T★P 1Dace [09] 隠れる | |
傾きかけたみすず旅館の傍らにある低木の茂み前。 バイト帰りのトラップが見たのはスパイよろしく身を潜めるパステルだった。 正しく言うと、公道側からは姿が丸見えではあるものの、パステルからは奇妙に一生懸命さがうかがえるので隠れているつもりに見えなくもないというところ。 少々間の抜けた光景にトラップは声をかけるのに躊躇してしまう。 「おめえさぁ……何してんの?」 決して大きくない呼び声に、パステルは殺気すら含めて振り返った。 腰の引け気味なトラップの腕を引いて屈ませると、唇の前で指を立てる。 「静かにして」 小声で叱り付けると再び茂み向こうに目を向ける。 「きた! 伏せて!」 言うが早いか、怪訝な顔をするトラップの頭を押さえつけると険しい表情のパステル自身もいっそう身を低くした。 茂みを挟んだ向こう側、旅館の庭スペースにぽてぽてとおぼつかないように見えつつもしっかりとした足取りで現れたのはルーミィとシロ。 はた、と足を止めたルーミィはきょろきょろと見回して首をかしげる。 「ぱぁーる、どこにいるんかなぁ?」 独り言のような問いかけに、シロは鼻をひくひくと動かすと寸分たがわずパステル達のいる方へと顔を向けた。 パステルはぎくりと体を強張らせた。 だがそれも刹那で、シロはすぐに向き直るとルーミィと同じくして首をかしげる。 「たぶん、そんなに遠くに行ってはいないと思うデシよ」 ルーミィはこっくりと頷いた。 「うん。今度はあっちをさがしてみるんだお」 「えぇー、っと。 はいデシ」 たっと走り去るルーミィの姿をシロも追いかけた。 最後にチラリとパステル達のいる茂みを見たが、ルーミィは気付かなかった。 ちびっこ一人と一匹の姿を完全に見送り、一拍の間。 「ふー。危うく見つかるところだったわ」 額の汗を拭いつつ、パステルは大きく息を吐いた。 「……こっちは危うく酸欠で死ぬところだったけどな!」 パステルに押さえつけられて大地と熱烈キッスをし、窒息の向こうに見たこともない曽祖父に対面してしまった土まみれのトラップは大きく息を吸った。 今ので大方の事情は飲み込めた。 つまり現在はルーミィがオニである、かくれんぼの真っ最中なのだ。 「そっか。道からだとバレバレなのね」 ごめんなさいは?というトラップの言外の要求をパステルはスルーした。 「ったく、あんでおれまで隠れなきゃなんねーんだよ」 「わたしの居場所を知っちゃったじゃないの」 「言うかよそんなもん」 パステルはトラップの顔をじーっと見つめて胡散臭げに目を細めた。 「信用できないわね」 確かに居場所暴露させても経済的利益はない。 しかし、愉快犯というものも世の中には存在するのだ。 トラップにはその素質も前例も充分にあった。 カルマ−10を越えている人物に信用も何もあったものではない。 仲間としての信頼は、命をかけた冒険中ならばいざ知らず、かくれんぼという血も涙も無いサバイバルゲーム中には存在しないのだった。 嘆息するトラップの腕を引っ掴んだパステルは腰を屈めたまま、スパイ小説よろしくじりじりと移動して行った。 パステルが隠れ場所として選んだのは四方を低木に囲まれた、2人くらいが隠れるのにピッタリの空間だった。 そこにいる人物が立ち上がりでもしなければ見つけ出すのはかくれんぼとしては難易度がやや高めだろうといったところ。 ちょうど陽だまりになっていて芝生の座り心地も悪くはない。 けれども。 「ただ隠れるってすげぇ暇なんだけど」 「しー。 しゃべっちゃだめ」 パステルの注意を受けてトラップは口をつぐんだ。 用事があるわけでもないので時間的拘束をされるのも身を潜める苦痛も盗賊修行の一つとして慣れていたので構わないのだが、最初から自分もこのゲームの参加者であったならまだしも、全く関係ないのに巻き込まれてこの扱いを受けるのはいささか不当ではないのか。 おかしなテンションのパステルに気圧されていたトラップではあれども、このまま言いなりになるのはかなり癪に障った。 なにも律儀に付き合ってやる必要なんてどこにもないじゃないか。 パステルに特別な意図があって自分まで隠れさせているのでもないのだし。 「やっぱおれ」 いち抜け表示をしようとしてトラップは絶句した。 膝をかかえ、目を閉じて揺れ、パステルは舟を漕いでいる状態にあった。 トラップはパステルが小説の原稿執筆に昨日一昨日と夜を徹して取り組んでいたのを思い出した。 言動が妙であったのもそのせいで、睡眠不足の疲れが出たのだろう。 そのうち倒れるんじゃないかとトラップが胸中で苦笑した次の瞬間。 ぐらり パステルの上体は大きく後ろへ倒れ、勢いよく地面へと向かっていった。 が、地面に触れたのは前髪だけ。 「あんで、そういうお約束をやりやがんだ、おめえは」 トラップは思わず伸ばした手にのしかかる、規則的な呼吸をしたままのパステルに向かって文句を垂れた。 見た目よりも軽い体をゆっくりと元へと戻そうとしたのだが、それなりの重みはある体であったので少々バランスを崩してしまった。 ことん、とパステルの頭を己の肩に預けさせる形になってしまった。 「……ん?」 パステルは薄目を開けた。 「っ!! 言っとくけどおれはおめえを助けてやっただけでその深い意味は」 「……ちょうどいいや」 パステルは瞼をおろした。 よくねえ。 丁度よい背もたれ代わりにされているトラップはうめいた。 パステルは腹が立つほど安らかに眠りに落ちていた。 ぐ、とパステルの肩に触れる手に力を込めても目を閉じれば長さの目立つまつげは揺らがずに頬へと影を落とすのみ。 蜂蜜色の髪が鼻先に触れ、くしゃみをしそうになったわけでもないのにトラップは力いっぱい顔をそらした。 周囲は低木が囲み、人が近づく気配はないと何故か確認してしまう。 この上ない絶好のチャンス。 「何のだよ」 天使か悪魔かの囁きに対して嘆息まじりにつぶやいた。 降り注ぐ陽射しはあたたかで、頭上で流れ行く雲はひどく穏やか。 そしてトラップは。 「ぱぁーるぅ、みっけったお。……寝てるんかぁ?」 「……じゃあ、ボクたちは先にお部屋に行ってるデシね」 しばらくの間が空いて、それらの断片的な会話が夢の中で起こったものではないとパステルは気づいた。 ふっと目を開けるとすぐ目の前にトラップがいた。 どうやら、うたた寝をしているうちにもたれかかってしまったらしい。 いつのまにか西の空は赤味を帯びはじめているところをみると、ずいぶんの時間が経過しているらしかった。 「あーっ、いつの間に寝ちゃってたんだろ。 ごめんっ」 謝罪と感謝の気持ちをを込めて、パステルは両手を眼前でぱしっと合わせる。 トラップはそれに対して許すとも許さないとも言うことはなく。 「……おめえ、かくれんぼ中に寝るなよな」 それだけ言って立ちあがると、ズボンについた葉っぱや砂を払った。 はて?とパステルは首をかしげた。 普段のトラップならば散々恩着せがましいことを言い並べそうなものなのに。 と、そこまで考えてパステルはハッとした。 トラップがこんな反応をするとは何かやましいことがあるに違いない。 先ほどまでは普通だったのだからして、恐らくは寝てる間に行ったのだろうが、衣服に何か付いてるわけでもないし所持物に変化もない。 ぺたし、と手で自分の両頬を抑えるようにしてパステルはこれだと思い至った。 なんてこったと立ち上がり、トラップの方へ手をずいっと差し出した。 「出しなさい」 「ああ?」 「わたしの顔に落書きしたんでしょ! 油性ペンだったら承知しないから!」 ぐるぐるほっぺかどろぼうヒゲかあまつさえ額に肉だなんて書かれた日には! 恥ずかしくってシルバーリーブを歩けないじゃないのとまくしたてるパステルを、トラップは呆れかえったように肩越しに半眼で見ていたが。 舌をべぇっと出した。 パステルはその反省のかけらもない態度に頭にきて両手を振り上げた。 「かっわいくなーい!」 トラップはへんっと鼻を鳴らして肩をすくめた。 「そりゃ良かった。かわいいだなんて言われたかねえや」 憎まれ口を叩くその耳は、パステルからは夕日を受けて赤く染まって見えた。 それらの声に引き寄せられてかひょいと顔を出したのは、彼ら二人を含むパーティのリーダーであるクレイ=S=アンダーソンその人だった。 クレイは一目見てまたいつもの口論かと判断した。 「おまえたちこんな所にいたのか。そろそろ猪鹿亭に」 「クレイ! 聞いてよ、トラップったらひどいんだから!」 裁判長に訴える検事のようなパステルは、リーダーの発言をさえぎった。 「今度は何をやらかしたんだ?」 またトラブルメーカーと名高い幼馴染が厄介事を引き起こしたのか。 クレイは望まぬ運命を受諾する諦めにも似た溜息を吐いた。 「だから、わたしの顔に……って?」 「顔? どうかしたのか?」 まるきり不思議そうにするばかりのクレイの反応。 パステルは顔落書き嫌疑を向けていた容疑者(冤罪らしい)を振り返り見る。 頭の後ろで手を組んでひょうひょうと歩いてゆくトラップに詰め寄った。 「何もしてないの? いったい何をしたの?」 「さあねぇ。なんだろうねえ?」 「もう、隠してないで白状しなさいよーっ!」 ちょっぴり鈍感な少女とちょっぴり悪戯好きな少年の押し問答が繰り広げられるその光景に、ちょっぴり苦労性な少年はやれやれと首を振って、いつの間にか足元に駆け寄ってきた、ちょっぴり食いしん坊なエルフとちょっぴり語尾のおかしなホワイトドラゴンを連れて、いつもと同じかちょっぴり違う二人の後を追うようにゆっくりと歩いた。 空には一番星の光が色鮮やかな夕焼けの中にきらめいている。 明日も今日のような良い日であるように、と誰かが祈った。 | |
お題は[ love&laby ] よりお借りしました。多謝!
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原作1巻の隠れる場面はトラパス名シーンでございましょう。 パステルを岩陰に引きずり込む名シーン!(語弊が) 隠れるって色んな場面ありますが、どれもどきどきします。
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< 2003.12.21 (12.01) up > フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス |
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