冬は吐息を温めて

 
 ぱちっ

 火鉢から小さな破裂音。
 恋次はふと顔を上げて日程表を見て、思い出した。
 年が明けて間もなく寒の入り、そして飾納の日がやってくる。
「おい、欲しいモンがあるなら聞いてやるぞ」
 部屋にいるもう一人に声をかけた。
 そばでごろりと寝そべりながら瀞霊廷通信の姉妹版、
女性死神協会通信を眺め読んでいたルキアは目を離してしばし。
「ああ、私の誕生日か」
「値の張るものを言われても無い袖は振れねえけどな」
 財布の中身なぞ知れていると言うように肩をすくめらてしまい少々胸が痛んだが、
いかんせん副官になりたての懐は木枯らしなのだから仕方ない。
 不精にもうつ伏せたまま腕を組んだルキアは手を叩いて目をきらめかせた。
「ほていやの白玉あんみつをたらふく食いたい!」
「何月だと思っていやがる。つうか、食い物以外にしろよ」
 安上がりにも程があると内心渋面になりながら指定。
 欲しい物と言ったではないかと不服そうなルキアであったが、それではと口を開いた。

「れんじが、ほしい」

 ルキアは恋次を真っ直ぐに見上げたまま。
 そんな様子に恋次は何と応じるべきか判断しかねた。
 二人きりの部屋でのそれはつまり。
 男として押し倒す好機と見るべきか、いやまて既にテキは横になっているのだからその必要は、
まさか先程からソノ気であったとか、うんぬんかんぬん。
 一瞬の間に本能だか何だかの嵐が吹き荒れたのであるが。
「え?」
 念のため、聞き返した。
 聞き間違いではないと確信するには少々理性の壁は厚く高かった。
「れんじがほしい」
 ルキアは再度、明瞭な声音できっぱりと繰り返し、更に続けた。
「『でんしれんじ』。知っておるだろう?」
 思わず『電子恋次』と脳内変換されたのを正す。
「……電子レンジ?」
「そう。現世で過ごした際に利用したら、これが便利でな」
 上体を起こし、喜々と話す様を誘っていると判断するにはよほど変わった人生経験が必要だろう。
 普通の人間よりは人生の長い恋次だが、そういった経験は生憎持ち合わせていない。
 呆然とした恋次を見るルキアは意地悪な笑みをこれ見よがしに浮かべた。
「おや、副隊長殿は何だとお考えに?」
「何っでもねえよ、馬鹿野郎!」
 謀られた気もするが、それを非難するような真似だけは意地でもできない。
「まあともかく電子レンジを使った時に感動してな。こちらでも一台、そばに置きたいと思ったものだ」
「現世の電気で動くんだろ? こっちで使えるもんか」
「分からんぞ。技術開発局が可能にするかもしれん。いやいや、実用とて近いかも」
「お前な」
 嬉しそうに語るルキアに、恋次は呆気を通り越して感心すらしていた。
 電子レンジが家電であることや大まかな用途は知っていたが、
知識のみと実践ではこうも違うものなのかと。
 これだけ言うのだから恐らく素晴らしいものなのだろう。
「冷めた食事もすぐに温かくなってな、冬場は特に重宝するのではないかな」
「そんなもんかね」
 生返事であったのを気にしてではなかろうが、ルキアはレンジ賛辞を打ち切った。
「おっと、長居したな。帰らねば」
 行灯を明かりにして随分経つ。
 障子越しに伺い見るに、空はすっかり墨色に染まっているようである。
「もう暗い。送ってやるから待ってろ」
 立ち上がって羽織に伸ばした恋次の手を、ルキアは止めた。
「気遣いは無用。賊も私には手出しできぬよ」
 そこらの死神には朽木の名、万一知らぬものにはルキア自身の力によって。
 特に後者を疑うのは同じ死神として侮辱に当たる。
 恋次は同志としての注意の言葉を肯定に代えることにした。
「今夜は月がねえから足元に気をつけろよ」
 戸を引き開けて見れば、月の代わりに一面の星屑。
 外に向かって吐いた息は白い。

 ひやり

 ふいに戸を開けていた手が、敷居の向こうへ捕られた。
 まるで猫のように恋次の横をすり抜け出た、ルキアその人である。
 差のある大きさの手のひらと、思いの他に冷たく細い指に戸惑う。
 同じ温度になろうとする手と手。
 しかし心向きまで近づくというものでもない。
 前言撤回で風除けとして送っていくようねだられてるわけでもあるまいが。
 恋次の疑問や気持ちなど知らずにルキアはやはりなあと呟いて笑った。
「現世で過ごしてな……思ったのだ」
「思ったって、何を」
 つないだ手はそのままに。
 眼下の表情は泣き笑っているかのようで、乱暴に離せば一気に崩れそうなほど脆そうに思われた。
 ルキアは唇を解き、白い吐息がもれた。

「れんじのようだ、と」

オワリ


 
 
 
この後のルキアの帰路、後方でストーカーのように見守る赤い影…!
このまま帰さないとか当サイトのヘタレンジじゃ無理。
ルキアの欲しい物をすんなり聞き出せないヘタレンジじゃ無理。

ルキア押入れ生活時にレンジを見て恋次を思い出してたらいいドリーム。

< 2008. 01. 09 up >
BLEACH ©久保 帯人 / 集英社
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