T★P 1Dace [12] 独占欲
 
 ぴ。
 原稿用紙に赤い線を引いて、甲高い音がなった。
 キットンがルーミィとシロちゃんを連れて散歩に行ってくれた時間を利用して原稿の推敲をしていたのだけど、予想より早く終わりそう。
 このまま印刷所に行って出しても納得できるレベルだ。
 原稿を出した足でキットンたちが行った散歩コースを追えば合流できるはず。
 外はまだ風が肌寒いものの、清々しい快晴。
 そうしようかな?
 と、窓の外を見ると、春先の青空以外のモノも目に入った。
 木の幹にもたれかかり枝に長い足を投げ出してぐうぐう寝ている人物。
 窓を開けると濁っていたらしい空気のかわりに新鮮な空気が入って来る。
 窓の開ける音にも反応しないところを見ると、熟睡しているんだな。
 よく落ちないものだと感心するけど、やっぱり、危ないよなあ…。
 しかし、それほど高い場所じゃないし、木の下は柔らかそうな落ち葉で覆われているから、よほど打ち所が悪くない限り落下しても大事にはならないだろう。
 まあいいか。
 一度落ちてみれば木の上で昼寝しようなんて思わなくなるよね。
 うん、いいクスリってやつだ。
 そう判断すると、あくびがひとつでた。
 うららかな日差しを浴びて、なんか出かけるのがおっくうになってきたなあでも出かけたいなあなんて考えていたのだけど、垣根の向こうの通りを歩いている女の子たちを見つけて、ぎょっとして、思わず窓から身を潜めた。
 女の子たちの一人がトラップに熱を上げている子だったのだ。
 他の子も、トラップに声をかけられて嫌な顔なんかしない子ばかり。
 ちぇ、トラップときたら調子のいいこと言って、外面ばっかりいいんだから。
 身を潜めたのは、寝てるとはいえ、いいや寝ているからこそトラップを間に彼女たちと顔を合わせたら険悪な雰囲気になるように思えたのだ。
 考え過ぎかもしれないけど、用心に越したことはない。
 下手に鉢合わせてなんだかんだと因縁つけられても疲れるだけだし。
 壁に背をつけて伺い見ても向こうがわたしに気付いた様子はなかったものの、 一人が木の上のトラップを指差すと、特に熱を上げている子だけでなく、他の子たちもそちらを見て嬉しそうに顔をほころばせた。
 あーあ……。
 なんて嬉しそうな、なんて楽しそうな笑顔なんだろ。
 彼女たちの会話の内容は聞こえなかったけど、だいたいの想像はつく。
 その人物が、バランスの求められる場所で寝ている事について、下からでも少しは見える寝顔について、他にもいろいろ。
 自分の事を言われてるわけじゃないのに、なんだかもどかしくて恥ずかしかしくてモヤモヤする。
 まったくもう!
 どうしてトラップのせいでこんな気分を味あわないといけないわけ!?
 彼女らが去ったのを確認して更に口の中で十秒数え、窓から身を乗り出した。
「起きて、トラップ! そんな所で寝ないでちょうだい!」
 近所の人たちにみっともない姿を見せないで、とは言わない。
 万が一、ルーミィたちが真似したら大変でしょう、とも言わない。
 そんなこと言われたトラップがプライドを傷つけられたと感じてむきになる可能性は決して少なくないからだ。
 変なところでひねくれてるんだもんな、この人。
 まるで猫みたいにトラップはゆっくり身体を伸ばした。
 こちらを見る寝ぼけ眼は、なぜか恨みがましさを湛えている。
 気苦労かけさせられて、恨みたいのはこっちの方なんですけど。
「おめーの所で昼寝できねえからここで寝てんだけどな」
「へ? そうだっけ?」
 トラップは枝に寄りかけていた片腕をずるっと滑り落とした。
 そういえば彼の部屋より日当たりが良いからという理由で昼寝させて欲しいとやって来たトラップを、邪魔だからという理由で追い返したのはわたしだった。
 季節にしては良い陽気だから外で昼寝したらと提案したのもわたし。
 うう、こういうのを身から出たサビって言うのかなあ。
 悔やんでいてもしょうがない。
「わかった。ベット貸してあげる。今日だけ特別よ」
「ふーん。ま、いいだろ」
 どこか上から目線で偉そうに言ったトラップは寝起きとは思えぬ身軽さで木から滑り降りると、 換気の済んだ部屋の窓を閉めるより速く部屋にやって来た。
 そして、さも当然と言わんばかりにベットに寝転がる。
 うーん。やたらと満足そうな顔をしてる気がするぞ。
 最初から狙って、部屋から目に付く木を選んだ犯行じゃないでしょうね?
 まさかその質問をしたってマトモに答えないだろうし、からかいの材料になっても困るので聞けないけど。
「ねえ、トラップ」
「あぁー……?」
 もう片足は夢の世界に突っ込んでるだろう彼に代わりの質問を。
「もしも、この部屋の日当たりが良くなかったら、昼寝しに来なかった?」
 我ながらどうして質問をそれにしたのか、よく分からない。
 急にその問いの答えをとても聞きたくなった。
 でも、何て答えてほしいんだろ、わたし。
 よく分からないながら、椅子の背もたれにつけていた手に力がこもる。
 も、もしかしてこの質問もけっこうやばいのかな?
「…………さあなあ」
 返ってきた、間延びした答えに肩透かしを食らって振り向くと。
 ええええええええっ!?
 トラップったらいびきかいちゃって、もう寝てるっぽい!!
 ちょっと、いくらなんでも寝るの早すぎるよ!
 って。
 寝てる人に言ったって仕方ないんだけどさ。
 世の中そんなもんかと思いつつ、わたしは再び原稿を手に取った。
 もう一度しっかり見直した方がよい気がしたからだ。
 今は納得できるレベルでも、後でもう少し見直しておけばと後悔するなんて、よくある話だもんね。
 この部屋から出て散歩をするプランはなくなってしまうけど、そもそも最初から原稿に当てるつもりの時間だったんだし。
 赤いペンのフタを取ると、勢い余って小指にインクがついてしまった。
 あちゃー…、せっけんでないと消えないかなあ。
 小指の赤を見て、ふと運命の人と繋がるという糸の伝説を思い出した。
 わたしの小指の糸の先にも誰かいるのかな。
 ベットで寝ているトラップの糸は誰に繋がっているんだろ?
 傍聴者が一人きりになった寝息を聞きながら、何故だかそんなことばかりが気になってしかたなかった。
 
 

お題は[ love&laby ] よりお借りしました。多謝!


 
 
 
 
お題ラストはトラ→パス→トラで。(一方通行…)
独占欲がにじみ出ているとよいのですが。

< 2008.07.04 up >
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