T★P 1Dace [05] 視線
 
 ぼんやりうららか。
 昨夜の雨が嘘のようにからりと晴れ渡り、室内にいても感じる空気の動きはそれは爽やかで、こんな日に家にいたいと願うのはよほどのインドア派に違いないと思わせるアウトドア日。
 お弁当を持ってピクニックに出かけたらさぞかし気分がいいだろうと思う。
 だけれど、そうはゆかぬが世の常で。
 パーティメンバーのほとんどがあれやこれやと用事を抱えていて、かく言う私だって村の新聞の小コラムではあったけど、引き受けてしまっていて。
 だって、昨日の時点ではまだまだ雨が続きそうで家にいるなら原稿を書いれば気が紛れると思ったのだし。
 おかげで外に出たくてうずうずしちゃって仕方ない。
 ちっとも進みはしない原稿を横目に、お茶のおかわりを入れるべく階下に下りてみれば、窓の外ではルーミィとシロちゃんがおおはしゃぎであそんでいた。
 ノルに作ってもらった縄とびが近頃のお気に入りで、前とび後ろとび駆けあしとびと、まさに庭を駆け回っているというところ。
 なーんて平和なのかしら。
 眩いばかりの彼女たちの姿に和んだ刹那、危うくカップを落としそうになった。
 彼女らの行き先の庭の木陰に大きくて泥の沈殿した水溜りを発見したからだ。
 おまけにつまづき転んで下さいといわんばかりの石が手前にあったりして。
 遊んで多少転んで擦り傷を作るのも彼女たちが成長するに必要なことだと思うけど、転んだ先で泥だらけになった時の虚脱感を味あわせたくはなかった。
 窓を開けて注意を喚起したかったけれども、みすず旅館の歪みのもっともひどい窓ではそれも敵わず、同じように強く窓をたたいたらきっと粉々に割れてしまうだろうからそれもできず。
 回って行っては間に合わない。
「ルーミィ!」
 こちらを向いてくれれば防げるだろうに、彼女は遊びに夢中で気づかない。
 わたしは絶望すらしながら見守る以外の術を思いつけなかった。
 石にあと一歩というところで、わたしが神様と叫んだ時、その願いが聞き届いたかのようにルーミィはぴたりと立ち止まった。
 あれ、いったいどういうことかしらと瞬きをしていると、ルーミィとシロちゃんはくいっと顔を空へ向けた。
 いや、空よりは近い場所のようだと目線を追うと木の上にトラップを見つけた。
 彼が何か言うと一人と一匹は頷いて水溜りとは離れた場所で再び遊びはじめた。
 その光景に感動すら覚えてトラップを見ると目が合った。
 ありがとう、と言う代わりに手を振ったというのに、彼は少しこちらに視線をよこしただけで、器用に木の枝に寝転がると昼寝を再開させたのだった。


 ルーミィがなわとびに夢中だというのなら、キットンは薬草に夢中だった。
 しかも彼女と違うのは年季が入っているところ。
 キットンが薬草やキノコに愛想を尽かしてるなんてついぞ見たことがない。
 素人目にはさっぱり見分けがつかないような薬草ばかりだというのに、 彼の手は確かで迷いなく分類してゆき、それぞれを麻の紐で束ねあげた。
 薬草のほとんどは乾燥させたものなので破片や粉末が広げられた新聞紙に舞い落ちており、それらを丁寧にワラ箒で掃き集めると袋にひとまとめにさせた。
 それがゴミ以外の何になるのかは恐ろしくて考えたくないけれど、この律儀さが入浴や身を清潔に保つという方向にも向かってくれればなあとは考える。
 キットンはようやく呼吸ができるとでも言うような大きなため息をひとつした。
「わたしに用事でもあるんですか?」
 顔を上げたキットンに習うように、わたしも背もたれに乗せていた頭をもたげた。
「約5分半」
「何ですか、それ」
「ずーっと見ていてキットンが気づくまで。ちなみに今までで最長記録」
 これにはキットンもムッとしたようだった。
「失礼な。パステルが薬草に興味を持ったのかと思って放っていただけです」
「ごめんごめん。でも、薬草分類の前からなんだけど、気づいてた?」
「……なんでまたそんな事をしたんですか」
 頷いたわたしは、まず昨日の出来事と、不思議に思ったと話すことにした。
 ルーミィに強い眼差しを向けてもなかなか気づいてくれなかったこと。
 少し残念だったけど、それは普通なのだと思う。
 実際、キットン以外のパーティメンバーやシルバーリーブの人たちにも試してみたけれど、すぐに気づける人なんてほとんどいなかった。
 荷物を整頓しながら聞いていたキットンは呆れ顔で振り返った。
「パステル、忙しいって言いながらそんなことを?」
「原稿はあげたわ。それはそれ、これはこれ」
 気になりはしたけど、いい気分転換になったのも事実だった。
 調べた中、例外的に早く気づいた人がいたことには気がとられたけども。
 そう。昨日、強く目配せしたでもないのに気づいて見返してきたトラップだ。
 あんまりにも早く気づいてきたものだからこっちが目を逸らすに逸らせず、 ごまかすのに苦労した。
 それはもしかしたら感覚が鋭いと言われる盗賊だからかと思いはしたけれど、先ほど言った中にはクエストで立ち寄ったらしい冒険者パーティもいて、そこの盗賊らしき女性は他の人たちとそう変わらぬ時間だった。
 こうなるとどうしてトラップが早く気付いたのかが分からなくなった。
 キットンは開いていた図鑑を閉じた。
「まあ、理由なんて知りませんがね。……ひとつ、先人の知恵を借りてみては?」
 早く気付く理由がわかる方法なんてあるのだろうか?
 わたしが首をかしげたからか、まるでちょっとタチの悪いジョークを言う前のように苦笑する。
 そして、髪に隠れた自分の目を指さした。
「目を見るんですよ。ほら、言うでしょう? 『目は口ほどにものを言う』って」
「……なーんだ」
 思わず真剣に聞いてしまったじゃないの。
 呆れて肩を下げたのを見て、意を得たりと言わんばかりにキットンは大笑いした。
 と、そこで扉が開いた。
「ただいま」
 バイトから帰ってきたのは話題の人。
 キットンとわたしが口々に「おかえり」と言い、それに応えて帽子を振ると 疲れた疲れたと言ってベットに倒れ込んだ。
 彼が帰ってきたことがきっかけであるようにキットンはカバンを持って立ち上がる。
「さて、わたしは道具屋に行ってきます。猪鹿亭に行く頃まで帰ってきませんから」
「へ? ああ、いってらっしゃい」
 妙に唐突な外出にも見えたけれど、尋ねる前に彼は出て行ってしまった。
 晩御飯までには帰ってくるから、なら分かるけど変な言い方だ。
 まあ、用事があるなら道具屋へ行けばいいという彼なりの言い方なんだろう。
 肩をすくめて、ベットに寝転がるトラップを見た。
 寝てしまったら気付かないよな、と思っていたけど、まだ眠りには入っていなかったらしいトラップは帽子をちょいっとよけて不審にげにこちらを見た。
 ふむ、やっぱり早いのよね。
「なんでぇ。アッツイ眼差しなんかくれちまってよ」
 なんとも意地悪な顔をしたトラップの言葉はわたしの目を点にした。
「はああ? 熱いまなざし??」
「おれっていい男だし? 見とれたくなる気持ちもわかるけどなー」
「ち、ちがうちがうちがーうっ!」
 カーッと顔に熱が集まるのを感じながら両手を振り上げて否定した。
 そうか。そうよね。ずっと人を見つめてたらおかしな人だわ。
 特に最近はトラップを見てることって多かったものだから……うう、第三者からしたらまるで親衛隊の女の子たちと同じに見えたんだろうな。
 手を団扇がわりにあおいで、顔や頭に上った熱を冷ました。
「違うの。どうしてすぐに視線に気付くのか見ていただけよ」
 あー、恥ずかし。もう観察するのはやめよっと。
 こっちが百面相している間にトラップはぱさっと帽子を顔半分に被せて、すっかり寝る体勢に入ってしまっていた。
 今趣味を聞いたらギャンブルと昼寝って答えるわ、きっと。
「ふぅーん…。だぁら色んな男を見てたわけか」
「しつこいなあ。そんなのじゃないってば」
 別に男の人限定ではなかったし、引っかかる言い方しないで欲しいわ。
 と、思ったのだけど。
 なんでわたしが色んな人を見ていたの知ってるんだろ?
 色んな、と言うからには一回や二回じゃないってことでしょ。
「もしかして、わたしのことずっと見て……トラップ?」
 おおーい、もしもーし?
 彼の頭上で手を振っても反応ゼロ、ぐぅすかイビキときたもんだ。
 わたしは肩をすくめた。
「まさかね……。さーてと、そろそろおやつのケーキが焼けたかな?」
 今日のティータイムは庭でしようって決めてたんだ。
 あいもかわらず青空が気持ちよいからピクニック代わりにね。
 ルーミィの好きなチョコレートのシフォンケーキの生クリーム添え。
 居ない人の分は取っておいて……昼寝している人の分もね。
 小さな鼻歌をうたいながら部屋を出ようとした時。
 トラップのイビキのひとつが、まるで溜息のように聞こえた。
 扉との隙間から見ても知らぬ存ぜぬといわんばかりの寝姿。
 危機を脱した直後の安堵した姿に見えたのは、気のせいだろうか?
 
 

お題は[ love&laby ] よりお借りしました。多謝!


 
 
 
 
赤面パステルはかわいく、寝たフリをかますトラップはヘタレに。
原作、どちらにしても、よく見てるなあと思うことが多々あります。

< 2003.07.29 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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