ男性陣の中、人気2トップの片割れを書きたくて作成。 
でも、結局じいさんが主人公になってたり。
かっこよくて素敵で無意識に女性のハートをキャッチなクレイを!
とは思うだけで最終的にはお笑い方面へ……なんでだろう。

< 2002.05.01 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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