T★P 1Dace [00] パステルセンサー
 
 砂漠の街は、まだ寒い。
 おれは公園で一番高い木に登り、吐いた息の白さに身震いした。
 通りを挟んで童話に出てくる菓子の家さながらの建物を見下ろす。
 先ほど馬車がやって来て、それと分かるキスキンの使者が中に入っていった。
 木に登れば密談の様子まで見れると思ったんだが……甘かったな。
 部屋に入ったと思いきや、ご丁寧にカーテンを閉めやがった。
 まあいい。重要なのは王女の扱いだ。
 キスキンに引渡されたら王女の名を騙った重犯罪人として処罰されるだろう。
 最悪、13階段行きだって有り得ない話じゃねえ。
 あの入り口からパステルも一緒に出てきた場合は、何としてでも馬車を止め、誘拐さながらに連れ出さなきゃならねえ。
 まあ、スワンソンが王女という重要な手札を易々と切るとも思えなかったが。
 
 ギアも情報を収集するものの、なんせあの無口で斜に構えた態度の男が いきなりフレンドリーに会話に加われば、不審がられるのは火を見ずとも明らか。
 それに奴には他の借金の取り立てもあった。
 おれたちとの繋がりを隠すためにも仕事をこなさなきゃならないからな。
 昨夜の打ち合せの当初、外からの見張り役は変装の天才リロイだった。
「いや、リロイは他の手配に回らなきゃなんねーだろ。おれが行く」
 おれの立候補にマリーナとアンドラスは少し目を見合わせたが、頷いた。
 偵察に必要なのは変装術よりも盗賊技能だと分かっているからだ。
「オッケー。でも、くれぐれも忍び込んで助け出そうなんて考えるんじゃないわよ」
「そんな馬鹿な真似するかってんだ。全部パアになっちまうだろうが」
「あら、失礼。今のあんたなら馬鹿な真似するように見えたものだから」
 義妹は嘲笑のような苦笑をした。

 絶対に見つけられると思ってたんだ。
 いつもと同じような気分で、迷子に違いないと信じて。
 迷いそうなパターンは大体把握していたからな。あいつ、単純だし。
 後でギアが話したところによればクレイたちの前に現れた荷馬車を往生させるところも計画のうちで、 それ直す間にパステルを路地に引き入れ、 その馬車で運ばれていったということで、俺たちはまんまとそれに引っかかっちまったわけだ。
 思い返すたびに自分の間抜け加減にむかむかとしてくる。
 どうしてすぐそばにいたのに気付いてやれなかったんだ。
 いや。それを言うなら出掛ける時に俺もついていけばよかったんだ。
 誘拐されることなんてなかった。
 パステルに不安な夜を過ごさせることも、なかった。
「イテ……ッ?」
 木に置いた方の手に痛みが走り、指を見てみるとトゲが刺さったらしかった。
 いけねえ。
 はぁっと溜息をついて、冷たい空気を肺に入れる。
 パステルは保身の為に捕まえられただけで、これから取り戻せばいい。
 冷静になれ。

 にしてもあいつ、どこに閉じ込められてんだ?
 まだ偽者だとばれてねえならキットンと同じ扱いってことはねえはずだ。
 とはいえ、守銭奴が賓客としてもてなすって考えの方がなさそうだな。
 道沿いの部屋にはいないのかと思った次の瞬間。
 見落としそうな窓のひとつに見覚えのある人影を見つけた。
「パステル!」
 思わず叫んでしまったが、幸いなことに強風が声をかき消してくれた。
 親切な風はおれの身体も一緒に吹き飛ばしてくれようとしたのだが、 見張りという任務中のおれは枝をつかんで丁重にお断りした。
 パステルは何をしてるでもなく、横顔はつまらなそうで、口を尖らせていた。
 よっぽど退屈なんだろうが……だったら窓でも見てりゃいいだろ、あの阿呆!
 今すぐにあの窓へと向かって飛び出したい衝動に駆られた。
 つけたばかりのトゲの傷の痛みと理性で「馬鹿な真似」は抑え付けるものの、 漠然といると思うのと実際に存在が目に見えるのとは大きく違う。
 これ以上にイラついて集中力が低下してはたまらないので パステルの見える窓から目線を無理やりひっぺがした。
 行こうと思えば5分以内にパステルを張り倒すも抱きしめるも可能な距離。
 だが、今は決して縮めることを許されない距離。
 星へ行くよりも遠い距離だぜ、まったく。

 部屋のカーテンは閉まったままで、中央の玄関の扉が開かれた。
 使者様方をストロベリーハウスの連中でお見送りして差上げる、ってわけか。
 何を喋ってるかはこの距離じゃ聞こえないが、唇の動きや動作でスワンソンが謝罪をしているというのは間違いなさそうだ。
 つまり、恐らく王女らしい女を引渡すには時期尚早と考えたんだろ。
 ああいう手合いは売値をギリギリまで引き揚げないと気がすまないんだ。
 とりあえず今日明日にパステルが危害を加えられる可能性は低いな。
 おーおー、ご丁寧に使者にまで尾行をつけてやがる。
 とんでもねえ疑心暗鬼っぷり、呆れを通り越して尊敬しちまうぜ。

 木を隠すのなら森の中、身を隠すのなら人込みの中。
 スワンソン達が屋内へ戻るのを待って木から降りて通行人のフリをする。
 俺は振り返るのを自制して、通りの逆側にある建物の窓ガラスを見上げた。
 写っているのは毒々しいまでのお菓子の家。
 中には確かにあいつがいた、お菓子の家。
 ……往来で立ち止まっているのも不自然である。
 目をつけられては偵察の意味がない。
 気持ちを断ち切り、遅すぎず早すぎず、その場を離れる。
 待ってろ、パステル。

 今度こそ見つけてやるから。
 
 

お題は[ love&laby ] よりお借りしました。多謝!


 
 
 
 
新3巻P219辺りのトラップ視点イメージ。
原作ネタなのであまりキャラ壊してません。これでも。
しかし原作パステルは5分置きに窓を見てトラップに気付いてるわ、
昨夜は別の男の恋バナ過去話を聞かされてるわ……。
妄想しといて何ですが、トラップが不憫で涙が出てきます。(笑いの←待て)

< 2006.06.08 up >
フォーチュン・クエスト (C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス
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