T★P 1Dace [08] まちがい
 
 冒険者していて良い点のひとつは、色んな地域を訪れる職業ってとこだ。
 初めて訪れた街、初めて会った人々、初めて入った喫茶店。
 そんな場所に加えて日が傾く前の程よい陽気。
 さわやかな風に吹かれて茶をすすれば思う事はひとつ。
「カジノ行きてー」
「何でよ」
 俺の考えが理解できない…と言うよりも考えを丸ごと見透かした上での非難めいた視線を投げて来たのはテーブルを挟んだ向いに居たパステル。
 パステルの注文したハーブティーは1度口をつけられただけでテーブルの隅に追いやられていた。
 代わりに注文主が正面に据えたのは方眼紙のメモ帳。
 俺はそれを指でトンと叩いた。
「地図、完成したのか?」
「うっ。も、もう少しだから! もう少し待って!」
 パステルは言葉を詰まらせると、手にしたペンを恐ろしく鈍く走らせた。
 やれやれ、頼もしいペースに溜息が出るぜ。

 荷運びのお使いクエストを無事に済ませた俺達は、この街に明日までのんびり滞在することにした。
 俺ものんびりしようと思ったさ。
 だけど、俺ともあろう者が貧乏クジを引いちまったんだ。
 今回のクエスト途中、パステルの方向音痴が見事炸裂しやがって、 半日足らずで行ける所を倍近くかけてしまった。
 この街に泊まるのも、懐が潤ったからだけではなく、 今から帰ったらシルバーリーブに着くのは真夜中になるためである。
 久々のクリティカルヒットっぷりに温厚な俺でも腹に据えかね、事態の元凶に一喝くれてやったわけだ。
 その素晴らしい方向音痴をどうにかしろ、と。
 そして勢いで言った。
 努力するなら協力してやるからどうにかしろ、と。
 では協力してくれ、今から             と、パステルは俺に言った。

 協力という名目でやらせることにしたのは街のマッピング。
 何件もの店に寄って、その道筋をマッピングするというもの。
 モンスターの心配はまずないから安全だし、山野と違って目印も多く、道が曲がっていても分かりやすいが、人混みに惑わされるため練習にはなるはずだ。
 もしも街の正規の地図があるなら、付き合うのは俺じゃなくたっていいんだ。
 地図の比較はクレイでもキットンでもノルでも、パステルの自己採点でもいい。
 一応提案したのは俺だし、何よりパステルが堪えてた所に畳掛けちまった分の引け目を感じたからとはいえ、別行動の面々が恨めしいぜ。
 ま、その分ルーミィがあいつらをキリキリマイさせると思えば気が晴れる。
「できた!」
 顔を上げたパステルは、白いアーマーを着ていても修行中と言うより課題を終えた出来の悪い学生と言った方がピッタリだった。
 俺は横目で一瞥するとペンを引ったくり、地図らしきメモに7ヵ所丸を描いた。
「ほれ、書き直し」
 パステルの快心といった笑顔は、わずか10秒足らずで崩れた。
 どう違うのかも聞きたげな視線を向けてきていたが、それを無視していると、やがてパステルは邪念を振り払うようにしてメモを睨みつけた。
 よしよし。辛口採点の意味も、練習で全く気付かなけりゃ本番のクエストの役に立たないってのも分かってるな。

 コトリ。
 俺達のやり取りの間を狙うように、ナッツの砂糖和えを乗せた小皿がテーブルに置かれた。
 こんなもん頼んでないぞと店員を見るとにこやかに笑ってやがる。
「お気になさらず。当店より、お二人様へのサービスです」
「ふーん。じゃ、ありがたく」
 食ってみると真っ白にコーティングされたわりにすっきりした甘さだった。
 噛んでみればナッツの香ばしさが広がって、茶菓子に丁度いい。
 テーブルの向こうからも手は伸びてきたが、俺は笑顔でそれを叩き落とした。
 叩かれた手の甲を引き寄せたパステルは不条理だと言わんばかり。
「何すんのよ! トラップの独り占めなんてズルイじゃない」
 菓子なんてもんを独り占めするかよ。おめーじゃあるまいし。
「けっ。それよりちっとも解けねえで食おうってのは図々しいんじゃねえの?」
「違ってた所、分かったよ! ……まだ二つだけど」
 パステルは色の違うペンで道幅を変更させ、横道を書き込んでいた。
 その辺は気付かないのがおかしいっつー所だから当然だな。
 でもまあ、パステルにしちゃ早い発見だ。
「いいだろ。その調子で頑張りたまえ」
「はーい!」
 ナッツを食べる許可を得たパステルは嬉しそうに一粒だけ食べ、 茶を一口すすり、次の問題箇所にとりかかった。

 店の奥ではさっきの店員を含んだ従業員がこちらを微笑ましげに見ていた。
 ナッツサービスなんてされちまうくらいだ。
 冒険者が地図の基礎を勉強してる姿はさぞかし同情を誘ってるんだろう。
「あ、ここの店の入口はもっと左だったっけ」
 色の違うペンで訂正した箇所を見て、俺は満足だった。
 最後まで気付かないと思ってたのを当てられるのは教師冥利つきる。
 パステルも成長したもんだ!
 ……何を本気で喜んでんだ、俺ってやつは。
 喫茶店の店員に同情されちまうような状態だというのに。
「ちぇ、なっさけねえの」
「ん? 何が?」
 集中力が早くも途切れたのか、パステルは顔を上げた。
「ああ、あのカップル? いいじゃない、買い物に付合ってくれる優しい彼で」
 視線をたどれば、向かいの雑貨屋で二人組がアクセサリーを間に話していた。
 波打つ髪の女が連れに向かって似合うかどうかとか言うような、半ばどうでもいいような意見を求めてんだろ。
 女の買い物に付合うのもご苦労だが、それが優しいと言うのなら、パステルに付き合ってやってる俺はとても紳士的で優しい男ってことになる。
 それはともかく、「彼」だって?
「あいつら、女同士だぞ」
 二人組のうち、片方は腰までの波打つ髪、片方は短髪で頭ひとつ背が高い。
 ラフな格好をしているし、男だとしても美形なんだろうけどな。
「え! ……言われて見れば」
 パステルは申し訳ないといった気持ちで雑貨屋の方へ目を戻した。
 面と向かって直接言ったわけじゃあるまいし、気に病む事はねえのに。
 俺は苦笑して肩をすくめた。
「ま、そんな間違いはよくある……」
 言いかけて、他のテーブルのいくつかにもサービスのナッツを見つけた。
 同時にそのテーブル客達に共通している事にも気付く。
 俺達みたいに勉強してる事、なわけねえ。
 全部が男女の二人組、しかも仲睦まじそうな二人組ばかりだった。

 丁度パステルの背後では、女が男にナッツを食べさせている所ではないか。
 もちろん男の手がふさがっているわけでも、不自由してる気配もないし、 女の方も男の口に運び入れる作業をもったいぶってやっている。
 周りに目もくれず、完全に二人だけの世界に入ってるみたいだ。
 つまりアレだ。
 俺達のテーブルのナッツは、頑張って勉強してる冒険者を応援する意味で置かれたわけじゃねえってことだ。
 つーか、二人きりで顔を突き合わせて茶を飲んでるのを、事情を知らねえ奴が冒険者としての修行をしてるように見るのは難しいわな。
 いや、事情を知っていたらそれはそれで、一緒に街をブラつくなんてコースを撰んじまった俺に妙な含みがあるようにも思えなくも……。
 一旦気付くと店員の悪意ない微笑みにも居心地悪さを感じて仕方がない。
 そんなんじゃねえ!と叫びたくなるのをかろうじて抑える。
 不幸中の幸いなのはパステルはまだ知らないということだ。
 こうなったら一分一秒でも早く店を出たいもんだが、あまり早いといかに鈍感なパステルとはいえ不審がるかもしれねえ。
 詐欺にしろプロポーズにしろタイミングが大事だってじーちゃんが言ってたし。
 って、どうして詐欺とプロポーズを同列に並べんだジジイ。
 ばーちゃんにプロポーズする時、騙したのかよ。
 だいたいこの店ときたら客層の半分以上がカップルじゃねえか。
 誰だ? 喉が渇いたからこの店に入ろうと言ったのは……俺だ、チキショー!
「トラップ?」
「うおっ! な、なんだよ!?」
 急に声をかけられたとはいえ心臓が飛び出んばかりに驚いてしまった。
 反応を不自然に感じなかったらしいパステルは先の訂正した部分を指さした。
 もう道向かいの雑貨屋から地図を直すことに関心を戻したようだ。
 ぐだぐだ悩んでると思いきや、切り替えの早い奴だ。
「これで合ってる?」
「あ、ああ。扉と道幅の対比サイズもいいんじゃねえの」
「それじゃあ、もう一個もらってもいいわよね」
 パステルは嬉しくて仕方がないといわんばかりにナッツをつまみあげる。
 その後ろではカップルが先程のナッツ一粒の駆け引きをまだ続けている。
 全く、ナッツを食わせたいなら早く男の口にブチ込みやがれ!
 ナッツが食いたいなら女の指ごと噛みつけ! つーか自分の手で取れ!
 見てるこっちはイライラが溜まる一方だってんだ。
 その俺の目の前のパステルは、こちらを見て首をかしげた。
 手にはナッツを持ったまま。
「頭かかえて唸ってると思えば、今度は顔が赤いわよ。あっ、さては!」
「な! 別にそんなんじゃ……!」
 否定するほど顔がポーカーフェイスに遠のいちまう。
 いや、その、別に、周囲から浮いてる気がするからどうにかしようとか、周囲が羨ましいとか、俺達は冒険仲間だけど男と女でもあるんじゃないかとか、パステルが望むなら付合ってやらないこともないとか、そんなことはちっとも。
 狼狽する俺をよそに、パステルはびしっと俺、でなく俺のカップを指さした。
「そのお茶、ブランデーが入ってたのね!」
 飲み過ぎちゃダメよと能天気にも言って、持っていたナッツをあっさり一口。
 こ、こいつ……わざとやってんじゃねえだろうな!?
「うるせー! ナッツ食って早く直し終われっ!」
 俺は残ってた茶を一気に飲み干すと、おかわりを注文した。
 見ればマッピングの訂正個所も残り3つ。
 長居になると辟易していたが、予想外に短く終わってしまいそうだ。
 おかわりと一緒にナッツも持って来てくれた接客業としては見上げたサービス精神の店員に、ナッツはいらないときっぱり断った。

 とりあえず今は。
 
 

お題は[ love&laby ] よりお借りしました。多謝!


 
 
 
 
トラパスまちがい探しデート。
一目会ったその日からパステルラブなトラップも好きなのですが、
自分の中のパステルスキー度を認めてない設定も捨てがたく。

< 2007.11.13 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
Top