[Title02:昨日の友は今日の敵]
「どうしても、譲る気はないんだな?」
「親友にだって譲れない時があるさ。言うだろ『昨日の友は』……」
「ふん、『今日の敵』ってか。違いねえ」
夕飯時で混雑する猪鹿亭の一角のそこだけが世界が違いました。
睨み合うクレイとトラップはお互いの指の動きや目の瞬きですらも見逃すまいとしています。
横でテーブルについているわたしですら手に汗を握っていたかもしれません。
2人の間にあるのがプリン1個でなければ。
猪鹿亭の主人の新作のプリンを試食して欲しいと言われた我々のパーティ。
看板娘であるリタは人数分を出してくれたのですが、何故かルーミィはケーキを食べたいと言って聞かず、大食漢な彼女がプリンはいらないからケーキにして欲しいとまで言ったのです。
まあ、理由は分かりましたけどね。
味は良かった新作プリンは見た目がトンジャン色だったのです。
余ったプリン、これを誰が食べるかという時に2人が名乗りを上げたのです。
プリンの為に真剣な空気を作り出せるなんて、ある意味尊敬しますよ。
「こうしないか? キットンにコインを投げてもらって、その裏表で決める」
「ほへ? わたしですか?」
急に指名されてしまいました。
クレイの提案にトラップは少し考えたようですが、首を横に振りました。
「男ならコレで決めようや」
ぐっと握り締めたコブシは殴り合いを示しているようではありません。
普通ならジャンケンという意味でしょう。
勝負相手は頷いて同意しました。
「いいだろう。じゃあいくぞ。じゃーんけーん……」
「クレイ、後ろ!」
「えっ?」
トラップに背後を指差され、クレイは振り向きました。
ああ……、卑怯とはいえ使い古された手に引っ掛ってしまうとは。
クレイが何のことかトラップに尋ねようとしても、時既に遅し。
プリンの器はトラップの手の中で、彼は一口目をぱくりと食べてしまいました。
「あーーーーーーっ! お、お前ってやつは!」
「けっけっけ、早い者勝ち。おれはジャンケンだなんて一言も言ってないぜ」
「待て、この!」
ついに追いかけっこを始めてしまいました。
「元気がいいな」
ノルはプリンはいらないと言いながらも気になってるらしいルーミィに分けてあげています。
「分けるという発想もあるはずなんですがね。ま、楽しいんでしょう」
ガキなんだと言えなくもないですが。
おやおや、リタに店の中で走り回るなと怒られています。
妙ですね。こういう時は注意する人物がパーティの中にもいるはずなのに。
その人物ことパステルは「放っておきましょ」と言うでもなく、心ここにあらずといった感じでプリンをスプーンでつついていました。
「元気ないですね、どうかしたんですか?」
パステルは考え込むクセがあるようですからね。
悩み事なら相談にのってあげたい所です。
「ねえキットン。やっぱり友達って敵になるのかなあ」
「はあ?」
「今日、おかしな人に会ったのよ」
「おかしな人、ですか?」
「ほー、おめえよりおかしなヤツなんて珍しいじゃねえか」
「どういう意味よ、トラップ!?」
じろりと睨まれても涼しい顔のトラップは、空になった器を持ってテーブルに戻ってきました。
プリンとはいえ早食いですね。
椅子にどさっと座ったクレイも、肩を落としながらもパーティメンバーの言葉に耳を傾けます。
リーダーとしての責任感がある彼らしいとも言えますね。
トラップよりおかしな人も珍しいと思いつつ、話を聞くことにしました。
「で、どうおかしな人だったんです?」
「うん、それがね…」
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印刷所でバイトしてる時に来た男の人で、最初はお客さんかと思ったの。
でも、冒険時代の原稿を持ってきた冒険者だった。
その人は初めて寄稿するらしかったけど、珍しいじゃない?
冒険時代の原稿を書いてる人って他に会ったことないし。
「わたしも冒険時代で小説を載せているんですよ」
そう言ったら、やっぱりその人も驚いてさ。
「これは偶然ですね。……あの、もしやパステル先生では?」
「パステル=G=キングならわたしです。先生だなんて大層なものじゃないですけど」
「ほ、本当ですか! いつも読んでいます! いやあ、光栄だ!」
笑顔で頬を真っ赤にして、そりゃもう喜んでくれてるみたいだった。
わたしも嬉しかったよ。
直に読者に会ったことはあったけど、アンジェリカ姫やマックスっていう女の子ばかりだったでしょ。
男の人からも読んでもらえるんだなあって。
でもね、ここからがちょっと分からなかったの。
「ぶしつけですが、どうかパステル先生の友人にしていただけませんか?」
なんて言うんだもの。
「お友達に? ええと、そうですね。わたしでよければ」
わざわざ友達になりたいなんて言うものじゃないでしょ?
冒険時代に寄稿する仲間みたいな気持ちもあったから別に良かったけどさ。
「お会いした途端に気持ちを伝えても戸惑われるでしょうからね、まずは友人ということで」
「……はあ」
何て返事をしたものか分からないじゃない。
そしたら、その人ったらわたしの手を取るなり、ぎゅっと握りしめたわけ。
「今日はただの友。しかし明日は、明後日は……恋の女神のみぞ知る、ですよ?」
目に炎が見える勢いで言ってきたその人は、わたしの返事も聞かずに印刷所から去って行ったの。
今のは一体どういう意味なんだろうって意見を聞こうにも、他に人もいなくて。
でも、クレイやトラップの言葉を聞いて分かった。
あの人は冒険時代の寄稿者としての敵、つまりライバルになるって意味だったんだわ!
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……違うでしょう? そういう意味ではないはずです!
わたしはスプーンを握って熱弁を振るったパステルにめまいがしました。
「らいばるって何デシか?」
シロがテーブルの下から見上げて訪ねてきました。
「ライバルとは互いを高めあう競争相手です。稀に、恋がたきを示す場合もありますが」
せめてもとヒントを送っても、当のパステルに気付く気配はありません。
これくらいで悟るくらいならその男性に迫られた時に分かるでしょうけどね。
己についてはパステルに劣らず鈍いクレイも一連の話の本質を見抜いたようです。
「うーん……冒険時代仲間としてのライバルになったらいいけど」
デリケートな問題なので、言葉を濁しました。
「そうね! 立派なライバルになれるよう頑張らなきゃ!」
パステルひとり、妙にやる気です。
どう頑張るのか少し気になるところですね。
いえ、もう一人やる気な人物がいました。
彼はにっこり笑って、パステルの肩をぽんと叩きました。
「明日明後日なんて悠長に構えてんなよ。今日この瞬間からそいつは敵だ」
パステルと違うのは殺という文字を含んだヤる気満々なオーラだという点です。
「『トラップの敵』でしょ」
思わず声に出てしまいましたが、幸い誰の耳にも届かなかったようです。
例の男性が既にシルバーリーブから離れてるといいんですけど。
ため息をつきながらでも、トンジャン色のプリンは美味でした。
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