T★P 1Dace [01] 失言
 
 ちょいと近頃ウワサにのぼる、詩人兼マッパーの贔屓にされるは。
「にじゅうはち、にじゅぅ…く、30! だあぁぁ、疲れた〜」
 汗をにじませて息も絶え絶えに倒れこんだパステルの上に影が伸びる。
 パステルは潤んだ瞳でそれを見上げ、そして頬を膨らませた。
「たいした筋トレでゴザイマスコト。どういった風の吹き回しかねえ?」
 にやにやと笑うトラップをパステルは払いのけて起き上がった。
「冒険者として当然なことをしているだけよ」
 彼女はつんと澄まし顔で差し出されたタオルを受け取った。
 ここ連日としてパステルはこのトレーニングに夢中になっている。
 その原因であるのはトラップの発言「出るとこ引っ込んで引っ込むとこ出て」が元なのだということを彼は知っていた。
 反発して、というよりはスタイルを気にする乙女心のなせるワザ。
 ふ。愛いやつめ。
 彼の頭上にLOVEの文字の書かれたハートがほんわか浮かび上がる。
 ハートにトラップ自身は気付かぬまま、彼はパステルご愛用のダンベルを片手でひょいと持ち上げ

 ズガン

 所詮パステル御用達、軽々持ち上がるに違いないだろうという彼の思いの外の重さにダンベルは床に落ちることとなってしまった。
 ダンベルの持ち主はタオルで汗を拭き拭き注意した。
「危ないなあ。気をつけてね」
 確かに危なかった。
 何せ、床には隕石でも落ちたのかと思うような穴があいていたのだから。
 トラップはサウナに入ったかのように汗を流していた。
 ただし、サウナとは逆に並々ならぬ寒気を感じていたのだが。
「パステルちゃんよ。このダンベルって何キロあるんだ?」
 猫なで声に聞こえたのなら聴力に問題ない。
 まあ鈍感で気付かぬ場合もあるので聞こえなくても問題ない。
 文字が聞こえるわけないだろう、と思った場合も突っ込み役として問題ない。
「え? 0.5って書いてあったから、500グラムだと思うけど?」
 パステルは冷たいお茶を腰に手を当てながらあおり、プッハーこれのために生きてるなぁ!などと言う姿は風呂上りのビールに喉を潤わす働き盛りの男性を連想させたのだがまあそれはそれとして。
 なるほど確かに彼女の言うとおり0.5と表記してある。
 だが、その数字の後に来る文字は"k"ではなくて"t"だった。
 0.5t。
 決して半分トラップの略ではない。
「もうちょっとしたら倍の重さのダンベルに換えてみようかと思うの」
 早くお風呂入ろっとvと彼女は陽気に部屋を出て行った。
 今ですら500キロのダンベルを片手で持ち上げているのに、この倍を?
 ぞぞぞっとトラップの背中に多足系の虫が這い上がるような悪寒が走った。
 このままパステルがパーティ1の力持ちキャラになるのを何故見守れようか。
 トラップの脳裏に易々と彼をお姫様抱きをする、筋骨は隆々どころか今のままのフォルムであるというのに、妙に逞しいパステルが思い浮かんだ。
 彼女は「なーんだ、トラップって軽いのね」と涼しい笑顔で言って見せた。
 パーティ男性陣の中では最も体力の無い男というレッテルが張り付いているというのに、この上パステルにまで追い抜かれるという屈辱にどうして耐えれよう。
 いいや、見守る義理も耐える必要もありはしない。
 彼女を止めねばと判断したトラップは旅館の廊下を駆け抜けた。
「パステル、早まるんじゃねえっ!」
 トラップが威勢よく開けたのは脱衣所の扉。
 そこには既にTシャツを脱いで白い肩を露にしてるパステルがいた。
「きゃあああぁぁっ!? トラップのエッチ!」
「ば、ばか、おれはおめえを止めようとしただけで裸を見ようなんてちっとも」
 だいたい全裸を見たならまだしもキャミソール姿でそんなに喚かなくても。
 そうは思ってもやはり女性の着替えの場に乗り込んでしまった罪悪感はある。
 もしかしたら今よりも露出の高い姿に出会うことになっていたのかも知れないという、なんとも言えぬ背徳の向こうに見える魅力まであったりして。
 もしもを考えるのはパステルにしても同じことである。
 仮にトラップが扉を開けるのが10秒遅かったら……考えるも恥ずかしい。
 乙女の危機一髪であった。いや、これはこれで既遂なのだが。
「んもー! 早く出て行ってよーっ!」
 片手で前を覆い、片手でトラップの胸板を可愛らしいにぎりこぶしで叩いた。
 いわゆるバカップル御用達の「もうバカバカv」攻撃である。
 対して受け手はハハハごめんよ♪と笑顔で歯の一本も輝かせるものだが。
 パステルのこぶしが触れた途端、その身体は吹っ飛んだ。
 見事なきり揉み状態で、トラップの身体は吹っ飛んだ。
 みすず旅館はあわや崩壊寸前なレベルの激震が走った。


 トンカン、トンカン、トンテンカン。
 なんとか倒れずに済んだ旅館の内外で釘を打つ音が響く。
 金づちを持っているのはクレイ、ノル、キットンであり、彼らはパーティ連帯で責任をとって旅館の修復に勤しんでいるのである。
 実際のところ、今回とは関係ない箇所の方が多かったのだが、それは彼らの人の良さか、はたまた宿の女将の押しが強かったからか、問う者はいなかった。
 トンカン、トンカン、トンチンカン。
 不思議な拍子の金づち音を遠くに聞きながら、パステルはトレイをキャビネットの上に置いてベットの包帯まみれの男を振り見た。
 包帯男は彼女の視線に入れ替わるように目を窓の外に向けた。
 一挙一動を見られていたとは思わぬパステルは包帯男の顔を覗き込んだ。
「起きれる? お腹すいたでしょ」
「おなかぺっこぺこだおう。それ、たべていいんかぁ?」
 舌っ足らずで言い、スカートの裾を引いたのは包帯男ではない。
 ほんの1分前まで包帯男の看病を手伝うという名目で、他でもない包帯男に子守りをされてた、大食家のルーミィだった。
 パステルはヨダレを垂らしそうな彼女に焦りながらも微笑んだ。
「ちょっと待っててね、これはトラップのだから。はい、口開けて」
 息を吹きかけ冷ましたスープを湛えたスプーンを差し出す。
 何度食事をされても包帯男にとってこれだけは慣れない儀式だった。
 がばっと身を乗出して取り上げようと手を伸ばしたが、彼女も慣れたもの。
 スプーンは彼の手からひょいと避け、捕らえられることはなかった。
「だー、自分で食えるっての。貸せ! ……ッテテテテ」
 ずずいっと腕を伸ばしたせいか、刺されるような痛みが包帯男を襲う。
 ベットにへなりと倒れた彼を見下ろし、パステルはやれやれと溜息をついた。
「無理しないの。ほら、あーん」
 パステルに促されるままに包帯男であるトラップは口を開いた。
 彼に下された診断は全治3週間。それでも奇跡的だとキットンは言った。
 幸いなことに事件からこちらパステルはトラップの看病に忙しく、 例のトレーニングを行ってはいなかった。
 もしかしたら忘れてしまっているのかもしれない。
 トラップは程よい熱のスープを噛み締めるように飲んで思った。
 今後は少しばかり、発言に注意をしてみよう。
 と、ルーミィが忌まわしき器具をつついているのが彼の視界に入った。
 キットンに売っておけと言ったのだが、物が物なので運搬できなかったのだ。
「ぱーるぅ。これ、なんら?」
「危ないから触っちゃダメよー。でも、リハビリにはいいかもね?」
 にこやかに勧めるパステルとは逆に、トラップは思わず言葉を失いかけた。
 彼は青ざめて「冗談じゃねえぞ、殺す気か!」と叫んだ。
 色々な配慮、主に己の身の安全を配慮して胸中で叫ぶに留めた。
「は、ハハ……遠慮しとくわ」
 声にできぬ罵詈雑言は汗に変換されて出力される。
「そう? とにかく、早く良くなるといいね」
 邪気の無いパステルに毒気を抜かれ、トラップは顔を背けた。
 包帯のおかげで顔が朱に染まってもバレやしないが、どうにも湧き上がる照れくささと一方的な気恥ずかしさを抑えるのは包帯にはできなかった。
 クレイあたりに1キロのダンベルを工面してもらうとするか。
 くすぐったい気分になりながら完治への努力に励もうと彼は心に誓った。
「ちょっとおもいおー」
「あらま。ルーミィ、力持ちねえ」
 トラップは目を大きく開き、のどかな会話のする方向を振り返った。
 よたつきながらも持ち上げたエルフを見て、今度こそトラップは言葉を失った。
 
 

お題は[ love&laby ] よりお借りしました。多謝!


 
 
 
 
最後の最後で言を失うになりました;(アイヤー)
正しい意味での失言をしまくる彼らが大好き。
失言一つでラブフラグが一つ増す気分になるのでもっとしろと。(え)

< 2004.07.08 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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