T★P 1Dace [07] 我慢
 
「はい、熱いから気をつけて」
「ありがとう」
 間接照明だけになった宿のロビーで、マリーナから手渡されたお茶は白い湯気が立ち上り、リラックス効果のある系統のにおいがした。
 ロビー片隅に常に沸かされているポットのお湯とティーパックとカップが置かれたセルフサービスだけど、どれだけ飲んでもいいっていうのは魅力的。
 エベリンの中でも激戦区と言われてる地域の宿なだけはあるな。
 慣れたら都のみすず旅館じゃ、こうはいかないもんね。
「無理やり押しかけちゃってごめんね」
 向かい側のソファに座りながら言うマリーナにわたしは手を横に振った。
「いいの。どうせツインだったし」
 今回エベリンに訪れたのはクエストの帰り道で、今晩は一泊するけれども明日の朝早くには発たなきゃならない。
 いつものごとく、あわただしい我がパーティ。
 のんびりするには暇もお金も足らないという、毎度ながらトホホな状態。
 切ないことだけど毎度のことだからそれは差し引いたとしても、マリーナに会えたというのにすぐお別れしなくちゃならないのは残念だった。
 けれども、どちらから言い出したのだったか以前マリーナの紹介してくれた宿に一緒に泊まらないかという話になって。
 久々に会えて積もる話もあったものだから、その提案はとても素敵に思えた。
 女の子2人でおしゃべりしながら夜も更けてのティータイム。
 こんなに楽しいことって他にはなかなかないもんね。
 お店の手伝いや夕食の席で話した近況報告から言い忘れたことや思い出したことを取り留めなく話していく。
 最近エベリンにできた可愛い雑貨屋さんの話から、遠く離れたドーマ、リーザリオン、キスキンの話まで。
 わたしは冒険者として、マリーナは貸衣装の店主として裏のお仕事の詐欺師として、いろんな場所に行っていて、思いもよらない場所を同じように知っているというのは不思議な感じがして面白い。
 コーベニアのアイスクリームの話になった時だった。
 かろろん、と玄関の扉に取り付けてあるベルが鳴った。
 夕食後にスキップのような足取りで近場のカジノへと出掛けたトラップだった。
 わたしたちは「おかえり」「遅かったのね」と口々に言った。
 けれどトラップから出てきたのは、それに対しての返事ではなく。
「宵っぱりだなぁ、おめえら」
 いっつもやれギャンブルだのなんだのと夜に出歩いてるトラップだけは言われたくないと思ったのだけれども。
 意味もなく嘆くように溜息をする、上機嫌とはいえない様子にぴんときた。
『どれだけ負けてきたの?』
 わたしとマリーナは声をハモらせてしまい、顔を見合わせて思わず笑った。
 対照的にブスッとしたのはトラップ。
 ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま口をへの字に曲げた。
 まったく、ギャンブルとなると増して堪え性が効かなくなるのよね。
「サイの目から嫌われる前に引かなきゃ負けるに決まってるじゃない」
「ここまでっていう我慢を覚えたらいいのに」
 非難とも同情とも取りがたいようなことを言うマリーナとわたしは 「そうよねぇ」としみじみと頷きあうのだった。
 つまはじきにされたトラップは面白くなさそうにけっと毒づいた。
「我慢? これ以上ストレス溜めたら胃に穴が開いちまうぜ」
 んまー、よくもそんなことを言えたものだわ。
「パーティで一番ストレスとは無縁なくせに何言ってんのよ」
 思わず半眼になったわたしに対してこれまたトラップは半眼になった。
 その目はまるで「おめえにだけは言われたくねえな」と言ってるみたいだった。
 でもね。いらぬ事にまで口出しをしてしっちゃかめっちゃかにするトラップはもうちょっと我慢だとか自制だとかをした方がいいのよ、きっと。
 胸のうちではどうかしらないけれど反論の声はあがらなかった。
 もしかしたら女二人相手にさしものトラップも口では勝てないと思ったのかも。
 へへー、こっちにはマリーナっていう強力な味方がいるんだもんね。
「んじゃま、お先」
 くるっと身を翻して部屋へと向かって行った。
 トラップは少しずれてかけられた二つの「おやすみ」という挨拶に振り向くことはなく、手をひらひらと振ってみせた。
 話の一段落がついたわたし達は、階段を上がってゆくトラップの姿を見送りながら、重厚なテーブルに置かれたエベリン情報誌をぺらりとめくったりお茶に息を吹きかけたりした。
 しばらくすると遠くで扉の閉まる音がした。
 それを皮切りにして、わたしはぽつんとつぶやいた。
「きっと、トラップも何か堪えてることがあるんだろうね」
 がほふっと音がして、見てみるとマリーナが目にうっすらと涙を浮かべてげほげほと咳き込んでいた。
 お茶がまだ熱かったのかな。むせてしまったようだ。
「大丈夫?」
 マリーナは大丈夫と手を上げてタオルでお茶で濡れた口元を拭った。
 姿勢を正すともう一つ咳払いをした。
「そ、そうね。あいつも悩みがあると思うわ、お年頃だし」
 お年頃って、ちょうど悩みやすい時期ってことかな?
 うーん、でもまぁそうよね。
 小さい頃はその頃でたくさん悩んでたけれど、今は悩む種類も変わって昔に比べたらより悩むようになった気もする。
 トラップもそうなのかな、と思うと親近感がわいた
「今度、それとなく聞いてみようかな。力になれるならなってあげたいし」
 物事をしっちゃかめっちゃかにするけれど、一方で相手のためを想った厳しいことを言うトラップにわたしは何度も助けられている。
 恩返しをできるものならしたいって思うんだ。
 けれど、マリーナは机につっぷして細い肩をプルプルと震わせていた。
「何かおかしなこと言った?」
「ちが…っ。 パステルが悪いわけじゃないのよ、うん」
 顔を上げたマリーナの視線は宙を漂っていて、形のよい唇はにやりと弓なりに曲がっていた。
 これと良く似た表情をトラップも時々する。
 言い方は悪いけど、面白いおもちゃを見つけた子どものみたい。
 トラップの場合はトラブルを引き起こしたりするものだから、思わずソファの背もたれにまで身を引いてしまった。
 それを見たマリーナはくすくすっと笑う。
 今度の笑顔は信頼できる、キュートなもの。
「ごめんごめん。でも、それはもうちょっと我慢した方がいいわ」
「え、なんで?」
「遠くないうちに分かると思うし、それに……」
「いずれ分かるんだったら早いほうがいいんじゃないの?」
 マリーナは小さな悪戯を阻止されてしまったように肩をすくめた。
「だって、大切な親友を、簡単に兄貴に明渡したくなんかないもの」
 ぱちんとウィンクをしてみせた。
 その様がとってもチャーミングで思わず見惚れてしまうほどだった。
 きっと男の人ってマリーナにかかればイチコロなんだろうな。
 深まる夜が冷やす体を温めるべく、カップを手にとった。
 熱いお茶をなみなみとたたえたカップは冷えた指先には染みるよう。
 しかし、明渡すだなんて、どういった謎かけなんだろう?
 疑問符を浮かべながら飲んだお茶はちょうどよい熱さだった。
 
 

お題は[ love&laby ] よりお借りしました。多謝!


 
 
 
 
妹は兄貴より親友をとるのでした、と。
マリーナの反応って、楽しんでるんじゃとすら思えます。

< 2003.12.21 (12.01) up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
Top